表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/43

宰相 事情を説明される

 ササンテの郷には沢山の宿泊施設がある。貴族専用のもの、庶民用のもの、個人所有の別荘もある。その中でも、案内された貴族専用の宿泊施設は一際大きく、立派で豪奢な造りだった。

 一階はロビーやサロンなどが配置され、二階から上が客室。全室にテラスが付いているらしい。貴族用宿泊施設の中でも、豪華な部類に入りそうだ。


「おー、来た来た。思ったよりも早かったな」


 施設のロビーで待っていたのは白いものが混じる黒髪に青い瞳の騎士。背が高く、体もがっしりとしていて、確認しなくてもこの男がイライジャ・アルトマン卿だと分かる。

 お互いに名を名乗り、挨拶を交わす。握手をしたアルトマン卿の手は硬く、剣ダコでゴツゴツとしていた。


「リィナ卿のことご連絡ありがとうございます、アルトマン卿」


 マグワイヤ監査官が一礼すると、アルトマン卿は頭をガシガシと掻いて首を左右に振った。


「いや、たまたま見付けたってだけだからな。もう一日早く来てたら、本人を確保出来たんだけどタイミングが悪かった。あの子は俺の兄弟子が育てた黒騎士だからさ、気にはしてたんだよ」


 ソファを薦められ、向かいに座った。すかさずコーヒーが運ばれて来る所は、従業員の教員が行き届いていると感じられる。


「それで、リィナのことなのですが……」


 そう切り出すと、アルトマン卿の目が私を写した。


「気になるのは分かるが、リィナはここにはもういない。俺が来る前日だから、四日前まではこの郷で傷の療養をしてたらしい」


「では、今はどこに……」


 アルトマン卿の大きな手が落ち着けとばかりに私を制した。


「今、俺の弟子がリィナの行方を捜している、訓練も兼ねてな。心配するな、この郷から行ける場所は限られている。特にリィナは足を痛めてるからな、移動にも手間取るはずだ。そのうち分かる。だから、落ち着け」


「しかしっ」


「王都からここまでは短くない距離だ、自分が思っている以上に体は疲れている。今から貴方が駆け回ってリィナを探しても、見つからない。俺の弟子に任せろ、そのうちに戻るだろう」


 私が俯くと、マグワイヤ監査官が身を乗り出す。


「リィナ卿は自分の意思でここへやって来て、温泉療養していた。そして、四日前に療養を終えて別の街に移動された、ということで問題ありませんか?」


「……療養を終えたって言うか、まあ、終わりにさせられたって感じだな」


 アルトマン卿が手を挙げると、三人の男女が近付いて来た。それなりの衣類を身に纏っている所を見るに、裕福な平民なのだろう。


「ササンテの代表をしているランドン氏だ、この宿泊施設のオーナーでもある。息子のエズラ氏に、細君のマーシャリー夫人」


 紹介を受けた三人は深く頭を下げた。


「遠い所をようこそいらっしゃいました。……この度は、謝罪してもしきれぬことをしでかしまして、誠に申し訳ございません」


 肥満気味で頭髪は薄い、絵に描いたような中年から初老に差し掛かろうという男。その横には子息、彼の後ろには顔を真っ青にした細君が頭を下げたまま固まっている。


「その謝罪どうこうっていうのはよく分からないのですが、説明いただけますか?」


 マグワイヤ監査官の言葉に三人は青い顔をさらに青くし、目に見えるほど大量の汗を流す。


「あの……その、リィナ卿がササンテにいらっしゃったのは……」


 しどろもどろという表現がぴったり当てはまる話し方で説明された内容に、マグワイヤ監査官も私も頭を抱えた。


 リィナはササンテに傷の療養にやって来て、庶民街の奥にある貸し部屋をひとつ借りて生活していたらしい。しかし、貯蓄はなく騎士年金だけが収入のリィナは、魔獣避けのランタンに魔力を込める仕事を引き受け、家賃に報酬を当てていた。


 郷での生活は概ね良好で、温泉と郷にある薬屋が作る飲み薬やクリームの効果もあって、怪我は少しずつ良くなっていったようだ。


 しかし四日前、郷の敷地内に魔獣が入り込む事故が起こり、その場に居合わせたリィナが魔獣二頭を討伐。その討伐によって足の怪我は悪化、魔力焼けも限界を越えた。


 郷の診療所で治療を受けていたが、細君とその姉君がリィナを魔獣の侵入や、その際公園を壊したことなどを糾弾し、郷から追放した。


「申し訳ございません。魔獣が郷の中に入り込む事故は、魔獣避けのランタンが正常に作動していても、時々起こることでございます。ランタンは魔獣の嫌う光りを発しておりまして、大半の魔獣は近付いて来ません。ですが、力の強い魔獣に押し切られればそれまでのことです」


 ランドンは、大量に流れる汗をポケットから取り出したハンカチで拭う。しかし次から次へと流れるせいで、汗は拭いきれず肌を滑り落ちていく。


「郷の中に配置されたランタンへどの順で魔力を込めるか、それは警備隊長と息子が相談し決めておりました。リィナ卿はその指示に従って、きちんと魔力注入の仕事をこなして下さっておりました。ですので彼女にはなにも責任はなく、魔獣の侵入は純粋に事故でした」


「それなのに、魔獣の侵入をリィナ卿が仕事を怠ったせいだ、と決めつけて罵倒したのですか?」


「申し訳ございません」


 子息と細君は床に座り込み、額を床に付けるように謝罪の言葉を繰り返す。


 リィナは療養を終えて郷を去ったのではなく、責任のないことで追い出されたと言うのか。大きなため息が自然に零れる。


「それだけが理由で郷から追放した、と?」


「………………それが、その」


「どうせまだ理由があるのでしょう? 白状して下さい」


「……その、その」


「それは、あの子の体が傷だらけだったからさね」


 聞き覚えのない越えがロビーに響き、ひとりの老女がやって来てマグワイヤ監査官と私を交互にジロジロと見比べる。そして、最終的に私をジッと睨み付けた。


 リィナのことに関すると、年配のご婦人はみな私に対して不快感を露わにする。当然のことだと受け止めているが、ゴミ虫を見るかのような目に晒されるのは慣れない。


「貴女は?」


「アタシはメアリ、この郷で薬屋をやってる婆さ。リィナの薬を作っていて、この郷で魔獣と戦ったあの子の最後の治療をした者だよ」


 私は黙って立ち上がると、メアリ薬師にただ頭を下げた。

お読み下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