父親古今東西。
ぬるっと田中家、転生する。一周年過ぎてました。
まさか、一年も書き続けられるとは思ってもいませんでした。
これからもよろしくお願いいたします‼️
大騒ぎで学園から連絡が行く前に、三兄弟とヨシュアはスチュワート家の屋敷に帰ってきていた。
「エマっ!どうしたの!?大丈夫?怪我は?」
ゲオルグに抱き抱えられたエマを見て、レオナルドが駆け寄る。
「お父様、ただいま帰りました。少し、学園で騒ぎが起きたので今日は授業はお休みになるようです」
ウィリアムの説明に頷きつつも、ゲオルグにゆっくりと降ろされているエマを、心配そうにレオナルドが手を貸す。
「お父様!学園で素敵なものが降ってきましたのよ!ほらっ」
エマがスカートの裾を少し持ち上げると、そこにはびっしりとタンザニアバンデッドオオウデムシが寛いでいた。
「!!!!タンザニアバンデッドオオウデムシ…………だ……と……!?」
「えええ?お父様、この虫ご存知なのですか?」
「エマでも一年前まで知らなかったのに!?あ、前(世で)、見たことあるとか?」
この国では希少だと言う虫の名を何故かレオナルドは知っていた。
「ん?あ、ああ。この虫は、結界内には殆んど棲息していないから珍しいんだよ。エマが知らなくても不思議ではない。人間の住むここよりも緑が多くて静かな場所を好むからね」
「お父様!ご存知なんですね!この子達、私がお世話してもいーい?屋敷のお庭に、この子達のおうち、作ってもいーい?」
エマが嬉しそうにおねだりする。
久しぶりのおねだりに、父親の顔がデレッと崩れる。
「もちろんだよ!エマがしたいようにすればいいよ。でも、学園に何故、ウデムシが?しかもこんなにたくさん。…………っとああ、ヨシュア。悪いんだけどこのウデムシ達の小屋を作る手配、頼めるかな?」
エマがスカートを上げた時から悶えているヨシュアから隠すように娘を自分の後ろに移動させながら、レオナルドが声をかける。
「…………エマ様…………二度までもお恵み……感謝致し……ます……。はっ……レオナルド様、虫小屋に関しては既に手配済みです。今ある蚕と蜘蛛と同じように可動式の作りで、庭のどこに配置するかも大体見当をつけていますよ」
学園から帰る道すがら、ゲオルグの腕の中でウデムシについて怒濤の如く語るエマの言葉を一言一句聞き逃さずに、ヨシュアはエマの希望を叶えるために知らぬ間に動いていた。
王都のスチュワート家の屋敷の見取り図もとっくの昔に頭に入っている。
その広い庭のどこがウデムシに適しているかも、一瞬で判断できていた。
あとは、エマの虫が増えた時を想定して用意している可動式の虫小屋を持って来て組み立てるだけだった。
「さすがヨシュアね」
エマがにっこりと笑う。
「ん゛ん゛ん゛ん゛可愛い!!」
ヨシュア、至福の時を味わう。
このために生きていると言っても過言ではない。
「にゃーん」
エマの気配にコーメイが現れる。
「コーメイさん、ただいま!学園お休みだがら、いっぱい遊ぼう!」
「うにゃ♪」
ザリザリとエマを舐めてコーメイが喜びを伝える。
……と。
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザサーーーーーーーーッ。
一斉にエマのスカートの中にいたウデムシが這い出て床に降りた。
「あれ?みんな、どうしたの?」
「にゃ?」
ウデムシをスンスン嗅いだコーメイさんが、一言、鳴く。
「にゃーん!」
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザサーーーーーーーーッ。
そのコーメイさんの一言で、ウデムシがキレイに整列した。
縦横全くズレなく、軍隊のようにピシッと整列した。
「ええ!?」
「何事!?」
「キャーーーかわいー!!数えやすい!!キャーーーー」
エマのはしゃぐ姿にコーメイさんは更に一言、得意気に鳴く。
「うにゃーん!」
ズザッ。
ウデムシが、全くのズレなく、一斉に右を向く。
「ひゃーー♪コーメイさんがせいれーつって言ったら並んで、右向けー右っていったら右向いたー!!」
大興奮のエマ。
大得意のコーメイ。
ぽかんと口を開け、理解できないレオナルド、ゲオルグ、ウィリアム。
喜ぶエマに喜ぶヨシュア。
「いや、いやいやいやいや…………え?どれ?まず、どれを突っ込んだらいいの?」
ウィリアムが頭を抱える。
軍隊蟻ならぬ、軍隊ウデムシが爆誕した。
「…………ウデムシが…………?意思を持って従っている……だと?」
レオナルドは、信じられないものを見るようにエマ、コーメイ、ウデムシを見比べる。
「うちの娘…………天才?うちの猫……天才?」
下手をしたら、悪魔の使いだ、化け物だと言われかねない行動を、レオナルドは、ただ天才の一言で済ませてしまった。
「ロバート、説明しなさい!どうなっている!なぜ、虫がいないのか!」
学園の授業が中止し、早く帰ったロバートに父親が激高する。
前代未聞の大騒ぎに、生徒の親は心配のあまりに自ら迎えに来たものもいる中、ロバートの父親は使用人に命じ、直ぐに自室へ呼び寄せた。
人払いをしたと思ったら、人払いの意味あるか?と疑問に思うほど大声でロバートを叱る。
「む、虫?な、何のことですか?」
あのエマ・スチュワートの上に落とした、気持ち悪い虫のことだと直ぐにわかったが、父親の様子にビビり、ロバートはとぼける。
「我が屋敷の最奥にて飼育していたウデムシだ!あれは王家より預かりし大事な虫なんだぞ!」
「はっ!?お、王家????」
何を言っているんだこの父親は。
あんな気持ち悪い虫が王家と関わりのある筈がないではないか。
そもそも、そんなに大事な虫なら、自分で世話しろよ。
庭の奥の奥に閉じ込めて、使用人に世話をさせて、鍵の管理も杜撰だった。
あの虫なんか、いてもいなくても同じじゃないか。
炊き出しも、虫もお父様が責任を持ってやるべきではないのか!?
