表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アストリール八大陸戦史  作者: ローラン
4/4

4話 夢

その夜は、殆ど見ることの無い夢を見た。そう自分が傭兵の駆け出しだった頃の夢だ。戦場帰りに初めて黒の森に寄った時の。



「うわぁぁ、何だ。あの異常に黒くて天辺が見えない壁は。」


同色の木々は遠くから見るとまるで何処までも左右に続く高く聳える絶壁にしか見えない。近付くにつれ輪郭が判りだし、黒い巨木が連なる巨大な森林だと気付くのに暫しの時間が掛かった。もう少しで着くというところで、宙に座ってというかどちらかというと寝っ転がって何かして寛ぐ淡く光る人形ひとがたを見た。



「げっ、まだ、昼前だってのに死霊系の魔物(レイス)かっ!」


「ま まだ、気付いていないよなっ、じゃあぁ先手必勝だっ。」


気配を殺し、間合いを焦らず気付かれない様に詰め、迷わず一気に蒼白い水晶の様な剣(えもの)で斬りかかった。


「痛っ?何だ。今のは!」


蒼白い閃光が火花の様に散り、何も無い場所に透明で物凄く強固な壁の様な何かに蒼白く光る傷を付け、「失敗した」と思った瞬間、全身に悪寒と恐怖が湧き、体が無意識に勝手に反応し、一瞬で飛び退いた。飛び退く際に、鼻先を白い何かが思いも寄らない凄まじい速度で駆け抜けた。


「子供か?手慣れているようじゃが、反応は良いが間合いが甘いのぉぅ。」


「それに騒ぎ過ぎじゃし、相手の見極めもできておらぬしのぉ。まだまだじゃ、精進がたりん。そんな事では直ぐ様死んでしまうのじゃぁ」


「ほれ、己の体を見てみぃ。ほほぅぅ良い体躯からだをしておるのぉ。歳の割に下の方も。」


若い女性の声をした淡く光る人形ひとがたは、顎を刳って示し、視線らしきものを送って、マジマジと凝視した。


幼い俺は、警戒しながら、体を見た。前身の鎧や衣服、ベルトにズボン、下着さえ綺麗に真っ二つに切られ、肌には鋭い何かで引っ掻いた様な赤い線が引かれていた。


「何だっ、これ!」


「もう少し反応が遅ければ、己は綺麗に真っ二つじゃたのにのぉぅ。さぞかし、綺麗で真っ赤な血の徒花を咲かせておったであろうがのぅ。まぁどっちにしても面白かった。本気ではないにしろ、久々に躱されたのぉぅ。こんな子供に、愉快、愉快。」


若い女性の声をした淡く光る人形ひとがたは、本当に愉快で面白そうに声を出して笑っていた。言っている内容はとても物騒だが。


逆に、幼い俺は圧倒的な力の差と戦場以外で久しぶりの死の恐怖を思い出し、本能的に逃げる隙と間合いを計って、脱兎の如く脱出を試みたが、一瞬で顔が重なり合う程に間合いを詰められた。更に耳許でまるで甘く愛を囁く様に呟いた。


「甘ぁ~い、甘ぁ~~い。そぉ~んなことでぇ~、の・が・れ・ら・れ・る・とぉぅ?、思う~たかっ?。戯けがっ、激甘ぁよぅ~、極甘ぁよぅ~。世の理をぉぅ舐めきっておるのじゃよぅ~。」


そして、すかさず反射的に幼い俺は無防備に後方へ飛び退いた。だがしかし、その判断は誤りで追い打ちが正確に物凄い速度と威力を以て急所に嫌な音を立てて命中する。剣を握ったまま無様に及び腰になり悶絶躄地(もんぜつびゃくじ)になってのた打ち回った。


