悪魔退治は放課後で4
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第二部「https://ncode.syosetu.com/n1942fm/」
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少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
(1)
放課後の悪魔退治も相変わらず週に一、二度駆り出される日々――
アリーチェもすっかり色々なことに馴染んで、穏やかな今日の部活はミーティングだった。
それぞれが考えていることや、足りない備品などの要望を出し合うことになる。
「これから地下通路に行くのをローテーションにしたいと思うんだけど」
発言が七緒の番になったので、七緒は以前から考えていたことを話した。
「ローテーションですか?」
結は少しだけ困ったような表情だった。多分、戦力の面での懸念があるのだろう。
「そう、三人居ることだし、二人で順番にペア組んで行けばみんな平等に休めるでしょ?」
「それはそうですけど、もしも突然変異が現れたら二人では危険です」
七緒の思った通り、結はそちらの心配をしていた。
「二人で危険なら三人でも危険だよ。それに突然変異が出たら一時撤退って手もあるわけだし」
だから大丈夫――自信はないけど七緒はそう続ける。根拠のない自信も大事なのだ。
「武者修行になりますか?」
アリーチェが手を上げながら控え目に尋ねてきた。
「うん。三人よりは少し大変になるかもだけど、判断力とかそういうのが身に付くと思うよ」
七緒はそう答えた。これにも確固たる自信はないけれど。
「強くなる――賛成です」
アリーチェは即座に賛同に回った。
「――名案ね」
先輩が猛スピードで議事録を取りながら答えている。
「ですよね?」
賛同しているのが先輩なので若干不安はあるけれど、大きな援軍だと思った。
「それぞれの組み合わせで得られる信頼度による相乗効果の違い――研究に値するわ」
先輩がかつて無いほどのドヤ顔で決めている。やっぱり先輩は先輩だった。
「ですけど――」
結はまだ反対のようだ。
「反対してるけど、結は今まで一人で頑張ってたでしょ? だからもう少しくらいは負担を減らしても良いと思うんだよ?」
「それでも……」
結も退かない。結はこうなると頑固なのだ。
「――部長命令」
先輩が短い言葉を発した。結が何も言えないという感じで黙り込む。結は相変わらず上下関係にはそれなりに敏感だ。それなので七緒も宗家の立場を使った命令をすることはほとんどないのだが、先輩は遠慮無く自分の立場を使う人だった。
――というか先輩が部長だということを七緒はこの時初めて知った。
「よし、じゃあ組み合わせを順番に決めよう」
早く決めないと結の決心――半ば強制――が鈍る。七緒はまず地下通路に慣れている順でホワイトボードに名前を書いていた。ローテーションと言っても三人しか居ないので、七緒と結、七緒とアリーチェ、結とアリーチェの三通りしかない。
もしかしたらまだ人手不足なのではないだろうか――そんな考えが七緒の頭を過ぎっていた。
(2)
「今日は結の大好きな海老フライだったのに、まだ機嫌悪い」
ミーティングが終わって寮に帰り、夕食を食べてからも結は何処か拗ねている。
拗ねていると言うのも少し違う感じだけれど、七緒は直球で結に話しかけていた。
「だって……それとこれとは別です」
結が困ったように言葉を返す。
「二人が心配?」
七緒が尋ねる。アリーチェは留学してきてまだ一ヶ月ほど、七緒でもこの学校に転校して半年を過ぎたくらいなので、正直言えば実戦での経験不足感は否定できない。
「……お二人とも強いのはわかってますけど、何かあったらどうするんですか」
「仮に怪我をしたとしても、それは結が背負うことじゃないよ?」
「もし、怪我じゃ済まなかったら――」
「その時は、その時。もしそうなっても結のせいじゃないから」
絶対に――七緒は断言した。
「そんなこと簡単に言わないでください。縁起でも無いです」
本当に心配そうな表情で、結が七緒に詰め寄る。
七緒を見る結の目は、何処か張り詰めた目をしていた。
「でも――そんなこと一番考えてるのは結のほうでしょ?」
