第十一話 認められること
夕食の席で頭の中で立ち消えになっていたある問題が浮上する。
それはカナタが漏らした何気ない一言が原因だった。
「そういえば旦那様ってどんな人? 奥様、あたし、側室としか聞いてないけど、王国ってて夫と妻は一人ずつじゃなかったっけ?」
「え……」
思ってもみなかった質問が発せられ、オフィーリナは言葉に詰まった。
こら、カナタ! とカレンが小さくしかるが、少女はまだ世間に疎い。
十四歳の相手に、結婚のなんたるかを理解しろと言っても、それは詮の無いことだ。
「え? あたし、なにか悪いこと聞いたカレン?」
「そういう意味じゃなくてもうちょっと気を遣いなさい。奥様だって――」
「だって、何?」
今度はカレンが言葉に詰まる番だった。
オフィーリナは側室だ。愛人ということを時分でも恥じる程に、表面に出したがらない。
触れるのは大人のマナーに反する行為。
いろいろな思いが交錯して、賑やかだった夕食の場に、静けさが訪れる。
沈黙のカーテンを引き上げるのは、その場で唯一の男性、ギースに与えられた。
オフィーリナとカレンの物言わぬ視線が、彼に集中したからだ。
この場をなんとかしろ、と女性二人は強く求めていた。
「お、おいおい。あーカナタ。貴族様には貴族様の、ルールってものがあるんだ。俺たち庶民には分からない、そんなルールがあるんだよ」
「ふーん。そういうこと」
「そういうことだ」
何がそういうことなのか。
分かったのか分かっていないのか、微妙な返事をしながら、金髪の少女は話題から興味を失って、食事に戻る。
大皿に用意された鳥の揚げ物に舌鼓を打ち始めたので、ようやく場はいたたまれない雰囲気から解放された。
「ごめんなさい奥様。まだ若いから、世間をよく知らないの」
「大丈夫よ。ちゃんと話していない私も悪いから」
「そんなことはないわ。雇い主に秘密があるなんて、この業界ではおかしくないの。そのぶん私たち冒険者も、危険を承知で雇われるから、リスクを回避したい傾向があって」
「だから、何気ない会話の中に目端の利いたことを言うようになってしまうのね」
そうそう、とカレンが申し訳なさそうに首を振る。
雇い主が秘密を持って接してくるのは、オフィーリナの本職の魔石彫金師でも同じだ。
むしろ、こちらの方が、特別な注文を受ける際には最善の注意が必要になることも多い。
顧客の中には、世間一般では許されないことに、宝飾品を贈り物にする人間もたくさんいる。
出世のため、愛人関係のため、色恋沙汰は多いし、賄賂などにも使われることだって少なくない。
罪が露見すれば、その魔石を製作した技師だって、秘密を知っていたはずだと当局から疑いを掛けられることもある。
だから魔石彫金師たちは、注文を請ける際には個人からではなく、魔石彫金師が集う組合を通してもらうことが多い。
もしくは、個別に専属契約を結び、もし犯罪行為などに自分が制作した作品が使われた際には、逆に慰謝料を求めて訴訟を起こす契約を交わす。
そうでもしなければ、秘密の多いお金持ちたちを多く顧客に持つこの世界では、生き残っていけないのだ。
「私たちの世界でもそういうことはよくあるから。次から気をつけてくれたらそれでいいわ」
「カナタは前回の魔猟の時から、いろいろと知りたがりになってるからな」
黙々と食事を片付けていたギースが、酒の入った可愛い器をぐびっとやりながら、余計な一言を漏らす。
少女はそんなことない、と槍使いに喰ってかかった。
「人がまるでおしゃべりだ、みたいな言い方しないでよ、ギース」
「俺はそんな意味では話していないよ、カナタ。ただ普段、あまり人になつかないおまえが、奥様には懐いているのが珍しいと思ってな」
「うー……。そんなことないもん」
本心を言い当てられたためか、カナタは顔を赤くしてギースの隣に合った酒瓶を奪おうとするが、槍使いはあっさりと回避した。
「酒を飲むのはもう少し大人になってからだ。十六歳を迎えたら、成人もできるだろ。後、二年。我慢するんだな」
「もうそこらの成人した連中より、まともに働いてるよ、あたし」
「それは認めるよ。奥様もたぶん認めてくださってる」
「え?」
そうなの、とカナタはおずおずとオフィーリナの方を見た。
テーブルの斜め前に位置する上座に腰かけた主人は、にっこりとほほ笑むことで同意とする。
カナタは驚きのあまり、口から料理が落ちそうになった。