第十一話 冬支度
屋敷の前にある道は中央から入り組んだ場所にあるが、それでも馬車が横に二台並んでも走れるくらいに、広く舗装されていた。
極めつけに、屋敷の東側にはこの区域を管理する衛兵の宿舎が。
西側には総合ギルドが警備専門の派遣を行う支店を出したりや、民間の警備会社がずらりと軒を並べている。
「そう言われてみれば、四方どこを見ても、兵士とか警備のおじさんだらけ」
カナタが馬車の向こうからひょいと顔を出して、そう言った。
高価な商品を扱う上で、ここほど安全という意味で立地条件が良い場所は、他にはないかもしれない。
「なるほどね。まあそういうことなら、俺たちも、な?」
「そうね。私たちも警備もするし、何でもしますよ」
カレンとギースはそう言い、カナタを協力して荷物を三階に与えられたそれぞれの個室に、手分けして運び始めた。
「なんでもして頂けるならありがたいわ、ついでにこの野良仕事も手伝ってほしいの。もう腰がしんどくて」
「もちろんやりますよ」
「これが終わったら私が代わりますよ奥様。ちゃんとカナタをこき使い小遣います」
「げっ!」
赤髪のカレンはオフィーリナよりも八歳年上の二十四歳、黒髪のギースは更に年上の二十八歳、カナタは少年のような髪型をしたまだ若い、十四歳。
そんな家族ともいえない、兄弟姉妹ともいえない彼ら三人とオフィーリナが並ぶと、ちょうど金銀赤黒と髪色と背の高さがマッチして、他人の目には覚えやすいはずだ。
普段は一人で暮らすには広すぎて持て余してしまう工房に、こうして新しい仲間たちがやってきた。
一時間ほどで荷物を運び終えると、ギースは荷馬車を戻してくると言って、元来た道を馬車を操り出て行く。
カレンは夕飯の支度を手伝うと言い、カナタはしっかりと庭仕事を押し付けられて、ひいひい言いながら草を刈っていた。
オフィーリナはようやくきつかった労働から解放され、シャワーを浴びるとふんわりとした若草色のワンピースに着替える。
その頃になると時刻はもう夕方になっていて、太陽ははるか西の空に沈みかけようとしていた。
しばらくして夕飯の支度ができたと声がかかり、庭仕事で汗びっしょりになったカナタが裏口から台所にそのまま侵入を試みて、カレンにお風呂! としかられていた。
「本当にもう……。ちょっと目を離すと、いつも手を抜くんだから」
「まだ若い証拠かも?」
「奥様と二歳も変わらないんですよ?」
「お願いだから年齢の話はしないでほしいの。奥様っていうのも、なんだかしっくりとこないし」
「そう言われましても、そういえば旦那様にご挨拶は?」
「彼なら……」
昨夜、ブライトが告げた言葉が思い出される。
二週間、君に会えないことが辛い。彼が戻ってくるのは来月の頭だ。
「旦那様がどうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないの。旦那様は公用で海外に出るみたいだから、戻ってくるのは来月頭かな」
「そうなんですね。だとしたら冬支度もちゃんとしておかないと」
「そう、うん。そうね」
男性が冬に必要とするものは一体何なんだろう?
ふと、そんな些細なことが頭をよぎる。
ブライトが公爵邸からこの家に持ち込んだ荷物の中に、冬用の衣類は混じっていなかったような気がした。
必要であれば誰かをブライトの元に遣いにやって、彼の冬着を用意させ、持ち帰らせなくては。
信頼のおける誰か。
なるべくなら、カレンかギースがいい。
相手の家の者たちを騒がせることなく、一人で行って一人で戻ってくるぐらいの量で、荷物を調節してもらえば事は済むはず。
問題は彼が今朝から国外へと出てしまっていることだ。
どうしようか。彼のためにできれば暖かい上等な物を用意しておきたい、そう思った。