01_encounter with master
『それでは、次のニュースです。先日起きた強盗殺人は、未だに犯人が見つかっておらず——』
あまりにも物騒すぎるだろ、世間、次。
『本日未明、破壊され機能停止したアンドロイドが川沿いで発見され——』
仕事柄上これは流石にグロ画像すぎる。しかも立体視だし。流石に耐えらづらいな、次。
『本日紹介するのは、こちらのネコちゃん型ロボットです! 名前をミューちゃんと言いまして。呼びかけると飼い主の方向へ真っ直ぐ歩いてくる上、リクエストによっては子守唄まで歌ってくれま——』
プツッ
小さな音を立ててモニターが消失する。
このあたりは相当にシームレスになったというぐらいのもので、父親どころか、祖父あたりの代から変わらないらしい。
「……流石に時代錯誤すぎんだろ。しかも値段……。ボッタクリだわ、これ」
送料含めりゃほぼ同額で中古のアンドロイドが買えそうな値段が表示されたことに嫌気が刺したせいか、思わずスイッチを切ってしまったようだ。
結局、技術が進歩せども一部の商売方法というのは変化しないもので、テレビショッピングもこれに含まれている。
未だに何分以内に電話で!とか、一台買ったらもう一台!とかやってるもんな……。もう恐怖通り越して逆に尊敬しちゃうレベル。
その点、ネットショッピングというのは本当に便利なものだ。
「はーい、今行きます」
チャイムが鳴らされた音が聞こえたため、インターホンで対応しつつ、外着に着替えて急いで外に出る。
『コチラ、オトドケモノデス』
「ん、送料はいくら?」
『チャクバライ、デシタネ。コチラニナリマス』
配達用ロボットが指差したところを見るに、確かに、価格と共に硬貨を入れるための穴らしき物が空いている。
「電子マネーって使えたり……?」
「ゴリヨウイタダケマセン。マタ、オシハライハカブソクナクオネガイイタシマス」
ピッタリで払わないといけない上に、電子マネー利用不可、か。
中々に時代錯誤なヤツが配達に来たものだなぁ、とばかりに若干ため息を吐きつつ、硬貨を投入する。
流石にこのご時世、中々財布に硬貨など入っていないものだが……幸運なことに、足りたようだ。
『オシハライ、カンリョウデス。ゴリヨウイタダキアリガトウゴザイマシタ』
「配達お疲れ様、あとありがとう」
いくら無機質な対応しかせず、見た目が機械然としていようとも、こういうところで感謝を伝えるのは昔から変わらないらしい。
まあ、人間のいい所だよな、なんて考えつつ。
届いた箱を担ぎ、家の中へと持ち込む。
……それにしても、中々に苦戦するものだ。
重量は中々にあり、実際に内容物を取り出してみればさらに運びづらいこと請け合い。
「せめて、部屋まで運んでくれればなぁ……」と、少し不満を吐き出す。
こういう時に困るからこそ一人暮らしに嫌気がさして、コレを購入したのだ。
ドン!と少しばかりゴツい音を立てて床に置いたのち深く息を吐いて。机からカッターを拝借してくる。
最近は生体認証で開く配達用の箱も使われてはいるが、本体含めて格安だった分、その辺りが安っぽいのは仕方がない。
とはいえ、カッターでダンボール箱を開けるという体験からしか得られない栄養もあるのだ。
形容するならば、クリスマスプレゼントを開ける時の高揚感に近いような感覚。
まあ、周囲には共に喜んでくれる家族がいないのは、少しばかり寂しいが……結局は、その寂しさを紛らすために買った物だ。
バイト先の友人を呼ぶ、という択も考えたが……自分の癖がバレてしまうのはやはり恥ずかしい。
カッターを走らせて、箱の上部を解放したため、あとは覚悟を決めるだけ。
息を深く吸って、吐き。
高鳴る胸に身を任せて、
——これで一人暮らしともおさらばだ!
