苦手なもの
「おーい。まだ落ち込んでんのかー?」
うるさい。
落ち込んでなんかいない。……少ししか。
まるで些細なこととでもいいたげなテオに、心の中で精一杯強がってみせる。
トキに顔がある、ひとだったと言われて、ついに私もそこまで落ちたかと少なからずショックを受けたのは間違いない。でも別にいい。そう気付いた。
わたしは心配そうな顔を向けるトキにやんわりと微笑んだ。
「大丈夫よ。気にしていないから」
あっちの世界でこんな姿をさらしたら、ゴシップ記事の一面に面白おかしくすっぱ抜かれた挙げ句、現場を目撃したひとに動画撮影をされてSNSに投稿されるところだ。
でもここはわたしがいた世界じゃないんだもの。
『shine』も『大女優の立花麗花』も『モデルの立花朱鳥』も、誰も知らない。
周囲の目を気にして着飾る必要もないんだわ。
そう考えると、すごく開放された気分になった。
開放された気分に、なるんだけども。
うぷ、と込み上げてくるものがある。
……さっきまでは平気だったのに。
――アスカ。お主、顔色が悪いぞ。
「お前、なんか顔色悪くねぇ?」
ヤマトとテオ。二人の台詞がシンクロする。
「そんなことないわ。はやく首都に着かないかしらね、ああ楽しみ」
原因は分かっている。
額に冷や汗を浮かべ、無理やり明るい声で誤魔化しながらチラリとトキに視線をはせる。
わたしは昔からグロイのが苦手だった。
お母さんが医療系のドラマをする時は、必ず見学を拒否してきた。
気持ち悪くなるのよね、どうしても。
大量の出血や生々しい肉。腐食したゾンビやあたまを撃ち抜かれた人の映像。
骨折の映像を見ても吐いた。作り物だとわかっていても我慢できなかった。
ちょっとした切り傷はなんともないのに、それ以上の規模になるとすぐ吐き気がする。
トキの集落で初めて女性の遺体を目にしたとき。
彼女の上に重なっていた木材を取り除いたとき。
グロイ、気持ち悪い。そんな感情が一切出てこなかったのは、野晒しにされていたことに大きなショックを受けたから。
その後の遺体捜索時は損傷が大きいものは騎士達が率先して対応してくれていたし、先行してくれたオスカーさんがわたしの目に触れないように気遣ってくれていた。
だからわたしは大量の血を見ることもなかったし、間近で無残な遺体を見ることもなかったのだ。
広場に積み重ねられた遺体の山には確かに思うところがあったけど、あのときはトキのお姉さんのことであたまがいっぱいだった。
綺麗な状態で送りだしてあげた後はトキのことであたまがいっぱいに。
いますぐにでも水を飲ませて食べ物も分けてあげたかった。
でも遺体を焼いている前で甘い小豆マーガリンの菓子パンなんかよく食べられたなぁと考えてしまってから、わたしの胃はモヤモヤし始めた。
喉の奥が酸っぱくなって胃の辺りのモヤモヤが、ぐにゃぐにゃした感じに変わって。
隙さえあれば口から出ようとしている。
「アスカ、やっぱり怒ってる?」
でもトキの前でそんなことできるわけがない。
だから乗馬の揺れがいっそう拍車をかけ、左右上下に胃を揺すり動かそうと、わたしは必死に首を振って何度も生唾を飲みこんだ。
「でも、お前……本当に顔が……」
テオが神妙な面持ちをみせる。
そこにはさっきまでの揶揄うような色は微塵もなかった。
わたしを人間だと認識したトキは、あの後止めるのも聞かずに大謝りしてきて、自分の服の袖でゴシゴシとわたしの顔を拭った。それだけじゃ気が治まらなかったのか、首筋や腕なんかも拭こうとしてくれた。でも女の子の体に気安くさわるな! とテオに怒られて不承不承引っ込んでしまったのよね。
わたしは顔だけ白くなるってのもどうかと思うのよ。
遠目から見たら生首が馬の上に浮いているように見えるんじゃないの。
煤で汚れたままなら顔色なんてバレなかったはずなんだけど、そのおかげでいまは変化が見てとれる。
「俺、隊長に言ってくる」
ただならぬ気配を感じたのか、わたしが引き止める前にテオの馬は走り出してしまった。
やめてください。
わたしはここでどれほど失態を曝けだせばいいんですか。
馬に驚いて絶叫して気絶し、窓さっしの青痣は奴隷だと間違われ、今度は灰被りのシンデレラですよ。そして次はみんなの前でキラキラを吐けと。
いや、無理です。絶対に無理。
そこは立花朱鳥としてのプライドは関係なく、ひととして無理です。
わたしこうみえても女の子なんです。
しばらくするとテオがオスカーさんと一緒に戻ってきた。
「なんか具合悪そうなんですよ」
わたしはぎゅっと眉根をよせて俯いた。
すでに誤魔化し笑いを浮かべる余裕さえない。
しゃべったとたんに吐いてしまいそうなんだもの、否定するよりも緘黙を取る。
「アスカ。顔を上げてみせろ」
口の達者な人間が急に無口になれば、気にもなるのでしょう。
気持ちはわかりますが、答えてあげるわけにはいかないの。
ごめんね、オスカーさん。
そんなことよりユーラはまだかしら。トイレ。トイレがわたしを呼んでいる。
トイレの神様の手招きが見える。
「アスカ。こっちを向け」
トイレ。トイレはないか。誰かわたしにトイレを売ってください。
うっぷ、とまた込み上げてきて、思わず口元を押さえるとオスカーさんが見るからに緊張をはしらせた。
「止まれ!!」
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