3話 大樹の隠れ家 1 虛
今回は、短いてす。
シリウスが黒き森に着いたのは、リンドを離れて四日後だった。黒き森の随分手前で馬を下り全ての荷物を担いだ後、馬を放逐し、歩いて黒き森の入口まできて聞き慣れない言語の言葉を呟き、何かを描く様に右手を動かす様は、まるでオーケストラの指揮者のようだった。
それが終わると昼間だというのにランプを出し灯りを点して大股でヅカヅカと迷うことなく森の中の目的の場所を目指して歩き出す。
この森は余りにも異常だ。森の木々、草花、地面の土や石ころに至る何から何まで金属の様な光沢の有る黒一色である。そして、木々は金剛石よりも遥かに硬く決して燃えることもない。
それは、草花や地面の土や石ころ等も同じであるが、枝葉に棘、蔦葛、草花はそれに加え柳や絹織物の様に娟である。よって、それらは凄まじく凶悪で鋭利な天然の針や錐、鞭や刃と化していた。
更に、森に存在するもの以外のものから能力や生命、魂魄などを奪い取り、やがて死に至らしめる。それは、根を張る大地からでも同じことである。
他にも方向感覚が無くなると同時に狂わされ彷徨い続ける。それを獲物を迎え入れる様に古の交易路跡の出入口が口を開けた様に待ち構えていた。
古の交易路跡は、巨木やその根、蔦葛、草花等に侵されてかろうじて人や動物達が通れる。そして、危険を省みず背に腹は代えられない急ぎの行商人や商隊、緊急で火急の報告がある諜報員や間者、使者、それに加え、賊や暗殺者等が森を使用するがほぼ全てが森の生け贄になる。
森の木々は吸収力が強い為か、巨木が多く一番小さいものでも高さが1000mを悠に超え直径も100m以上もある。根も巨大で地面に治まらず蔦葛の様に絡まって隆起している。そういった木々が数千本以上もある異常さだ。
その所為で、昼間でも日が森の中を照すことがなく、常に夜の様に暗い。それに比べ草花は、小さく大抵のものが1mにも満たない。しかも、虫や動物の気配や姿は一切無く、静寂だけがその森の中を支配していた。
ランプの灯りを頼りに足場の悪い森を平然と歩きながら周りを見渡す。
「この森に懐かしさを覚えるとは、俺も焼きが回ったか。前に来た時と変わらないな。だが、いるな。森の気配が騒がしい。直ぐに見付かるといいのだがな」
「・・・アウスとレーゼ達との約束も有るしな。少し本気になるか」
「彼女が出て来てくれたら、早く片付くのだが、気紛れだからな。当てにするのも間違えか。」
「会えたら運が良かったと思っておくか。」
独り言を言いながら、昼夜が判らない森の中を歩くこと十数時間、一際、巨大な巨木に遭遇した。巨木の天辺は見えず直径だけでも悠に800m以上ある誰もが認める立派な巨木だ。
巨木の外周を右周りに外見に似合わず陽気にリズム良く等間隔にまるでノックする様に手の甲でコンコンと叩いていく。
すると、ボスンと手の甲が沈む。巨木の様に偽装した金属でできた黒淵の黒い布をめくるとそこには口を開けた様な巨大な虚があった。
迷わず虚の中に入った。そして、ランプにまるで誂えた様に設置された台の上に置き、虚の壁に等間隔で刻まれた同じ文字に手を翳していく。すると灯りが点っていく。虚の中は屋内そのものだった。ベッドが有り、椅子とテーブルのセットが有り、台所に浴室、トイレでもあったが、窓だけは無かった。
担いできた荷物を置き、部屋の中を一つずつ確認していく。各場所にある樽に刻まれた壁とは違う文字にまた手を翳していく。今度は、水が樽の中を満たしていく。全ての確認が終わった後、携帯食で食事を済ませてその日は休んだ。