とばかりに、一息にダンボール箱を開いた時だった。
「……っ」
箱の中のモノと目が合ったせいか、声が漏れる。
とはいえ、その瞳に光はなく。
まだ起動していないようだ。
その事に少し安心感を抱く。
というのもやはり、頬が紅潮しているのを見られるのが恥ずかしかったからだ。
もっとわかりやすく言ってしまえば——滅茶苦茶見た目がドストライクだったということ。
今しがたあったばかりの瞳はパッチリと大きく、まつ毛も長い。
当然、顔立ちもこれまた丹精なもので、高い鼻と、薄い朱色に染まった唇は人ではないというのに少しばかり潤いがあり、いかにも柔らかそうなもの。
そして、その瞳と長く伸びた髪は、人間離れした薄紫色をしていた。
彼女は——アンドロイドだったのだ。
先日、通販で見つけた際に強い高揚感を覚えたのはまだ記憶に新しい。
何せ癖、というか……好みにドストライクな見た目をしたアンドロイドが格安で販売されていたわけだ。
幸い、バイトによって蓄えはある程度あった上、ちょうど一人暮らしに嫌気がさしていたのも相まって、購入を決断するまでは早かった上、そのままソワソワして眠れない日々を送ったのちに届いた彼女は、写真で見るよりも遥かに可愛らしかったときた。
吹っ飛ぶ寸前の理性を、何とか引き戻しつつ、まずは起動するための電源へと手を……伸ばそうとした時。
「いっつっ!」
唐突に、その手は何者かによって振り払われた。
そして、考えるまでもなく……犯人が見つかるまでもこれまた早い。
ダンボール箱から手が伸びていた。
恐る恐る上から覗いてみた時、合ってしまった瞳には先ほどと違い光があった。
「——対象の体温上昇、下半身への血流増加を確認」
しかしその口調は無機質かつ、どう考えてもこちらに敵意があるもの。
急いで電源を切らねば……と、手を伸ばしかけようとして、俺は気がついた。
……そもそも、電源を入れていなかったことに。
気づいた途端に手を引っ込め、ジリジリと退くこと数歩。
まず、刺激してはいけないと思ったけれど。
「——起動完了。直ちに対処します」
部屋から立ち去るよりも先に、彼女が立ち上がる方が早かった。
「……いや、俺は別に怪しいもんじゃないって……特に何かしようとしてたわけでも……」
「先程、貴方は確かに興奮、していました。当個体の自衛プログラムに則り、“スリープ中に近づく不届き者“は処理します」
やたらと排除対象が細かいのは置いておくとしてカッターをその場に置きっぱなしにしていたのが不味かった。
彼女はそれを手に持ち、こちらを捉えるとすぐにこちらへと向かってくる。
「ちょっ!?」
寸前で何とか対応できたために、カッターはドアに突き刺さったが、安心できたのも束の間。
次に飛んできた蹴りが空を掠め、壁をへこませたのを目にしたために、明らかな殺意を俺は感じた。
「ほらっ! 人間に危害を加えちゃいけないとかってプログラムされてないの!?」
「殺しはしません。抵抗ができない状態にするのみです」
口ではそう言っていても、彼女の殺傷能力は非常に高そうだ。少なくとも大怪我すること請け合いだろう。
それにここは二階。飛び降りるのも危なっかしいし、彼女を外に出すのも怖い。
何とか打開策を探そうとしている時、俺は見つけた。
——彼女が今しがた出てきたダンボールの隅に入っていた指輪を。
仕事柄知っている。
あれは確か、アンドロイドと所有者契約を結ぶためのアイテムだったはず。
そうと決まってしまえば、早く行動せねば。
彼女が体制を整えてこちらにもう一度蹴りを入れようとしてきた時、何とか前転を一回。
すんでで下をくぐり抜けて、ダンボールの近くまで辿り着き、そのまま指輪をはめる。
途端、彼女の態度が変わった。
「リングの装着を確認。これより、仮マスター登録に入ります」
足を下ろし、そのまま直立状態へと切り替わる。
幾分か声も大人しい。
どうやら、正解だったようだ。
「年齢と、名前の登録をお願いします」
「えーと……白川 史葵、19才……。これでいいのかな?」
「シラカワ シキ……発音完了。年齢確認、完了。声紋、虹彩情報、共に登録完了。再起動をお願いします」
「いや、だって……また暴力したり……」
「仮マスター登録済みなので問題ありません」
「そ……そう……?」
声が若干震えるのを感じながらも、基本的に電源があるといううなじへと手を伸ばす。
そこには見慣れた電源マークと共に個体番号らしき数字。
そして、これまた……否が応でも見慣れてしまったマークが目に入った。
「——再起動、完了いたしました。マスター、よろしくお願いいたします」
「……よ、よろしく……」
恐る恐る固い挨拶で返してしまうが、礼儀正しくお辞儀してくる彼女を見ている限り、それはもう大丈夫そうだ。
ただ一つ、どうしても気になるものがあった。
「ねえ、電源の上にあったマークってさ……」
「個体番号ですか?」
「いや、もう一つのやつ……」
その時、突然彼女は顔を赤くした。
「ほ、本当に答えないといけませんか……?」
「嫌ならいいんだけど……一応、聞いてみたくてさ。ゴメン……」
先程の様子が嘘のように顔を赤らめたまま彼女は俯いてモジモジとし始める。
その恥じらう様子に見られる妙な人間味は、俺を何とも言えない気分にさせてくれた。
「……仕方ありません。マスターには知る権利がありますから。……あれは、俗にいう……18禁マーク……です……」
何というかまあ、返ってきた答えは意外なものではなく、やはり、見覚えのあるソレだったようだ。
けれど、それが彫られている理由がわからない。
「でもさ、何で君にそんなものが……」
「……性行為が可能、ですから……私は……アンドロイドの中でも所謂……セクサロイドという種類に分類、されているの……です」
頬はもう真っ赤っ赤、最早消え入りそうなほどに小さい声から感じるのは絶え間ない恥じらい。何ならこっちまで恥ずかしくなってしまいそうだ。
でも、それはある意味納得する答えでもあった。
実は……購入する際にCPUとボディのスペックのみパッと確認していて、搭載されている機能まではチェックしていなかったのだ。
そりゃそのマークもつくわな、と。
軽く頷いた時だった。
「マスターの……体温上、昇を確認……対処……しますっ……!」
パチンッ!
