正体。
何とか正体判明。
虫の苦手な方はご注意下さい。
ボトッ。
ボトッ。
ボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッボトッ。
刺繍の授業へ向かう道で、上から何かが降ってきた。
一拍おいて、後ろから耳をつんざくような悲鳴があがる。
その悲鳴を皮切りに、こちらを見た令嬢が次々に悲鳴を上げ、逃げ始めた。
あれよあれよの大パニックに、エマ自身に降ってきた黒っぽい何かを一つ、手に取る。
「キャーーーーーーーーーーーーーー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」
令嬢達の阿鼻叫喚の中に混ざって叫んだそれは、間違いなく、歓喜の叫びであった。
『タンザニア、バンデッド、オオウデムシーーーーーー♪♪♪♪♪』
興奮のあまり、日本語が口から飛び出す。
前世に見た、世界で一番気持ち悪い虫。
港だった頃、映画だったか、漫画だったかに出ていたその虫が気になってネット検索した記憶の画像そのままに、その奇怪なフォルムがエマの手の中にあった。
不自然にデカい腕のような触肢。
ふ、踏まれた!?と心配したくなる扁平な体。
そして、背に卵から孵った薄い緑色の赤ちゃん(幼生)がびっしりとくっついている。
『キャーーーー♪気持ち悪い♪かんわいい♪なにこれーーー♪キャーー♪』
うふ、うふふふふふ。
一匹残らず、お家に連れて帰らなければ!
ゆっくり、ウデムシを潰さないように注意しながらその場に腰を下ろす。
『あっだめよ!そっち行っちゃ踏まれちゃうわ。おいで、おいで。取り敢えず、この中に避難よ、そうそう、こっちこっち』
次々とウデムシをエマはスカートの中へ収納し始める。
ウデムシは、ゲジゲジのようにピンチ時は脚を自切するので、優しく、優しくスカートの中へ誘導する。
最後の一匹をスカートに入れたところで、ヨシュアとゲオルグ、ウィリアムが走ってくる。
「エマ様ーーーーーーーーーー!大丈夫ですか?」
はーはーと息をきらせてヨシュアがエマの前に膝をつく。
続いて、ゲオルグ、ウィリアムも周囲を警戒しながらエマの周りを囲む。
「エマ、何があった!?」
ゲオルグがぐるッと見渡せば、気を失って倒れている令嬢が十数人、ショック状態で動けなくなっている令嬢が数人、倒れた令嬢に足を取られ怪我を負った令嬢が何とか逃げようともがいているのが数人。
地獄絵図だった。
「姉様、魔物ですか!?局地的結界ハザードですか!?」
「へ?」
ウィリアムの言葉に、やっとエマが周りを見る。
「へ?…………みんな…………どうしたの?」
「こっちが聞いているんですよ!!!!」
ウィリアムが叫ぶ。
何で、こんな状態の中、姉は一人きょとん顔なんだよ!
「エマ様、怪我は無いですか?どこか痛いところは無いですか?」
ヨシュアが立てますかとエマを支えるが、動こうとしない。
「エマ様?」
まさか、やっぱり怪我を?と三人がエマを心配するように見る。
「ごめっ……立てないかも……ほら…………」
エマが少しだけぺらっと捲ったスカートの中には、大量のタンザニアバンデッドオオウデムシの姿があった。
「ひっうわあぁぁ!」
「げっえ?えぇぇぇぇぇ?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!エマ様のっスカートの中ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
普段から虫に慣れたウィリアムとゲオルグも声を上げるレベルの見た目のウデムシ。
「歩いていたら、上からタンザニアバンデッドオオウデムシ♪がいっぱい降って来て、スカートの中に集めたのは良かったんだけど、あんまり勢いよく立ち上がったら落としちゃう……。絶対に一匹残らず持って帰りたいの!」
てへっとエマは照れ笑いを浮かべる。
「つまり、女の子達は、この虫を見てあんなことになったって事?」
ひくひくと口の端を引き吊らせながらウィリアムが状況を把握する。
この虫が上から大量に降ってきては、貴族令嬢は失神レベルの衝撃だろう。
「こんなに可愛いのにね?」
不思議っとエマは首を傾げる。