結の変に張り詰めている力を和らげるために、七緒は結の頭を軽く撫でていた。結の髪は相変わらずサラサラで、触り心地が良い。
「あ……」
結は七緒に指摘されて、初めてそれに気付いたような顔をしていた。
「大丈夫。信じて」
軽い調子で言いながら七緒は結の髪を指で少しだけ弄んでいた。指に絡んで、すぐに解ける。七緒はこの感触が好きなので、ついついずっとクルクルと指に絡めて遊んでしまっていた。
「七緒さんは楽観的過ぎます」
結は特に抵抗せずされるがままの姿勢で、少しの不満を口にしていた。
「そうかな」
悲観的になろうと思えばいくらでもなれるような気はするけれど、多分七緒の役目じゃない。
「……でも、七緒さんらしくて好きです」
最近結はストレートに褒めてくれるし、ついでに七緒が嬉しくなってしまうことも言う。
今日も照れながらだが、伝えたいことをしっかりと伝えてくれていた。
「ありがとう」
七緒は髪を弄ぶ手を止めて、結を軽く抱きしめていた。
(3)
三日ぶりの呼び出しは、放課後に入ってすぐのことだった。
事前に順番をくじ引きで決めていたので、今日は七緒とアリーチェの出番――地下通路にまだあまり慣れていない二人に、思った通り結が物凄く心配していた。
「危なかったら絶対引き返してくださいね? 絶対ですよ?」
結は準備をして部室から出て行こうとする七緒の袖を引っ張って、懇願している。
「わかってるよ。大丈夫、任せて」
七緒は袖を持つ結の手を取って、優しく握りしめた。結の手は少しだけ震えている。
こんな華奢な手で、全部抱えなくても良いのに――七緒はそう言いかけたが止めた。
結には結の考えがあるし、実際に結がこうして心配しているのは事実なのだ。
それなら、大丈夫だということを行動で示すしかないだろう。
「行ってきまーす!」
アリーチェは結の心配など何処吹く風――といった元気の良さで手を振っていた。
「結さん、心配してました」
地下通路の入口――七緒が生体認証で扉を開けた。アリーチェはまだゲスト扱いなので、その後ろについて地下通路に入りながら、さっきの結の様子を思い出したように口にしていた。
「ホントだね。でも、結はちょっと心配しすぎかな」
それでも、七緒たちを心配してくれるのはとても嬉しいけど。
「結さん優しいです。すごく心配してます。だから私は元気に行ってきます言いました」
ゆっくりと地下通路を歩きながら、アリーチェはそう話す。
「そっか、よく見てるし、アリーチェも優しいね」
あの元気の良さはあえての行動だったのか――アリーチェもなかなかの曲者、というか自分の優しさをしっかりと持っている人だと思った。
「優しい。強い。大和撫子の道、極めたいです」
アリーチェが天真爛漫に笑う。
「目標があるのは良いことだね――アリーチェなら出来るよ」
もっとも、アリーチェは今でも十分な優しさと強さを兼ね備えているけれど。
「頑張ります」
七緒の言葉にアリーチェは気合いを入れ直していた。
「さて、目の前には悪魔が二体――どうする?」
のんびりと話しているうちに、今回の悪魔が遠くに確認できていた。
トラ――よりもおそらく少し小さい――姿だが、気配から見ても突然変異ではない。
手こずることは無いとは思うが、油断は禁物――ここは確実に倒さなくてはならない。
「一体ずつ確実に倒す――ですか?」
アリーチェはそう答えながら、既に柄に手をかけている。
「安全に考えるならそう――来るよ」
七緒が正解を答え終える前に、悪魔のうちの一体がこちらを視認して、唸りながらジリジリと近付いてきた。おそらく飛びかかれる距離に入れば、即座にこちらに牙を剥くだろう。
その前にこちらから距離を詰めて仕掛けるのが一番の安全策――心配している結のためにも。
七緒は素早く間合いを詰め、悪魔に向けて抜刀した。その一刀は致命傷にはならなかったが、悪魔には確実に深手を負わせていた。
その間に、もう一体も七緒たちに向けて走り込んでくる。七緒は体勢を変えてもう一体の攻撃に備える――アリーチェも追随して、悪魔の攻撃に備えていた。
悪魔が飛びかかってくるのはどちらか――どちらかが攻撃を受け止め、相手の動きを抑えてしまえば、この勝負は勝ったも同然――先程深手を負わせた悪魔はまだ動けていない。
甲高い咆哮を上げながら悪魔が七緒に飛びかかってきた。七緒は刀で爪と牙を受けて、悪魔の動きを抑え込む。