「痛っ・・・」


「それ見いぃ、無防備に急所を晒しているからそうなるのじゃ。相手の見極めが甘いとさっき言ったであろうぅに。」


「まぁ、女の我には解らぬ激痛いたみじゃが、大抵の男共は鳴き喚き悲鳴を上げてのた打ち回るか、失禁や失神等もしておったが。己はのた打ち回るだけで大した精神力よのぉぅ。まぁ只、それしか出来ぬという可能性もあるがのぉぅ。」


「男共を足止めするのにこれ程有効的な手はないのじゃ。昔、捕虜を捕まえる為に良く使った手じゃよ。あぁ、ちゃんと手加減もしておる。切り裂けたり潰れたりしてはおらぬじゃろう。その歳で不能になるのは忍びないしのぉぅ。逃げるからそうなるのじゃ。」


「ほぅれ、こっちに来るのじゃ。よっとっ。」


悶絶打ってる俺は光る縄でぐるぐる巻きにされ、淡く光る人形ひとがたに軽く引かれたのに物凄い力で急に宙に舞い顔から地面に大きな音を立てて落ち、血の味や匂いがし激痛が駆け抜け土まみれになった。


「あらあら、まぁまぁ、すまんのじゃ。これでも可なり手加減したのだがのぉ。顔中血塗れにしてもうたぁ。ほぉれ、治療なおしてやるのぉ」


光る縄で簀巻きにされている俺の頬に触れた瞬間、顔面や急所に受けた激痛が一瞬で消えた。


「おまけじゃ。全身きれいにしてやろうぅ。」


そう言って指を鳴らすと全身がきれいになった。


「俺を殺す気かっ、化け物っ」


行きなり杖が振り下ろされドスガスと殴られる。


「何を言っておるのじゃ、そんなの当たり前じゃしのぉ。人を殺そうというのじゃ、殺される覚悟があって然るべきじゃろうぅ。殺されなかっただけ有難いと思うのじゃな。」


躊躇い無く、ドスガスと殴られる。


「何を言っているっ この亡霊が。」


更にドスガスと殴られる。


「化け物だろうが、亡霊だろうが、殺そうとするならその逆も然りじゃ。今更、何を言っておる?己は。子供だからと許される道理ではない、馬鹿者。」


そう言って右手に握る光る杖で、合間合間にドスガスと音が鳴る程強く叩かれた。どちらかというと殴打(なぐる)に近い。


「それから、年長者に対する口の聞き方というか、女性に対する態度もなっておらぬのぉぅ。ほれ、ちゃんと聞かぬか。」


「それから、さっきから聞いておれば、人を化け物だの亡霊だの言いおってのぉ、失礼にも程があるのじゃ。己には、この自慢の綺麗な蒼銀髪蒼銀瞳に整った顔、豊満で妖艶な細身でスラッと背の高い我の姿が解らぬかのぉぅ。これだから、お子様はのぉぅ。」


言われていることと見えている姿が全く違うのでむきになって反論する。


「何を言っているとは、こっちの方だ。淡く光る人形ひとがたがっ」


更に更にドスガスと殴られる。


「ほれ、言葉がなっておらぬ。それに、我の姿が認識できておらぬようじゃしのぉぅ。過去からの細胞の記憶(おのれのなか)を少し覗かせてもらうのぉぅ。あと認識できるようにしてやるかのぉぅ」


「ふむふむ、あらあら! まぁ~まぁ~・・あぁそういうことかのぉぅ。ようやっと理解したのじゃ。」


「!!・・・・・・」


「ほれほれ、どうしたのじゃ、急に黙ってのぉぅ。こら、聞いておるのかのぉぅ、しっかりするのじゃ、ほれ」


「ボカスカ、ことある毎に俺の頭を叩くなっ、割れるっ。」


止めと言わんばかりに更に強力に殴られる。


「ようやっと喋りよったのぉぅ。まだぁ、言葉がなっておらぬと何度も言っておろうが。学習能力がないのかのぉぅ。それに己は捕虜になっているという自覚がないのかのぉぅ。殴られた回数殺されたかも知れぬのにのぉぅ。叩かれるだけで拷問を受けないだけ感謝するが良いのじゃぞ。我の広い心に。」


