ど田舎youtuber-プロローグ-
あの事件は私が6歳の時に起きた。
漁に出ていた父親と祖父を、急な嵐が襲った。荒れ狂う波、言葉を遮るような雷雨。後で聞いた話だが、熟練の祖父でも予想外な突然のことだったらしい。
「おい、じしい大丈夫かよ。これ」
予想だにしない自然の脅威に、父親は動揺していた。過去に嵐の中、海に出たことはなく、それは漁師として事前に天候を察しておくことが常であったからだ。父親は雨に掻き消されることのないように、かなりの大声で声をかけた。しかし、祖父は気がついているのにもかかわらず父親の言葉に反応しなかった。祖父も動揺しており、なんと答えてよかったかわからなかったらしい。
「じじいが動揺してんのかよ」普段、威厳の塊であり、叱咤しかしない祖父が沈黙を貫いている姿を目にし、父親は状況を読んだ。
さらに、暴風が吹き、船体が揺れ、手摺につかまる父親をいとも簡単に投げ倒す。
くそっと何か不可抗力に攻撃されたような感覚の声が出た。
倒れた父は顔を見上げた。そこには、普段の青い宝石のような海はなく、ただ黒く歪んだ波と空が地平線を支配していた。
「海が怒ってるのか」
島では、私が父親と祖父を心配し、豪雨の中、家を飛び出した。そして、埠頭まで全力で走り、海の向こうへ聞こえることのない叫びを発した。
「とうちゃーん。じいちゃーん。」体を震わせ、喉を震わせ、5歳の女の子の全力を出していた。
私が飛び出るところを目撃した母親も私を追い、埠頭で私を見つけるとすぐに、荒げる声を発し、手を取った。
「かすみ!!危ないでしょ!!家に帰るよ!!」
「でもとうちゃーんが。」私は何かこの先に起こることを察したいるかのように、弱い声調で答えた。
「大丈夫やから!」母はそう無責任に言い放ち、私の手を引っ張った。
私は抗った。小さな両足に力を入れ、全力で。でも無理だった。母親の力はそれこそ自分の娘を救うこと一心で、本気だったのだろう。
引っ張られ傾く体に、私は左手を思い切り海の方へと伸ばした。あの向こうに父親と祖父がいる。私が。私が助けるんだ。そう思ってた。
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その日、私は父親を亡くした。
私はこの島が嫌いだ。
2020年4月26日
「ひ、す、い、じ、ま」とsakiさんはガヤガヤと少しばかり賑やかなカフェの中でスマホから私の故郷の島の名前を検索した。
「お、本当にど田舎じゃん」sakiさんは画像を見ながら笑いながら答える。
「だから言ったじゃないですか、映えないって」
私の住んでいた島は翡翠と呼ばれる、一応東京都に所属している(東京とは呼んでいないが)田舎島である。なぜ翡翠かというと、そこの海が青く宝石のように輝いているからと皆がいっている(本当かどうかは定かではないが)。あの島を憎んでから、いつか島を抜け出して、この東京と呼ばれる街に行こうと思いっていた。そして、18の時に故郷を飛び出した。
「え、でも綺麗だよ。海。」
皆、海の画像を見ると綺麗って言うが、私にとって毎日見ていたものだ。特になんも代わり映えのない海である。
ちなみにこの人はsakiさん。私が住むシェアハウスの先輩youtuber。登録者は8万人の美容系youtuberである。今日は互いに休日で(特に仕事という仕事はないが)、私の悩みを聞いてもらうために、渋谷のスタバに来ている。
「海なんてどこも一緒ですって。」
「いいじゃん。こういうとこ。ゆっくりできそうで。」
「絶対来ない方がいいですよ」
「なんでさ。」
「幽霊でるんですから」
「何それ。」
「いいから、私の悩みについて教えてくださいよ!」最初は島から抜け出したけどうまくいかないと言う悩みをぶつけたつもりであったが、いつのまにか自分の故郷の話に脱線していることに少し不満を感じながらも、当初の目的を果たすべき、私は会話の流れを戻そうとした。
「ごめんごめん。で、このままだと島におばあちゃんに面子が立たないって。」と少し、めんどくさそうに話を戻すsakiさん。
