おにゃんこ様
ドサッ! ベシャッ! ザシューッ!
自分でも今、どんな体勢になっているのか分からなかった。
とにかく首は痛いしお腹が苦しい。
顔を歪めながら目を開けば、めくれ上がった白いキャミソールとおへそが見えた。
どうやら、くの字に体が折れ曲がっているらしい。
ふんっ!!
気合いを入れて下半身を上に跳ね上げると、ようやく息がらくになった。
仰向けに寝そべり、両手足を大の字に広げて深呼吸を繰り返す。
伸ばした手のひらにはサラサラとした砂の感触。
ぼんやりと目に映るのは雲ひとつない青空。
温かみのある風がさらりと身体をなで、心地よさに目をつぶった。
ああ気持ちいい。このまま寝れそう。
――い。おい。
「ん……?」
なにか聞こえた気がする。でも眠い。
わたしはつぶった瞼に力を入れた。
――おい! 起きぬか!!
「んあ……?」
うるさいなあ。眠いんだってば。
今度は眉間に皺をよせ、声に背を向ける。
――起きぬか、馬鹿者!
「誰がバカですって!? ぐえっ!」
パチッと目を開けたわたしは苛立ちマックスで声の主を振り返ろうとした。だけど身を起こしたとたんグンッと首が後方に引っ張られ、反動で再び仰向けに倒れこんでしまった。
「げほっ、なんなのよ。もう!」
目に涙を浮かべながらむせ込み、首に巻きついているものを引きちぎる勢いで放り投げる。
はあ、よし。少しラクになった。
しっかし一瞬呼吸が止まったわよ。
わたしの首ちゃんとついてる?
渋面を浮かべ確かめるように首をすっていると、突然視界の中に黒いものがぬっと入り込んだ。
青空が黒く塗り潰され、大きく見ひらかれた金色の目が鼻の先にある。
なにっ⁉
――お主は馬鹿者なのか?
驚愕のあまり目を丸くして固まったわたしを至近距離で見下ろすソレには、ビー玉のように丸い二つの目があった。ぎらぎらと輝く黄金の瞳。すっと縦に伸びる瞳孔は紅く、燃えるように揺らめいた。
それ以外は全て真っ黒で、よく見るとフサフサとした毛並みがある。目の間には少しだけ光沢のある鼻。
あれ? これって……
お腹に力を込めて上体を起こしたわたしは、ソレを正面から凝視する。
全身真っ黒でふさふさの毛並み、三角に立った耳、口元の髭、お尻から生える尻尾。それは四つ足を揃えて背筋をすっと伸ばし、ちょこんとそこに座っていた。
そう、これは紛れもなくあれだ。
ペットランキングでは長年に渡って上位をキープ、ひいては縁起物の置物としても有名な……
「ネコ?」
金色の目が真っ直ぐにわたしを見つめている。
うん、何度みても猫だわ。
「猫がしゃべった?」
まさかね。そんなバカなことある?
あはは! わたしったらついにアタマのネジがぶっ飛んだんだわ。
落としたネジはどこかしらー?
「わかった。あなた餌が欲しいんでしょう。でも残念ながらマタタビはないわよ」
えーと、何か餌になるような物が……
キョロキョロをと辺りを見渡すと、
――餌など要らぬ、ひとの子よ。マタタビとやらも要らぬ。
ピシッ
半分冗談でいったのに、笑顔が凍りついた。
気のせいかしら。
また聞こえた気がするんだけど。
でも耳に届いたというよりは頭の中に響いたという感じ。
ギギギと壊れた人形のように首を動かせば、やはりそこにいるのは代わり映えしない一匹の黒猫様。
「ちょっと。もう一度しゃべってくれない?」
――マタタビは要らぬ。
……そこ?
「じゃあ、ジャーキー?」
――ジャーキーとは何なのだ。
「ひいっ!」
わたしは顔を両手で挟んで青ざめた。
わたし、おニャンコ様と会話できてる!!
――恐れるなヒトの子よ。お主は我が力を以て、しかと在るべき姿を取り戻す事ができるであろう。
「……あるべき姿?」
――お主は神々の力を行使しうる器を持ったヒトの子である。幾千の神々の加護を取り戻し、再びこの地に活力と均衡を取り戻すために存在する巫女の器だ。
わたしはポカンと口をあけて瞬きを繰り返す。
幾千の神々? 活力と均衡?
いったいなんの話よ?
わけの分からない話は一旦スルーさせてもらって。
「えーと、それでおニャンコ様。貴方様はどちら様なんですか?」
しゃべれるおニャンコ様なんて。化け猫か何かかしら。
――我は『導く者である。
聞き慣れない言葉に眉をよせる。
「導くもの?」
――さよう。我の協力無くして神々の力を得ることは叶わぬ。我らは一心同体。常に一つで有り、全てを共有するものである。
聞けば聞くほど眉間の皺が深くなる。
おニャンコ様と全てを共有ってどういうことよ?
わたしもそのうち猫缶が食べたくなったりするのかしら……
――そのためには繋がりを明確にする必要がある。額を近くに。
ふいにおニャンコ様がそんなことをいいだした。
繋がりを明確にするって。何する気なの。
「もしかして引っ掻く気? わたし、こう見えても顔に傷を作るわけにはいかないのよね」
わたしは怪訝な顔を浮かべておニャンコ様から距離を取る。
芸能人は顔が命。傷痕でも残ったら一大事だ。
――我の力を与えるためにも必要なのだ。
「いらない」
――要らぬ、だと。
即答するとおニャンコ様は愕然としたように言葉を失い、丸い目をさらに丸くした。
「わたしはいらないわ。アタマの中で会話できるおニャンコ様なんて初めて会ったんだもの。不気味すぎるでしょ。それにまったく必要性を感じないもの。欲しくなったら頼むわよ」
そういうと、おニャンコ様は完全に沈黙した。
ふうっ、なんだかよくわからない危険は回避できたと思いたい。
どっと疲れてその場に腰を下ろし、なにげなく動かした視線の先にバックパックが映る。その瞬間、わたしの視線は縫いとめられたようにそこから動かなくなってしまった。
「あれ……わたしのバックパックだわ」
とたんにおニャンコ様との会話は宇宙の彼方へぶっ飛んだ。
そうだわ。そうだった! なぜ忘れていたの⁉
地震があって……リモコンがどこかに行って、バックパックで自殺しかけて窓から前転して……前転、して?
アスファルトに着地するはずだった。高さはそんなになかったから大した怪我もしないと思ったんだわ。
わたしはのろりと立ち上がる。
沈黙していたおニャンコ様がわたしを見上げて首を傾げた。
――どうしたのだ、ヒトの子よ。
おニャンコ様の問いかけには耳に入らなかった。
わたしはゆっくりと体を回転させながら周囲を見渡す。
煌々と真っ白な太陽を掲げる青い空、サンダルの隙間から指間をくすぐるようにかすめる砂の感触。そしてどこまでも広がる黄色い砂の大地がそこにはあった。
「砂漠……?」
――此処は遙か昔、神が創り賜うた地。ミステス大陸が、シュテーゼン砂漠で在る。
ミステス大陸?
シュテーゼン砂漠?
「ここ、どこなの………?」
延々と続く広大な黄色い大地を見つめて、わたしは呆然と立ち尽くした。
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