「アリーチェ! 今!」
七緒の呼びかけに呼応して、アリーチェが悪魔に斬りかかる。
一閃で悪魔からの短い叫びが聞こえて、その姿が朧気になって霧散した。
残りは深手を負わせた一体――七緒は刀を切り返して、まだ向かってこようとしていたその一体を仕留めた。
「やったね」
七緒がアリーチェに向かってハイタッチをするように手を上げた。
「やりました」
アリーチェもそれに応えて、七緒とハイタッチを交わす。
「結さん、これで心配しなくなりますか?」
まだ周辺に悪魔が潜んでいないかの一通りのチェックをしながら、アリーチェが尋ねた。
「どうだろう。結のことだから『今回は運が良かったんだ』って言うかも」
七緒は苦笑いで結の言いそうな言葉を勝手に予想して先手を打つ。
地下通路は各所に監視カメラが設置されている。確か音声も届いているはずなので、意地悪だとは思ったけれど、それくらい心配しなくても良いということを結に届けるための言葉だった。
「運も実力のうち――ことわざ聞いたことあります」
アリーチェの返事はフォローをしたようでフォローになっていなかった。
(4)
「おかえりなさい」
七緒たちが部室に戻った途端、結が椅子から立ち上がって七緒の傍に来た。
その様子からも、ずっと帰りを待ちわびていたようだった。
「ただいま。大丈夫だったでしょ?」
七緒はピースサインを結のほうに突き出して、これでもかという感じの笑顔で決めていた。
「はい――でも……やっぱり運が良かっただけかもしれないです」
「言うと思った」
地下通路での音声も届いていたようだけど、それでも結は自分の考えを簡単には曲げない。
結の良いところでもあるし、悪いところでもある。
「ですけど……」
「じゃあさ、結が一人でずっと頑張ってた間も、全部運が良かったってこと?」
七緒はあえて意地悪な質問を投げかけていた。
「それは――」
「私は、結が運に文句言わせないだけの稽古とかをしてたからだと思うんだけど」
「そんな、稽古は当たり前のことで、そんな風に言ってもらえたこと……」
喜んでいるような、それでもまだ何処か複雑な結の表情だった。
「自分の努力を否定しない。それに結はもう少し誰かに頼って良いんだよ」
「……七緒さんが、宗家で良かったです」
流石に他の部員が居る前では「好き」だとは言ってくれなかったけれど、いつもの結の褒め言葉だった。
「ありがと――」
「――ご馳走様」
七緒の真後ろから先輩の声がした。いつの間にか部室に来ていたらしい。
「? 皆さん、何も食べてないです」
キョロキョロと部室を見回してアリーチェが首を傾げている。
「アリーチェちゃん。目の保養――美しいものを見た時にもそう言うのよ。そうね、今の状況なら、深い友情。いえ、恋。それとも愛かしら」
先輩は相変わらず遠慮無く突っ込んでくる。悪くはないけど気恥ずかしい。
「新しい日本語の使い方、覚えました」
アリーチェは目を輝かせている。
「いや、覚えなくて良いからね!?」
七緒のツッコミが部室に響いていた。
(5)
翌日も呼び出しがあった。金曜日の放課後だというのに油断も隙もない。悪魔に曜日感覚があるかどうかはわからないけれど。
今回は七緒と結が行く順番だ。今まで通りだとは言え、結は全く心配をしていない様子で準備をしている。
「ねえ、戦力不足が心配だったらこの二人でも心配にならないの?」
七緒は思わず結に尋ねていたのだが、結は「どうしてですか?」と答えていた。
自分が参加する分には心配じゃないのだろうか――七緒には結がちょっとだけ謎だった。
「こうやって二人で地下通路に来るのも久々だね」
大体の目的地に向けて、のんびりと歩きながら、七緒が結を見た。
「そうですね」
いつも通りの結が予想通りの答えを返す。
「でもアリーチェの留学が終わったらまた二人になるのか」
アリーチェがいつまで留学するのかは聞いてないけれど、こうしてローテーションが出来るのも今のうち――それは七緒も結もわかっていた。
「……ご不満ですか?」
結が少し心配そうに尋ねている。
「そんなこと言ってないよ。ただ、また結に負担かけちゃうなーって」
「私には、これが普通です」
「それはわかってるけど……また一緒に遊びに行きたいのに」
自分の息抜きと、半強制的な結の息抜き――になってるかはわからないけれど――を兼ねて。
