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公爵閣下の契約妻  作者: 秋津冴
第一章 緋色の羊毛
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第十話 悪戯なお引越し

 太陽が西の空へとやや傾いたころ。

 カレンとギース、カナタの三人がやってきた。


 どこかで借りてきたのだろう、一頭立ての荷馬車に、三人ぶんの荷物を満載にしての来訪だった。


「奥様ー! あたしたち、ちょっと馬車探すのに時間かかって……何その恰好?」


 少年のような少女、カナタが口元に手を当てて、プっと吹き出した。

 オフィーリナは午前中から頑張って、草刈りに精を出していた。


 その作業着姿が妙に板についていて、貴族令嬢とは思えないなとカナタはつい、苦笑してしまったのだ。


「あーいま笑ったでしょ?」

「いえいえそんな! 笑ってない、笑ってないですよ奥様! ほんとよくお似合いで」

「やっぱり笑ってるじゃない!」

「いえいえ、そんな」


 オフィーリナが腰に手を当てて、不機嫌な顔をすると、カナタはもう一度同じ言葉を繰り返し、馬車の反対側に逃げてしまった。


 業者席に座っていたカレンとギースもまた、これから新しい雇い主になる彼女の姿に目を丸くする。

 ふたりは大人ということもあってかさすがに笑いはしなかったが、驚きの顔をしていた「それは何の冗談?」とカレンに質問された。


 馬車の後ろでまだくすくすと笑っているカナタに目を吊り上げつつ、オフィーリナはこれは、と言い訳する。


「うちの工房は、まだ人を雇う余裕がなかったの。だから、従者とか庭師とか、御者なんかもいないのよ。魔猟にでたら数週間とか邸宅を放置することになるでしょう?」

「ああ、それでですか。俺たちが来るまで待ってくれていたら、引っ越しを済ませてそっちにかかるのに」


 普段は無口なギースが、温厚そうな声でそう言ってくれた。

 カレンはその通り、と笑顔で応えるとさっそく作業を始めるのか、真っ赤な長髪を括る。


 ついでに後を見て、引っ越しが終わったら付近の散策に行こうと考えていそうなカナタに、あなたもやるのよと釘を刺した。


「それはやるよ。あたしもちゃんと作業するから奥様、その恰好は……お似合いだね」

「カナタ!」

「はいはい、ごめんよ、カレン」


 調子の良い炎術師は、風に吹き飛びそうなほど軽い返事を返す。


「早速中に荷物を運び込みたいのですが、ここって」


 ギースが三階を見上げてうーむ、と唸る。

 最近のマンションやアパートには、階段とともに魔石を動力として昇降するエレベーターが、取り付けられている。


 しかし、今から入ろうとしている三階建ての建物は、どう見ても古く築半世紀ほどが経っているような気がした。


「残念だけどそういう便利なものはないの。でも安心して、ここには変な結界とか張っていないから。攻防の中だったらそれはあるけれど」

「それなら、浮遊魔法を使って荷物をベランダから入れることは出来ますね」

「そうね。最近はエレベーターが付いた代わりに、ベランダから侵入者が来ないように、建物と建物の間に結界が張られたりしているけど。ここにはそういうものは何もないわ」


 それを聞いて、あまりの不用心さにカレンとギースは「え?」と顔を見合わせた。

 ここは魔石工房。


 一階にある店舗スペースには、それなりに高価な彫金を施された魔石も展示されているはずだ。

 そういったものを、泥棒や強盗から守るための手立ては、何もないというのだろうか?


 今時普通の店舗にすらも、出入り口以外には安全対策として、強固に物理的な侵入を阻む結界が組み込まれた壁を採用するのが普通なのに。


「それは大丈夫なんですか?」

「普通だったら大丈夫じゃないけど。うちの場合周りがあれだから」


 周り。

 この工房の周囲にはブナや紅葉、銀杏や樫の木々が植えられていて、それが天然の結界を作用させているのだと、オフィーリナは言う。


「どういうことですか?」

「私の師匠がそのさらにまた先代から受け継いだ時には、もうこうなっていたって聞いたわね。それぞれの木の下には見えない衝撃を発生させる魔導具が埋め込まれているの。だからここは」


 オフィーリナは指先で半球状のドームを描き出す。


「地面の下から掘り起こしてこない限り、進入することは不可能なの。ここ以外には裏門しか出入り口はないしね」


 と、正門を指差してそう言う。

 おまけにこの邸宅の周りは工業区域で、そこかしこに魔石工房だの、工場だの、倉庫だのが大きな棟を建ち並ばせている。

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