ボカスカ、ガツガツともう数えきでない程叩かれ、たん瘤が無数に俺の頭に出来ている。言われたことにゾッとし恐怖した。戦場という異常な場所で勝つ為にはあらゆる拷問(こうい)が正当化されるのをよく知っている。今自分が置かれている状況の認識が甘過ぎた。





「我を認識できる様になったであろうがぁ。何故、赤い顔してそっぽを向く。ほれ、喋らぬか。こら、無視するでないのぉぅ」


コツコツと殴られる。


俺がそっぽを向くなんて当たり前のことだ。王公貴族の城や屋敷、教会、美術館、紋章に聖書や本等にあるステンドグラスや彫像、絵画に彫金、挿し絵等に用いられ画かれるあらゆる女神や聖母、聖女に戦乙女等よりも比べることができる筈もない言葉では言い表せない絶対の美たる女性が目の前にいるのだ。この姿を見たら生きている限り彼女の姿に囚われ、他の女を見ることが出来なくなるとそう確信した。


「あんたの姿は綺麗過ぎて俺の目には死に至る姿(もうどく)だ。元の認識に戻してくれ、頼む。」


瞳を閉じてそっぽを向いて頼む。すると躊躇いがちに言葉が紡がれる。


「あぁ~すまんのぉぅ。一度開いた感覚と認識は元に戻すことは出来ぬのじゃ。だから、己が望まぬ限り見えぬように元の認識に近い状態に為るよう封印をするかのぉぅ。悪かったのぉぅ。」


俺の頭を撫でながら、謝罪の言葉を言った後、聞いたことのない言語の言葉で何か呟いていた。


「ほれ、終わったのじゃ。我を見てみると良いのじゃ。」


「・・・・・・」


「どうじゃのぉぅ。」


「あぁ、さっきより随分と元の感覚と認識に戻った・・・。」


「それにしては、浮かぬ顔じゃが。」


「・・・・・いや、何でもない。」



淡く光る人形(ひとがた)からよりはっきりと濃い霧が掛かった様な微かな姿が見て取れた。それ所為で、彼女の絶対の美の片鱗が見え隠れする。


「詫びの代りに、己の目的達成の為に、我が己を鍛えてやろうかのぉぅ。シリウス」


「何で俺のことを知っている!」


「さっき、過去からの細胞の記憶(おのれのなか)を見たからのぉぅ。それに、この時代では我より強い者はおらぬはずじゃし。己の素質は、我等より遥かに上じゃ。」


俺は彼女の力の一端を身を以て知っている。その力が自分にも授けられることは、目的達成の大きな一歩になると確信した。


「・・・・これから宜しくお願い致します・・・・・。」


「あぁ、我の名は教えてはやれぬのじゃ。我の名は強大で凄まじい力を持つのでのぉぅ。故に呼んだ者には、大いなる呪いと如何に拒もうとも強制的に我の支配下に置かれる。・・・だから、好きに呼ぶが良いのじゃ。」


「解りました。大いなる師よ(リゥディカナリーベ)。」


自然と頭を下げて記憶の片隅に微かに残る故郷の言葉を口にした。


「・・・大層な名を付けたのぉぅ。まぁ良いかのぉ」




「・・に・・・・・・の種が出現あらわれるとはのぉぅ。どんなふうに芽吹き育つのか。愉快で楽しみよのぉぅ。願わくば、我等の様にならぬことを祈るばかりじゃ。」


誰に聞かせることもなく静かに微かに呟かれたリーベの声はシリウスの耳に届くことは無かった。


シリウスは始めに黒の森で過ごす為の秘技を会得した。リーベの知りうる全てのことを学びながら、修得したものを可能な限り突き詰め、リーベと話し合い、戦場で実戦し工夫と改善を繰り返した。


それから、10年近くの歳月が流れ、リーベがこの地を離れる際に彼女が所有していたもの全てを譲り受けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