「私だって……一緒に……」
消え入りそうな声で、珍しく結が自己主張をしている。少し前にアリーチェを見習って思ったことを言おうと方針転換しているのは知っていたけれど、まだ思い切りが足りないみたいだ。
変なところでは思い切りは良いのに。
「んー? 聞こえないなあ?」
七緒は結の顔を覗き込んで、もう一度聞き返す。ちょっと意地悪だったかもしれない。
「……一緒に遊びに行きたいです」
一瞬躊躇った後で、結がはっきりと答えていた。
「よし、約束。アイツをサクッと倒してこの後出かけよう」
七緒が指差した先にはぼんやりと、悪魔の影がある。
「でも……」
結はちょっとした不満を表わしながらも、既に刀に手をかけて、臨戦態勢に入っていた。
「門限にはまだまだ余裕があるし、良いでしょ? 行くよ!」
そう言って刀を抜きながら、七緒が走り出す。
「――勝手なんですから」
言いながら、結も続いていた。
(6)
「やったね。これで遊びに行ける」
悪魔との戦いは、数分で片が付いた。七緒は一応、霧散した悪魔のサンプルを採取していた。
「本当に行くんですか?」
結が驚いたように返す。
「当たり前じゃん。行くと言ったら行くよ?」
近くのコンビニでも良いから行く――七緒がそう続ける。
「七緒さんらしいですね」
仕方ないといった風に結が笑っていた。
「おかえり。そして行ってらっしゃい」
部室に戻るとすぐに先輩が悪魔のサンプルを受け取って、七緒たちをまた部室から追い出しにかかる。地下通路での話をしっかりと聞いていたようだ。
「デート行ってらっしゃいです」
アリーチェが満面の笑みで手を振っていたが、また先輩に何か吹き込まれたようだった。
気が利くのか何なのか、先輩もまた、謎だった。
結との話し合いで駅前に出ることにしたバスの中――制服のままで出てきたのだが、他にも下校する学校の生徒が居るので違和感はない。
「そうだ、駅前で百均寄ろうよ」
七緒はバスで二人掛けの座席に座って、スマートフォンで駅前の情報を検索していた。
そこそこ大きめの百円均一ショップのチェーン店がヒットしたので、結に画面を見せながら、駅前でのプランを立てる。
「何のお店ですか?」
結が首を傾げた。この反応は、まさか――
「え、百円ショップ知らない?」
知らなくても不思議ではないと思えるのが結の不思議なところだけれど。
「百円で何かが買えるお店――?」
七緒が口にした名前から予想して、結が答えていた。
「そう。その何かが沢山あるの」
これは結を連れて行くのが俄然楽しみになったと思った。
(7)
「普通の雑貨屋さんのように思えるんですけど」
百円均一ショップに入ってしばらく、結が周囲を見渡してそんなことを言っていた。
「ところが、これ全部百円――たまに二、三百円のとかもあるけど」
結は七緒の説明に、不思議そうな表情をしている。結の生活範囲の中にこういった店がないということはなんとなくわかるけれど、この時代に少し珍しいと思った。
「だから値札が付いてないんですか?」
店内を一望した結は即座に切り返していた。確かに百円均一の商品には基本的に値札がない。
この辺りの観察眼が鋭いのは結の特性だろうか。
「そういうこと。沢山衝動買いしてもお財布に優しい」
結は「なるほど」と頷いている。
「これも百円なんですか?」
結は新商品と書かれたPOPの棚にあったドリンクボトルを指差していた。
「そうだよ」
「……こっちは?」
結はその下にディスプレイされている小さな一人用の土鍋を手にして、また七緒に尋ねる。
「それも」
七緒はまた、短く答えた。
「……」
結が絶句している。そんなに衝撃なのだろうか。見ている分にはちょっと可愛いと思うが、刺激が強かったかもしれない――って言ってもそんなに悪いものではないはずだけど。
「一人暮らしする時には、必ずここに来ます」
真面目に考えた後に、出していた結論がまた可愛かった。
(8)
二人は百円均一ショップで色々と買い込んで、寮への帰宅の途に着く。
七緒は以前から買わなければいけないと思っていたソーイングセットを買い、結は髪をまとめるクリップや蛍光マーカーを結構な数で買っていた。
案内している七緒のほうが衝動買いをしていないのが自分でも少し謎だが、結はそれなりに楽しんでくれたようで、案内した甲斐はあったと思う。