「あんな大口叩いちゃったんですから」私は不貞腐れて答えた。
「まあねー。大体の底辺youtuber達が抱える悩みだよねー。再生回数が伸びない。」
「まあ分かりやすくいうと、かすみの動画かつまらないからでしょ。」とsakiさんは完全にからかっている。
「何そのわかりやすい意見」私は眉間に力を入れて、sakiさんの顔をにらんだ。
「だってさ東京1のパンケーキ食べてみたとか。原宿の竹下通りを5回往復しても飽きない説とかさ。完全に個人の趣味になってない?」
「う、そんなことないはずです!みんな見たいはずなんですから!」私は少し図星を突かれた感じに、目を逸らした。自分のやりたい放題していたことは事実だったから。島にいた時は、こんな景色すら見れなかった。毎日見知った坂を登り学校に行き、帰りに海を見て、帰宅する。家の近所には知り合いしかいないし、ずっと同じ友達と生きてきた。変わらない風景からみれば東京はそれだけで特別。
不貞腐れいる私は窓から渋谷の交差点を覗いた。スクランブル交差点。何千の人が一度の青信号に反応する。こんな凄いこと、なんで東京の人は平気なふりでいられるんだろう。
私は頬杖つきながら、何か心の中にある本音が溢れるかのように、口に出した。
「みんな見たいと思ったんだけどな。」
両手の2指ずつで、カメラのポーズを作り、窓から映る景色をその穴から覗き込む。
「めちゃくちゃ映えるんですけどね。」
「きた映えポーズ。」
私はその自家製のカメラから見える景色を目で追った。学校終わりのjkの集団、奇抜なファッション軍団、それを興味津々に写真を撮る外国人、それをよそに何か使命に動かされているように素早く抜き去るサラリーマン。そんな人混みの中、一人の男性が一台の車の前で止まり、電話をかけ始めた。どこかみたことある顔立ち。人混みの中、一人際立つその存在に、私は身を乗り出し、凝視した。まって。もしかして。
「UMIさん!?」私は思わず叫んだ。
「うん?UMI?」sakiさんもガラスから確認した。
「ほんとだ。あいつ何してんだ。」
「もしかして生撮影!?」私は生で憧れの大物youtuberの撮影が観れると思い、興奮した。私は身を乗り出し、窓に限界まで顔を近づけて自分の憧れの人を眺める。
「でもカメラマンいないし。なんか電話かけてるよ。」
「ほんとだ。」
その瞬間、カウンター席の上にある私のスマホが鳴った。私とsakiさんはお互いになにかを察したかのように顔を合わせた。「え。」
知らない番号。恐る恐る手を伸ばす私。
「も、もしもし。ど、どちら様ですか。どこから来てるのか分からないほどの緊張が私を襲い、なぜだか声が落ち着かない。
「あ、youtuberのUMIです。これ船崎かすみちゃんであってるかな。」
「え、あ、はい。船崎かすみの携帯です。」私はロボットのように固まる。あのUMIさんが個人的に連絡取ってくれるなんて、、、!?
「ごめん、急に電話かけちゃって。今ね渋谷にいるんだねどさ、撮影終わって夜時間できたから、かすみちゃんとご飯でも行こうかなって。大丈夫?」
「あ、あ、あ、はい。時間あります。」
「よかった!遅めの入居祝いで。じゃあ17時に渋谷のハチ公前で待ってるね。」
「は、はい」そして電話は切れた。
私は体が震えていた。まさか憧れの人からデート誘われるんなんて思ってもいなかった。
「なんだった?」sakiさんが電話を切った同時に問いかける。
「あ、あの」
「うんうん」
私は頭のエンジンをフル回転し、cpuを動かす。
「そ、その」
「うん。だからなんだったの。」焦ったくて、sakiさんはうずうずしている。
「だから」
「早く言ってよ。」
「デート申し込まれました!!!」私は顔を赤らめ、まるで告白するかのように叫んだ。
「え、デート?」sakiさんの頭の上にはハテナマークでていた。
UMIさんに目をつけられる。これがずっと再生回数が止まっていた動画が、再びバズるように私のyoutuber人生を動かし始めた。
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