黒騎士 事情を説明し思い出す
「深淵の渓谷に現れたイノシシ型の魔獣討伐を命じられました」
「東砦の青騎士が担当だな。黒騎士はそなたひとりだったのか?」
「いいえ、三年先輩のマリク・ファラール様と一緒でした。青騎士の皆さんとイノシシ型魔獣討伐中にパープルドラゴンが現れました。そこでイノシシ型は青騎士さんたちにお任せし、ドラゴン討伐に移行しました」
「うむ」
「勿論、最初はふたりで討伐が開始されました。けれど、ドラゴンとの戦闘中に地竜タイプのイエロードラゴンが現れまして、飛び回るパープルをメイン武器が弓である私が引き受け、飛べないイエローをファラール様が引き受けることにして、別れました」
「……フム、魔獣の血とドラゴンの咆哮に誘われて別のドラゴンが引き寄せられたのだな。春の討伐ではよくあることだ」
春はドラゴンを含む魔獣たちの繁殖期になる。
基本森や渓谷などの縄張りから出ない魔獣も、この時だけは繁殖相手を探して広範囲を移動するし、大人しい種族も凶暴化したりする。
戦闘中に別の魔獣が現れることは珍しいことではないし、その辺も臨機応変に対処していくのが黒騎士、青騎士の役目になる。
「それで、その時身に着けていた装備がこれか」
病室にはベッドと小さな簡易椅子がふたつ、テーブルがひとつ、クローゼットがひとつあるだけ。
そのクローゼットの中に、私が運び込まれた時に着ていた服や靴使用していた武器がそのまま入っていた。シャツもパンツもボロボロで、更にドラゴンの毒に染まって変な色になってしまっているから処分するしかない状態だ。
愛用していた弓は弦が切れ本体にも傷があり、矢筒には大きなひび割れが入っていて今にも割れそうで、数本残った矢は全て折れている。
サブウェポンになる双剣も刃が無残に欠けている。
唯一使える状態で残ったのは、師匠夫妻から成人祝いに頂いた濃紺色のポンチョタイプのローブだけ。
「手甲もすね当ても腐食し、胸当ては割れているな。シャツもズボンも裂け、毒による汚染が酷い、ブーツも同じ状態。……これらの装備には殆ど魔法による加護が付けられていない、なぜだ?」
「えっと…………」
黒騎士が対峙する相手はドラゴンだ。
数多くいる危険な魔獣の中の頂点に君臨している生き物。
硬い鱗に覆われ、空を自由に飛び回り強力な炎や氷のブレスを吐き、鋭い爪や重たい尻尾で攻撃もして来る。
そんなドラゴンを狩る為に古代魔法を使い、強力な武器や防具を身に着ける。更に、少しでも勝率と生存率を上げる為に黒騎士たちは加護を受ける。
白魔法の使い手たちからの防御魔法や回復魔法、結界魔法などだ。
一緒に出撃したファラール様も、出撃前に奥様から加護を受けていらした。物理攻撃やブレスから身を守り、受けた傷を癒やし、いざという時の為の結界など……身に纏った鎧が、全身が魔法でキラキラと輝いていた。
私の装備には加護の類いがない。
あったのは、レイラ様が防御の加護をつけて下さったローブにのみ。
「リィナ、正直に答えよ」
「……え、あの」
「答えよ」
師匠の鋭い目線に射貫かれて、私は息を飲む。答えなければ、本気で殺されそうだ。
「その…………お金がなくて。すみません」
緊張で掠れた声で答えれば、師匠もレイラ様も目をまん丸にして拍子抜けしたような、そんなマヌケっぽい顔をした。
まあ、それもそうか。
白魔法使いにお金を払えば希望する加護魔法を掛けて貰える。それなのに、金銭的な理由で加護を受けていないなんて想像していない理由だっただろう。
「か、金がないとはなんだ! そもそも、金など払わずともそなたの伴侶は、夫はどうしたのだ!? 見習いの時や未婚の時ならいざ知らず、伴侶のおる身で加護を受けておらぬなど、ありえぬ!」
師匠の叫びに私はふと思い出した。
そうだ、私、結婚していた、のだった……と。
本当にありがとうございます。