「買物だけで門限近くなったね」
朝夕の登下校のピークを過ぎると、学校や寮へと帰るバスは途中までしかない。
七緒と結は一番近いバス停で降りて、残り十数分の道程を歩いていた。
「そうですね。ゆっくり選び過ぎました」
結が申し訳なさそうにしていたが、文具コーナーで色々なマーカーを楽しそうに手に取っていた姿を思い出すと、七緒としては責める気にもならない。
元々、結を息抜きで連れ出すのが目的だったこともあるし、その目的は達成されている。
「でも買物するの結構楽しいからまた行こうよ」
歩きながら買い物袋を持ち上げて、七緒が結を見る。
「はい。次はもっと店内を見てみたいです」
笑顔で返す結の姿は、少し満足そうだった。
「あれだけ色んなものがあると。地下通路行く時に使えそうなものとかありそうだよね」
「……水筒とかですか?」
「それもあるけど、絆創膏とか包帯とかもあるし。備えあれば憂いなし――どうしたの?」
急に、結が七緒の制服の裾を掴んで立ち止まる。
「――私が、お守りします。絶対に七緒さんに怪我はさせません」
結はそう言い切って、七緒を見る。新たな決意をしているようだった。
「ありがとう――でも、結は力入りすぎ」
七緒は自分の服の裾を掴んでいる結の手にそっと触れて、もう片方の手で結の頭を撫でる。
「ですけど……」
「大体それで結が怪我したら、私にはそっちのほうがダメージなんだよ?」
「でも、橘内の役目は、宗家にお仕えして……」
また家の関係性が出てきた。今までの経験から、これを言い出すと結は意地になる。
「じゃあお守りされるから、ひとつ条件。結が私を守る、その代わり、私も結を守る。どう?」
七緒は一旦退いたように見せて、結が断れないであろう条件をわざと出していた。
「……それって、お互い同じってことじゃないですか?」
流石に結は誤魔化されない。七緒の意図を見破っている。
「すぐにバレた……でもさ、それで良くない? お互いの違いなんてそれくらいだよ」
こうなったら開き直るしかない。七緒は得意気に結を見て言い切った。
「――七緒さんらしいですね」
諦めたのか、呆れているのか、結は笑っていた。
(9)
週が明けて月曜日。七緒たちの土日は呼び出しもなく、午前中に稽古、午後からは期末テストに向けた勉強という、極めて正統派の高校生活を送っていた。
今日も放課後に部室で全員揃ってテスト勉強をしていた。
いつ出て来るかわからない悪魔よりは、目の前の期末テストのほうが重要だ。
部室だと先輩が居るので、わからないところは遠慮なく訊くことが出来る利点もある。
「先輩さんは自分の勉強をしませんか?」
アリーチェもノートに向かいながら――母国語ではないので余計に大変そうだと思う――余裕綽々でスマートフォンを弄っている先輩に疑問を投げかけていた。
「私は毎回オール百点キープしてるから大丈夫」
かつてないほどの笑顔で先輩が言い切っている。
「それより――もうそろそろ悪魔が漏れそうなデータが出てる」
先輩は手に持っていたスマートフォンの画面を、昔の時代劇で見た印籠のように部員に見せていた。司がのんびりとPCの結界モニターを確認する作業に移る。
「え、漏れるのわかってたら止められません?」
七緒が訊く。
そこまでわかるなら、いっそ止めてくれれば良いのに――というのが正直な気持ちだった。
「まだそこまで結界のプログラムが出来てない。今できる最新の対策は察知くらいなのよ」
そう言って先輩が、またスマートフォンに向き直る。
「機械の進化って凄いですね」
結が感心したように呟いていた。少しズレている気がするが、結が入学したばかりの頃は察知が出来なかったらしいので、それだけでも大きな進化なのだと言う。
「じゃあ、今日の当番は結とアリーチェになるんだね」
「そうですね。準備しておきます」
結はロッカーから刀を取り出している。アリーチェは余程のことがない限り、ずっと帯刀したままなので、既に準備は万端だった。ずっと帯刀していて良いのかという疑問はあるが。
「でも、まだ呼ばれてな――」
七緒がそんなことを言いかけたら、タイミング良く呼び出しの校内放送が流れた。
「行ってきます」
準備を済ませた結が、いつものように凜とした姿勢で部室を出て行こうとする。
「行ってらっしゃい。気を付けて。あ、危なくなったらちゃんと逃げること」
