時見の巫女
「あれほどの非礼を働いて頼める立場にないのは十分に承知しているつもりだ。しかし先にいったとおり、我々はきみを迎えるためにここまでやってきた。どうか我々とともにユーラまで一緒にきてはくれないだろうか。御当主様の命もあることだし、我が国にはきみの力が必要なのだ」
「一緒には行きます」
でも、巫女にはなりません。
置いて行かれると困るから最後は飲み込んだ。
「そうか。そういってくれてありがたい。では準備が整い次第出発しよう」
一礼してその場を後にしたふたりを黙って見送るわたしの頭の中に声が響く。
――何を考えているのだ。
「ユーラには行くけど巫女にはならないわ」
――なんだと?
「巫女になったら国に尽くさなきゃいけないんでしょ? そんなことしたら元の世界に帰れないじゃないの。それとも国に仕える役職に就かないと加護ってもらえないの?」
――そんなことはない。巫女は神々が認めた運命の子。その加護が国に及ぼす影響が大きく繁栄をもたらすことから、人間は大昔より巫女を崇め国の中枢に高位の要職者として据えてきたのだ。
「それなら問題ないじゃない」
――そうなるが我との約束、忘れるでないぞ。
「約束?」
――大馬鹿者。お主の役目は神々の加護を取り戻し、この地に活力と均衡をもたらすことだ。
いまだにその意味が理解できないわたしは、首を傾げたくなるのを誤魔化しながらうなずいた。
その後ルドルフの突き刺さるような視線を受けながら、出発準備を整えた騎士達に自己紹介をかけねて挨拶をした。
改めて見ると彼らの格好は騎士というわりに軽装で、上下黒を主体としたダブルボタンの詰襟にスラックス。所々に銀の飾りが付いているだけの割とシンプルなものだった。
やはり騎士よりも軍人といった方がピッタリくる。
「それでは、これより出発する」
オスカーさんの号令で皆が馬にまたがり、馬上からオスカーさんが手を差し伸ばしてきた。
「お前は私と一緒に」
「いえ、結構です。馬、余ってませんか? わたし乗馬できるので」
首を横に振るとオスカーさんが刮目した。
「乗馬ができる? それは本当なのか?」
「はい。本当です」
お母さんは、なんでも役作りのためには身をもって習わないと気が済まないタイプだった。色々な役をこなすたびに、習い事に手をだしてはわたしを連れ回した。乗馬もその一環で習ったのだ。
「馬を持ってこい」
逡巡したオスカーさんが声をかけると騎士が手綱を引いて馬を一頭連れてきてくれた。
毛並みもいいし、ちゃんと鞍も装備されてる。
わたしはその馬に近寄り、たてがみを優しくなでながら声をかける。
「よろしくね」
わたしは騎士から手綱を受け取り、鞍に手をかけてひらりと鞍にまたがった。
興味深そうに様子を見守っていた騎士達から、おお〜っという感嘆の声があがる。
おニャンコ様は背負ったバックパックの上に乗せた。
バックパック自体が重いから猫一匹といえど結構ずしりとくる。
だけどこの猫、やっぱり変わってるんだわ。だって普通なら怖がって降りようとするもの。
それなのに、「ほう、我の位置はここか」みたいな顔をして座り心地を試してるのよ。変な猫。
「よし、では行こう。わたしが先導する」
そうしてわたしたちは、ようやく砂漠に別れを告げたったのだった。
「なあ、アスカ。お前どこで乗馬覚えたんだ?」
わたしと肩を並べるテオが興味津々に顔を輝かせる。
「乗馬クラブ」
「乗馬クラブ? なんだそれ?」
「わたしの世界では馬で移動するのは一般的じゃないの。でも馬はいるし、昔は馬で移動してたのよ。その名残で乗馬を練習する場所があるの」
「へぇ。俺、女で乗馬するやつ初めて見た。凄いな、お前」
明るい声でそういって、テオはニカッと笑った。
「本当に奴隷じゃなかったんだな!」
「当たり前でしょ」
まったく、奴隷奴隷って。実はまだ疑ってたのね。
「ねぇ、アイゼンには奴隷制度があるの?」
「いや、ないよ。パラガスにはあるって聞いたけど」
「パラガス?」
「南の大国だよ。アイゼンとは今じゃ全く交流はないけどな」
南の大国、パラガスか。奴隷制度があるなんて治安が悪そう。絶対に行きたくない。
そう考えると迎えにきてくれたのがオスカーさんでよかったわ。
「アイゼンってどんな所なの?」
「アイゼンは……その。もうずっと巫女様がいなかったんだ。巫女様がいないと国は栄えない。アスカが巫女様になったら、六百年ぶりになるんだぜ!」
ろ、六百年……
おニャンコ様の一千年に匹敵する時間じゃないの。
巫女がどんな影響を及ぼすかわからないけど、ずいぶんと長いこと現れなかったのね。
――成る程な。道理でアイゼンの力が弱まる訳よ。
一人、納得したようなおニャンコ様にわたしは首をかしげる。
「どういうこと?」
――元々各大国は古の神々が創り賜うた土地なのだ。巫女はその土地を潤すための役目を果たすといってよい。神々の加護を得て土地に影響を与えることができる巫女がおらねば土地が力を失うのは必然。東の大国からは全くといってよいほど加護の力を感じぬ。それ故に消滅したのではと思っていたのだがな。
なるほどね……
それでわざわざ騎士様御一行が出迎えにきたのね。そりゃあ、六百年振りの巫女ともなれば期待も大きいのだろうけど。
「そういえば伝承がどうとかいってたわよね。あれって何なの?」
「伝承は時見の巫女様が作った予言書なんだよ。俺も実物は見たことないけどさ。時見の巫女様は加護の力で先の未来を見ることができたんだって。予言書は代々御当主様が管理してて、アスカの出現については六百年間、歴代の御当主様の間でずっと言い伝えられてきたことなんだ」
実に嬉しそうな顔で夢物語でも紡ぐようにテオはそう語った――
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