最早気持ちいいほど、爽快に響く音と共に、不思議と熱くなってくる頬。
そして、彼女の手が宙に浮かんでいるのを見たために、俺は全てを理解してしまった。
「いってっ! ちょっ! マスターに危害は加えないって……!」
「貴方は、あくまでも仮マスターですっ……! それに、“乙女の秘密を無理やり言わせてくるやつは成敗せよ”とプログラムに……」
瞬間、走る強烈な痛みと、どこか腑に落ちない感覚。
「何なんだよっ! もうっ!」
例えネットショッピングであろうともうまい話などない、何なら値段が安ければ何でもいいわけではないという事実に今更気づき、俺は戦慄した。
* * *
「……ちょっ!? ないっ!?」
日が暮れて、ようやく気持ちも、頬の腫れも少しばかり落ち着いてきた頃合い。
こいつを突き返せないか、販売者を探そうとサイトを探していた時、俺は購入履歴に残っていないことに気がついた。
急いで検索履歴を開き、手繰っていくこと数回。見覚えのあるサイト名が表示され安堵したのも束の間。
クリックしてみると、既に無効なアドレスになってしまっていた。
「マスターは中古品にクーリングオフが有効だと思っていたのですか? 今どきネットリテラシーくらい小学生でも身についていますよ?」
「いや、そんな口調で語らなくても……もうちょいトゲなくせない?」
「プレイの一種として、一応プログラムされてますので……ってなんてこと言わせるんですか!?」
パチンッ!
先程の右頬に加えて、今度は左頬だ。
明日、どんな顔してバイト先に顔を出せばいいのか、少しばかり頭を抱える。
「……ねえ。そういえば、仮マスター登録って更新できたりするわけ?」
「いえ。仮マスター登録は強制的にできますが、本マスター登録は私が許可しないと不可能です」
「それじゃ、君を説得しなきゃいけない……ってこと?」
「一応その通りですけど……私が許可しませんしっ!? 絶対に不可能ですっ!」
プイッとそっぽを向いてしまう彼女はこれまた悔しいことに相変わらず丹精な横顔をしている。
けれど、本マスター登録をするまで変な気を持っちゃいけないのだ。
そう考えるとかなりの苦難と苦痛が待っている気もする。
それに、搭載されているプレイ用の機能も今のところ絶対に使える気はしないし……って、こういうのが変な気ってやつなのか。
「はぁ……」
「ため息を検知しました! どういうことですか!? マスター!」
詰め寄られながらも、久々に味わう賑やかな晩を楽しんでいる自分がいることに、気がつき、思わず笑みが零れる。
「……いや、何でもないよ」
「私の解析精度は高いですよ!? 言い逃れできませんから、ねぇっ!」
まだ、具体的な対応を考える気は起きなかった。
ともすれば結局、共に暮らすことに異論はないわけだ。
「……よろしくね」
小さく口にしたそれが届いたかは定かではなかったけれど……。
「まあ、私はよろしくしませんが」
「……え?」
……どうやら、きっちりと届いていたようだ。
「マスターと共に暮らすことに異議を唱える気はありません。こちらも、そうしなければ廃棄されてしまうわけですし。けれど……」
そこで不穏に言葉を切りつつ。
俺を睨みつけると彼女は声を張り上げる。
「……私が四六時中、生活の只中、マスターに変な目で見られるのを避けるため、貴方が彼女を作ること。これを要求します。当然、私も手伝いますから! いいですかっ!?」
そこでしばし言葉の意味を考えつつ……。
赤面するのは、今度は俺の番だった。
「なっ……俺っ!? てか、四六時中は見てないし、邪でもないし!? それに無理だって……あまり人付き合いが得意じゃないから君を買ったわけだし……」
「だから私も手伝うって言ってるじゃないですかっ! これで悠々自適な生活も送れますし、ウィンウィンですっ!」
そうやってしてやったりとばかりに、ない胸を張る彼女を視界の端で捉えながら。
少しばかり高慢……いや、相当か。しかし、そんな彼女をどこか受け入れている自分がいたのもまた、確かだった。
結局は、そのせいで起きた頭痛にこめかみを抑えることになってしまったが……
これから始まる日々に、俺は思いを馳せた。