七緒は送り出しながら、つい色々とお節介のようなことを口にしていた。
「はい。わかりました」
結も真剣に返事をしている。
「……七緒さんも、同じです」
アリーチェが、不思議なものを見るように七緒と結の二人を見ていた。
「何が?」
同じ――何がだろう。七緒は結の顔を見る。結も不思議そうにしていた。
「七緒さんも結さんをとても心配してます。結さんと七緒さん、同じです。だから以心伝心?」
武者修行の中でぶち当たった「以心伝心」の謎を追っているらしいアリーチェが、新たな発見の糸口を見つけ出しそうになっていた。
「――言われてみれば、そうだね。あ、勿論、アリーチェも心配だよ?」
全く同じことを考えているわけではないけれど、相手が心配という点では同じだ。
アリーチェの素朴な疑問は、七緒にとっても発見だった。
「ありがとうございます。お任せしてください」
アリーチェは得意気に、七緒にハイタッチを求めてくる。
七緒も景気付けのように「行ってらっしゃい」とそれに応えた。
「これで各パターン一巡ね。有用なデータが取れることを祈ってるわ」
先輩はいかにも先輩らしい台詞で送り出していた。
(10)
「それにしても、七緒先輩は結先輩とは心配度が違いますね」
チョコレートを食べながら地下通路の映ったモニターを見ていた司が、ポツリと七緒に向けて呟いた。
「え? 結はそんなに心配してたの?」
七緒もペットボトルのお茶を飲みながら、一緒に数多くあるモニターをぼんやり見ながら司に返事をしていた。結たちは地下通路に入ったところだった。
「そりゃもう。ちょっとカメラの死角にでも入ったら、もう加勢に向かおうとして大変でした」
「よく止められたね……」
結のことだから、一度言い出すと余程でないとその意志を貫くはずなのだけど――
「先輩が居ないとこっちが困りますって、ひたすら情に訴えてました」
遠い目をした司が言う。
「あ、それだ。結を止めるにはそれしかない」
七緒が頷く。義理堅いと言っても良いかもしれない結を止めるには一番の方法だと思う。
「――ベストな方法だわ」
先輩も七緒に完全に同意していた。
「こんな言い方しちゃ駄目だけど、結の心配性にも困ったもんだね」
七緒を心配してくれているのは痛いほどわかるけれど、少し行き過ぎてはいないだろうか。
「――そうとも言えないのよ」
先輩が地下通路を進んでいく結とアリーチェをモニターで眺めている。
「どうしてです?」
七緒が先輩に尋ねる。
「今までのデータ解析――っても二組分しかないけど――では、組み合わせで発揮される能力が少し違っていてね? 一番能力値が高いのが七緒ちゃんと結ちゃんの組み合わせなの」
「ええ……」
地下通路への慣れの度合いもあるだろうが、そんなものが数値化されることにも驚きだ。
「ということで、今日のデータがどうなるかが興味深いけど、結ちゃんの心配は対悪魔の戦力という点では的外れではないってこと」
先輩は得意気に言い切ると、またスマートフォンを手にしていた。
「戦力面で――なんとなくでも結は気付いてたのかな。だから心配してた」
「そうかもね。一度二人を被検体にしてじっくり解析してみたいものだわ」
先輩がまたマッドサイエンティストみたいな言葉で締めていた。
(11)
モニターを見ると、結とアリーチェが、悪魔の反応があった辺りの通路に辿り着いていた。
まだモニターでは悪魔の姿は確認できない。結たちも視認できていないようだ。
「今日は出ますかね――」
ああ言っておきながらも、七緒は一応いつでも加勢に行けるように準備はしている。
「私の予測では九割の確率で出て来る――出て来たみたい」
モニターでは、臨戦態勢を取っている二人が見えた。
『気を付けて! 気配が……違います!』
緊迫した結の声が聞こえる。
結はいつも注意深いけれど、その声はもっと張り詰めたような声だった。
――マズい。突然変異の悪魔だ。七緒は直感でそう思った。
「行ってきます!」
そう言い残して、七緒は部室を飛び出していた。
七緒は地下通路への道を全速力で駆け抜けて、入口に辿り着く。
素早く入口のロックを解除して、奥へと走り出す。
ここまででまだ五分も経っていないはず――それなのに物凄く長く感じた。
