タピオカ高原
天高く馬肥ゆる秋。
標高600メートルの高原は大気も澄んで、排気ガスで汚れた下界にいるのとは明らかに気分が違う。
そんな清々しい空気とは裏腹に、俺の目の前にはタピオカドリンクを手にうつむく男子生徒が二人。
彼らは妻に浮気がバレ散々絞られた挙句、離婚を提案された夫のように意気消沈しうなだれている。
本日俺は高校の数学教師として、生徒達を引率してこの高原にやって来た。学年全体のイベントであるバス遠足の為だ。
「何故勝手にタピオカなんか買ったんだ」
「……」
「……」
二人はただ無言で地面を見つめている。言い訳が逆効果であると経験から知っているのだろう。
彼らは先ほど高原の駐車場で移動販売車からタピオカを購入し、その直後に運悪く俺に見つかったという訳だ。
タピオカを入手してご満悦らしい彼らは、近づいてくる俺と目が合った瞬間硬直した。
浮気相手とラブホテルを出た所でいきなり妻に証拠写真を激写されたみたいな表情だった。
「お前達がタピオカ飲んでたら、みんな飲みたがるだろう。生徒は全部で何人いると思う? 全員で押しかけたら他のお客さんに迷惑だろう」
俺は常々、教師に必要なのは「親しみやすさ」や「ユーモア」ではなく「威厳」だと考えている。俺はそのモットーに忠実に教師生活を送り、今では学校一授業中に私語の無い教師となったと自負している。
そもそも俺はこの、原価と売値にとてつもない開きのある、奇妙な黒い球状物体の沈んだ色付き砂糖水が一大ブームを巻き起こした事が全く理解できない。家で水道水に絵の具と砂糖を溶解させて飲むのと何ら変わりないのではなかろうか?
「……すみません」
「……反省してます」
生徒二人はやっと謝罪の言葉を述べた。せっかくの遠足なのだし、そろそろ解放してやるか。
その時俺の背後で複数の嬌声が上がった。男子生徒は顔を上げそちらを向き、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
結婚が決まったばかりの親友が、婚約者とは別の女と腕を組んで街を練り歩いているのを、たまたま目撃したかのごとき顔だ。
気になって俺は振り返った。
「センセーありがとうございます!」
「チョー美味しいです!」
「さすが太っ腹〜」
女子生徒五人を引き連れてタピオカドリンクをチュパチュパ吸いながら歩いているのは、世界史担当でなおかつ学年主任である山﨑だった。
「いいのいいの、伊達に公務員やってないから☆」
山﨑は和気あいあいと女子生徒達と歩み去ってゆく。
俺達三人はラブホテルのエレベーターで知り合いと鉢合わせた瞬間みたいに、ただ苦笑いするしかなかった。
ありがとうございました。