現状確認
わたしは固まるルドルフと騎士達を置き去りにして茫然と立ち尽くしている青年の手を引いた。
「あなた、ちょっときて」
「えっ? 俺?」
手をつかんだままテントに向かってズンズンと大股で歩くと、青年はつんのめりそうになりながらも小走りで追いかけてきた。
「ちょ…ちょっときみ! どこ行くんだよ!?」
「朱鳥よ。わたしの荷物知らない? どこにあるか教えて」
青年を振り返らずにぐんぐん歩みを進める。その横をおニャンコ様もトコトコと軽やかな足取りで付いてくる。
いますぐにバックパックを探さなければ。
「きみの荷物は確かテントの方に一緒に運んだと思うけど。そばになかった?」
覚えてないわ。目が覚めてすぐにテントからでたし、よく見渡す時間はなかったもの。
テントに着いて中を見渡すと、はじっこの方にバックパックを見つけた。
良かった、あった。
「あった! あれだろ?」
「手伝って」
「は? 何を」
「とにかく入って」
天幕の外に立っている青年の手をグイッと引っ張ると、怯えたように後ずさった。
「ちょっと待てよ! 入れないって!」
「何いってるのよ、男でしょう? さっさと入りなさいよ」
「男だよ! だから入れないんじゃないか! 女の子とふたりきりで密室に入るのはマナー違反なんだ!」
その言葉に思わず呆けてしまう。
でもここでわたしを迎えにきた騎士が入るのをためらった理由がわかった。なんて面倒くさい人種なのかしら、騎士って。
言葉でいっても無理だと悟ったわたしは青年の手首を両手でがしりとつかみ、体重をかけて体を後ろに倒し、目一杯力を込めてテントの中へと引きずり込んだ。
青年の身体がぐいっと前に引っ張られて倒れ込む。
うわぁぁぁぁぁぁっ!!
青空の下、青年の叫び声が響き渡り、どこかでこんな叫び声を聞いたと思った。
「失礼する。テオ、いるのか?」
不意に声がして振り返ると、不審そうに顔をしかめたオスカーさんが入り口に立っていた。
「隊長! あの……これは!」
涙目のテオは弾かれたように身を起こし、目を白黒させてわたわたと手を振った。
別にやましいことは何もしていないってゆーのに……
「怪我の手当てを手伝ってもらおうと思ったんです。オスカーさんも入って頂けませんか? テオのために」
「最初からそういえよっ! 俺からも頼みます! 隊長!」
泣きつくようにあたまを下げたテオに視線を流し、オスカーさんはうなずいた。
「わかった。そういうことならばわたしも同席しよう。しかし手当てというが、薬でも持っているのか?」
わたしは再びバックパックに手を突っ込んで、手探りで目当ての物を探し始める。
「あるはずなんですけど」
荷物をこねくり回して、それらしい感触をつかんで引っ張り出すと、まさにわたしが求めた物が手に収まっていた。
それはゴールドの化粧ポーチ。
チャックを開けて中から薄型長方形のそれを取り出すと、ふたりは不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「それは?」
パカっと開いて見せれば中には鏡とパフが入っている。そうこれはファンデーションケースだ。
「化粧に使う道具ですけど鏡が付いているので」
「鏡が?」
少し驚いた声だったけど、それ以上は答えない。今はいち早く状態を確認したかった。
鏡の角度を変えて首を映すと、横長に伸びた青痣がくっきりと二重になって浮き上がっているのが見えた。
太い赤紫色の痣は所々皮が剥けて血がにじんでいた。傷口には砂が入り込んでいて、なかなかに痛々しい。
こうしてみると本当に首吊り処刑にでもあったかのよう。
愕然として鏡に写した自分の姿を見つめ、わたしは言葉を失った。
青痣どころか自慢のキューティクルを持つロングヘアーは砂漠の上に転がったり掻き乱したりしたせいか、あちこちに砂を含んで乾燥ヒジキのごとくバサバサに広がり、顔も服も砂埃で薄茶色に汚れているし、本当に奴隷少女そのものといった風貌をしていたから。
奴隷か、首吊り処刑。
ルドルフの言葉には怒り心頭だったけども、こうしてみるとそうとしか見えない。
足にもあちこち内出血ができてるし、全身砂まみれだ。
わたしは大きくため息をついてから小さく笑った。
「これじゃあ奴隷っていわれても仕方ないですよね。ちょっとこれ持っていてください」
そう言って化粧ケースをオスカーさんに手渡し、再びバックパックに手を伸ばす。次に取り出したのは水の入ったペッドボトルとハンカチとスカーフ、それと冷却スプレー。
ハンカチを水に濡らして傷口の砂や顔の汚れを拭き取る。傷口を拭いた時に顔を歪ませると、テオが心配そうに見つめていた。
今度は冷却スプレーを手に取る。
傷口にはかけない方がいいんだろうけど、きっと平気だと思う。青痣は冷やすに限る。
心を決めてノズルを首に向けで押すと、シューッ!! という音と共に冷却水が勢いよく噴射された。
あー気持ち良い! 天国だわ!
「うわっ!」
火照った身体を冷やす快感にうっとりしていたわたしの前で、突然テオが大声を出して後ろに転がり、オスカーさんの肩はビクッと小さく震えて身体を強張らせたのが見えた。
その様子を見て思わず笑ってしまう。
「これ、冷却スプレーっていって身体の火照りを取るんですよ。内出血は冷やした方がいいんです。身体が冷えて気持ちいいんですよ」
そう説明しながら膝にも噴射する。
「な、なるほど。それもお前の世界の道具なのだな」
「すっげぇビックリした!!」
ふたりの反応に思わず笑みがこぼれる。
あとは最後の仕上げにとスカーフを手に取る。
災害時、避難所に行く羽目になった場合を考慮して、頭からすっぽり顔を隠せるようにスカーフを準備していた。
入っていたのは麻布のベージュのスカーフだった。オスカーさんに鏡を持ってもらって首の青痣を隠すように丁寧に巻き付ける。
「どうですか? さっきよりいでしょう?」
ニコッと笑ってみせると二人とも頷いた。
「ああ、それなら目立たない」
「うん、さっきよりいい!」
ふたりの反応に満足して頷き、ふとオスカーさんに顔を向ける。
「ところでオスカーさん。何か用だったんです」
「ああ。先程の非礼を詫びようと思ってな。ルドルフにはきつくいい聞かせておいた。本当に申し訳なかったと思っている」
そう前置きしてから、少しいいにくそうに言葉を重ねた。
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