突然変異だとしたら、アリーチェには初遭遇になる。結は慣れているけれど、それでも七緒と二人がかりでなんとか勝てたくらいの強さの悪魔を相手に、無事で済むとも思えない。
七緒は決して自分の力を過信してはいないが、経験の有無は実戦で命取りになるものだった。
結たちの居る場所に辿り着いた時、悪魔は一体で二人の刀を軽く受け止めていた。
二人とも大きな怪我はないようだが、確実に押し負けている。
七緒は走り込みながら刀を抜いて悪魔に斬りかかった。
切っ先が届く寸前で、悪魔が素早く身動いで防御行動を取っていた。
結とアリーチェの二人が弾き飛ばされる。
「――七緒さん!」
なんとか体勢を立て直した結が安心したような表情を見せた。
アリーチェも上手く受け身を取って、すぐに立ち上がっていた。
「危なかったら逃げろって言ったのに――」
悪魔との間合いを計りながら、七緒は結を少しだけ見る。制服が何カ所か切れていた――内側に着込んだコンプレッションウェアがあるので傷は負っていないようだったが、結一人だけが明らかにダメージが大きかった。
「でも……」
「無理しない。一人じゃないんだから」
結のことだから、突然変異との戦いに慣れないアリーチェを守りながら、自分が矢面に立って全部背負おうとしていたのだろう。
だけど、一人で背負えるものなんて、たかが知れていると七緒は思う。
「……はい」
結は困ったように返事をしていた。
「あーでも、この場で倒すしかないか。行くよ。アリーチェも、行ける?」
七緒はそう言って刀を構え直す。結もそれに続く。
「大丈夫です」
アリーチェもそう答えて、すぐに刀を構えていた。
(12)
あれから、一進一退の攻防がしばらく続いていた。
アリーチェの鋭い突きで悪魔を足止めして、七緒がその隙を縫うように斬りかかり、そして、結の連続した攻撃で少しずつ相手の体力を削り取りって、なんとか悪魔の動きを鈍らせる。
三人のうち誰かが欠けても成立しない作戦――しかし、事前に取り決めることなく、自然に三人の身体が動いていた。
動きが鈍ったとは言え、突然変異している悪魔は通常のそれよりもまだ一撃が強力だ。
大きく振りかぶった悪魔の腕が七緒を襲う。
速さ的には余裕で受け止められる程度だが、重い一撃だった。
「く……」
受け流そうとしても、悪魔は容易にそれをさせてくれない。力で押し合う形になる。
そして、七緒の動きを封じ込めるために、もう片方の腕が七緒に襲いかかった。
「七緒さん――!」
アリーチェの声が飛ぶ。しかし、これは逆に七緒たちにとってとどめを刺すチャンスだった。
悪魔の腕は七緒にかかり切り――つまり、悪魔の防御面はガラ空きなのだ。
その隙を見逃すような結ではない。それは七緒が一番知っている。
ある意味捨て身だけれど、結を信じているからこそ、こうしていられるのだ――
思った通り、結は迷うことなく、瞬時に悪魔に刃を向けていた。
「終わったあ……」
押し合いから解放された七緒が、大きな深呼吸と共に、そう呟いた。
辛勝と言うほどではないが、倒すことが出来たのは、三人だったからだ。
直感で迷わず加勢に来てしまったが、それで良かったと思った。
「申し訳ありません……」
結が神妙な面持ちで、七緒に頭を下げていた。
七緒は結の手を取って、自分の身体に引き寄せ、その身体を強く抱きしめる。
「な、七緒さん!?」
結は腕の中で少しの抵抗を見せるが、やがて、されるがままで身体を預けていた。
「――こんなにボロボロで、無理し過ぎ。一人で背負い過ぎ」
もっとみんなを頼って――七緒はそう続けていた。
「……はい」
少し涙声で、結が答えている。
「これが、ご馳走様ですね?」
二人のやり取りを見ていたアリーチェが、覚えたての若干間違った日本語を披露していた。
(13)
「お疲れ様。興味深いデータが取れたわ」
部室に戻った三人を、先輩と司が飲み物を差し出しながら出迎える。
「何ですか?」
ボロボロ一歩手前になっていた結を先に座らせて、他に大きな怪我がないかを確認しながら、七緒が先輩に訊いた。
「結ちゃんの能力が、七緒ちゃんを見た途端明らかに上がっていた」
それぞれの動きをリアルタイムで解析していたら、速度や一定の時間内で刀を振るう回数などの各能力が二倍近くになっていたと言うのだ。
ちなみにアリーチェは一・二倍くらいに上がっていたらしい。
「はあ……」
能力が上がるのは良いけれど、数値で表わされても七緒にはあまりしっくりとこない。