「エマ、これ昆虫なんだよな?上から降ってくるって局地的結界ハザードから出た魔物じゃないよな?」
ゲオルグが空を見上げ穴を探している。
「正確に言えば昆虫じゃ無くて節足動物よ。蜘蛛もそうなんだけどね。あっ昆虫の定義っていうのは、頭と胸と腹があって、足が六本…………」
「そう言うことを聞いてんじゃなくて!!魔物なの?魔物じゃないの?どっち!?」
推しを前にして、急に早口で喋り始めるオタクかよ!とウィリアムが突っ込む。
「むうぅ。だから、蜘蛛と同じで節足動物だから魔物とは違うよ?降って来たときに上見たら、ロバートとブライアンがにやにやしながら木の上にいたからサプライズでプレゼントだったのかも……思ったより良い奴なのかしら?」
「いや、エマ、それは、嫌がらせのつもりだったんじゃ……」
ガクーっとゲオルグが緊張を解く。
王都で局地的結界ハザードが起こるなら、いよいよこの国の結界は限界だと焦ったじゃないか。
「ウデムシ…………この世界じゃ希少種よ?ローズ様のご実家の図書室で見つけた昆虫大百科を見るまで私が知らなかったくらいだもの」
バレリー領でお世話になったときに図書室で見つけた昆虫大百科全十五巻。
しっかりエマは読破していた。
「それは、相当珍しい昆虫……だな。なんで、ロバートが持ってたんだろう?」
エマが知らない虫……なんて、あったんだ。
「正確には、節足動物だけどね?」
悔しいのか、しつこい。でも、昆虫大百科に載ってたんだろ?
「あ、あの、エマ様、その、そろそろスカートをおろして下さい!」
ヨシュアが真っ赤な顔を手でおおっている。
「あっごめんヨシュア。昆虫苦手だったっけ?」
エマが急いでスカートの中のウデムシを隠す。昆虫って言っちゃってる。
「いっいえ、あの、その、エマ様のお御足が眩しくて、ドキドキします」
「「「え?そっち!!?」」」
まさかの言葉に三兄弟がハモった。
「大丈夫ですかー?」
令嬢救出と原因究明のため、王子が命じた騎士が到着する。
朝早くから何事だと駆けつけた学園は、大パニックが起きていた。
倒れている令嬢、泣き叫ぶ令嬢、怪我を負った令嬢、放心しておかしくなっている令嬢……。
先に、スチュワート家の兄弟とロートシルト家の息子が兄弟の妹を助けるために向かったと報告があり、とにかく、原因究明をと騎士が現場とされる刺繍の授業へと通じる道へ急ぐ。
大きな木の丁度真下に、それらしき子供達を発見する。
「姉様曰く、木の上から大量の虫が落ちてきたらしいです。それで、それがものすごい気持ち悪い見た目だったらしく、女の子達がパニックになったみたいで…………」
学園に通うには少し幼いのではと思う少年、ウィリアム・スチュワートが姉から聞いた事件の詳細を説明してくれる。
貴族の令嬢は、か弱く繊細でどんなに小さな羽虫でも悲鳴をあげると聞いたことはあるが、ここまでのパニックになるとは一体どんな虫なんだ。
「その、虫は?どこに?」
木の上から降ってきたにしても、その大量の虫はどこにも見当たらない。
「さっさあ…………ぼっ僕達が着いた時には一匹もいませんでした……飛んで行ったのでしょうか?」
姉が心配なのか、ウィリアム少年はちらちらとエマ嬢の様子をうかがいながら、説明をする。
可哀想に、エマ嬢は恐怖のあまり足がすくんで立てずにいるらしい。
失神する令嬢もいるほどの虫が降ってきたのだから仕方のないことだろう。
「あっあの、僕達、一旦家に帰ってもよろしいでしょうか?あー……あっ姉を休ませてあげたいのです」
ウィリアム君の頭越しに、立つことのできない妹を兄のゲオルグ君が慎重に抱き上げている様子が見えた。
「そうだね、もし、怪我があるなら救護室へ。大丈夫なら早く家に連れて帰ってあげなさい。こんなパニックになっていたら、学園も今日は授業は無理だろうしね」
スチュワート家の兄弟とロートシルト家の息子を見送り、王城へ連絡に走る。
第二王子の心が軽くなるように。
一介の騎士ごときにエマを助けてくれと頭を下げたあの王子に、一刻も早く無事を知らせなくては。
ところで、一体、何の虫だったんだろう……。
偶然なのか……それとも……。
タンザニアバンデッドオオウデムシでした☆
尻尾のないサソリくらいの気持ちで想像して頂ければと。
検索は自己責任でご判断下さい(大袈裟)