「あの虫がいないと王家に露見すれば、我がランス家の明日はないとわかっているのか!?」
ダンッと手に持っていた分厚い本を、ロバートの顔すれすれに投げる。
「っお、父様!?な、なにを!?」
「お前が、虫小屋の鍵を持っていくのを見た使用人がいる。嘘をついていることもわかっているんだ!」
父親の目が据わっている。
追い詰められたように、行き場のない怒り全てをロバートへと向けている。
「しっ使用人がっ嘘をっ言ったっっつ……うわぁゎ!」
火が灯されたままの燭台を今度は避けなければ当たる場所へ、思いっきり投げてきた。
「あっ危なっ!もっ燃えてっあっヤバい!!」
ギリギリで燭台を避けたロバートが、絨毯に火が燃え移らないように懸命に消す。
「お前の命で、なんとかなる失態ではないのだぞ!」
いつもびっしりと整えられていた筈の髪を振り乱しながら、父親がロバートに命じる。
「さっさと探してこい!!!あの虫を!!ウデムシを!!!王家にバレる前に!!!最悪でも、番で!オスメス一匹ずつだ!」
ロバートは、連れ帰るまで屋敷には入れんっと父親に怒鳴られ、長い、長い説教が終わってほっとすることすら出来ず、屋敷を追い出された。
辺りは既に、暗くなり始めていたのに。
「なっなんで、俺がこんな目に……?」
途方に暮れながらも、とぼとぼと学園へと歩きだす。
気持ち悪いが、羽のある虫ではなかった。
あれだけ大量にいたのだから、あの木の周りを探せば見つかるだろうと楽観視しているロバートは知らない。
あれだけ大量のウデムシは、一匹残らずエマがお持ち帰りしていることを。
「…………殿下。何故、まだ学園に騎士を配備したままなのです?」
王城へ避難し、エマの無事を知らされ安堵したエドワード王子は、事態が収束した後も、数人の騎士を学園に残すように指示を出していた。
「アーサー、昔にエマが言っていたのを思い出したんだ。【犯人】は現場に戻ってくると……」
「はっ犯人ですか?殿下はこの騒ぎ、偶然ではなく誰かの手によってもたらされたとお考えなのですか?」
幸い、気を失った令嬢も、怪我を負った令嬢も大事には至らず、騒ぎの大きさから比べれば、被害はごくごく小さなものだったと報告を受けている。
しかし、心の傷の大きさはわからない。
大人しく、可憐で、体の弱いエマの頭上に虫を降らせるなど、断じて許すことはできない。
エマは、恐怖で歩くことが出来ず、ゲオルグに抱えられて帰ったと言うではないか。
怖い夢など、見ないといいが。
悲しい思いをしてないといいが。
体調を崩したりしていないといいが。
もどかしい。
直ぐに駆けつけて、手を取れない自分が何よりももどかしい。
あの、笑顔だけは自分の手で守りたいのに。
エマを危険に晒した【犯人】は誰だ?
絶対に許さない。
その頃……。
「キャーーーーコーメイさんっもう一回やって!せいれーつって、もう一回やって!」
「にゃーん!」
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザサーーーーーーーーッ。
「キャーーーーかわいー!!」
エマは、笑顔とびきり全開パワー炸裂していた。
ロバート父とレオナルドの差を強調したかったのだけど、なんだろう?王子が全部もってった感……。