「愛する人や信頼する人を一目見ただけで、身体能力が段違いになる――興味深いわ」
先輩は目をキラキラさせて、結と七緒を見ている。
「愛するって……」
確かに結は大事な人だけど、そう言い切られると少し違う気もする。
「違うの? さっきだっていちゃついてたじゃない。この寂しい私を差し置いて」
スマートフォンを片手に先輩が七緒に迫る。
「さっきのはちょっと違うっていうか――って先輩なんか個人的な事情が混ざってません?」
なんだか「寂しい私」というワードが出てきていたような――
「可愛い子は沢山居れども、年上好みの私には誰も居ないのよ……研究ばかりだし」
「ああ……」
深く突っ込んじゃ駄目なヤツ――心の中で七緒は思っていた。
「あの――結さん、制服どうなりますか?」
七緒と先輩の不毛なやり取りを理解しているのかしていないのか、絶妙のタイミングでアリーチェがそう尋ねてきた。
結の制服は結構なダメージを喰らっている。補修も無理なくらいに――
「心配は無用よ。結界を織り込んだ特殊仕様の制服をオーダーしておいたから。明後日届く」
新開発の素材その二だ――先輩がドヤ顔で語っていた。
「――ありがとうございます」
何の疑問も持たずに結がお礼を言っていた。
「ちょっと、そんな装備があるなら早く言ってくださいよ。だったら結だってこんなには――」
七緒が先輩に詰め寄る。現に結界を織り込んだコンプレッションウェアを着込んでいたから、結は大きな怪我を防げているのだ。防げるものは防ぐに越したことはないのに――
「今日仕上がった連絡が来たところなの。全員分発注してるから許して」
「――まあ、それなら」
「七緒先輩、そこで引き下がるんですか」
これまで静観していた司が遠慮なくツッコんでいた。
(14)
七緒と結は寮に帰って、夕飯までの間でボロボロの手前だった結をシャワーに送り出した。
その間に、打ち身――傷はないが衝撃は受けている――を手当てするための湿布などの準備をしていた。それほど重症ではないだろうけれど、結を楽にさせる一つの手段だと思った。
「お待たせしました。夕食に――ってどうしたんですか?」
シャワールームから出てきた結は、ずらっと並べられた薬を見て一瞬驚いている。
「結の手当てだよ。こっち来る」
七緒は手招きをしたが、結はその場に踏みとどまっていた。
「……自分で手当て出来ます」
言い出したら簡単にはその意志を曲げない結が、また意固地になりそうになっている。
「駄目。今日は徹底的に甘やかす」
今日は七緒も退かない。そうしないと、結はまた一人で何もかも背負ってしまうと思った。
「――宗家としての命令ですか?」
「違う。私が、結を心配したいの」
命令だと言えば、もっと簡単になることかもしれないけれど、七緒の本心をぶつけたかった。
「……わかりました」
七緒の言葉に、結の意地が折れた。ゆっくりと七緒に近付いて正面に座る。
「きゃあ――七緒さん!?」
「じっとする」
七緒は結のTシャツを引き剥がすように脱がせて、身体の打ち身を確認する。少々手荒いけれど、こうでもしないと手当ては出来ない。特に結が相手では。
「恥ずかしいです……」
下着を着けたままだとは言え、全身をくまなく眺められるのは誰だって恥ずかしいとは思う。
「それはわかってる」
左腕と、肩の辺りがひどく紅くなっていた。七緒は手際よく、紅くなっている所に湿布を貼ってテープで止めて、軽い擦り傷には軟膏を塗る。
結は黙ったままで七緒の手当てを受けていた。
「……これでよし。あ、あと一つ」
一通り、目立つ場所を手当てし終えて、結を見た七緒は、そっと結の身体を抱きしめていた。
「な、七緒さん……」
結は驚いていたが、すぐに七緒の腕に身体を預ける。
「本当に……一人で無理しないで」
心からの七緒の言葉だった。それ以外に言う言葉はない。
「……ごめんなさい」
結が七緒の身体に腕を回す。
「わかったら、もう無茶しないで」
七緒は結の顔を覗き込んで、とても近い距離にある目を見る。
「……はい。しません」
結の意志の強い目が、それを確約していた。
「じゃあ、約束――」
七緒はそう呟いて、結の唇にキスをする。
約束よりも重い――このキスを何と形容して良いのかわからないけれど、二人にとっては、かけがえのない約束だった。