褒賞。
更新遅くなりました。
誤字脱字報告に感謝致します。
「さあ、エマ・スチュワート何が欲しい?」
夜会は、スチュワート伯爵家への賛辞から始まった。
長年魔物から王国を守るために尽力していること。
家業の養蚕業での富による王国への税の貢献。
一年前の局地的結界ハザードの対応。
そして、今回の皇国語の通訳。
ちょっと並べられてしまうと圧巻ではある。
王国として、何度も褒賞の打診をしてきたがスチュワート伯爵家から辞退され続けていたこと。
しかしながら、スチュワート伯爵家ほど貢献している家はなく、このままでは、どの家にも褒賞を授けることが難しくなること。
今回、国王自らが説得し、やっと褒賞を受け取って貰える言質を取ったこと。
つらつらと国王が夜会に集まった招待客に向けて演説する。
スチュワート家を国王が褒める度に、小さくローズ様がパチパチと拍手を送ってくれる様は、物凄く可愛いのだが。
もう、逃げられない。
じりじりとプレッシャーをかけられる。
一段高いステージ。
周りには、伯爵位以上の招待客。
寝耳に水の褒賞。
このようなサプライズを喜ぶ文化なぞ、日本国生粋の庶民、田中家は持ち合わせていない。
唯一、貴族社会に精通している母親メルサは、皇国出張中というまさかの大誤算。
爵位も、領地も、地位も、名誉も、結婚相手すら選び放題だぞとニヤリと国王が笑う。
「さあ、エマ・スチュワート何が欲しい?」
ゲオルグのせいで何故かこの選択をエマが迫られる。
家族より、一歩だけ進んだステージの真ん中に立たされ、窮地に追い込まれてしまった。
ちらっと後ろを振り返り、目だけでレオナルドに助けを求める。
エマの視線を感じたレオナルドはフイっとわざとらしいくらいに視線を泳がす。
レオナルドの隣に立っているゲオルグに、怒りを込めた視線を投げる。
フイっと斜め右上に視線を、絶対に目が合わないように逃がされる。
ゲオルグの隣に立っている、この世界では賢い設定の弟ウィリアムに最後の望みをかけて目で訴えようとするも、弟の視線はローズ様の後ろにいるヤドヴィガ姫に注がれていた。
…………この、役立たず共め。
これが、魔物や暴漢など直接的に攻撃してくる事態ならば、父も兄も弟ですら身を呈して守ってくれるのだろうが…………。
ヤドヴィガの後ろでエドワード殿下も心配そうにこちらを見ている。
多分、今日の夜会の主旨は息子である殿下にも知らされていなかったのだろう。
殿下は優しい方なので、知っていれば学園で会ったときに教えてくれている筈だもの。
エマが大事なものなんて限られている。
家族と虫と猫とご飯位だ。
今のところ不足はない。
贅沢を言うならば、王都は都会でパレスよりも虫が少ない。
屋敷の庭は広いけれど、もう生息している虫は把握してしまったので新しい発見は期待出来そうにない。
正直、何でもくれると言うのなら珍しい虫が欲しい所だが、ちゃんとわかっている。
……虫は令嬢として頼んじゃダメなやつだって。
そもそも褒賞として弱い。爵位と虫を同格に扱うなと怒られそうだ。
エマ的には、断然虫の方が上なんだけれども。
あれ?あとは?あと……何が好き?だったっけ?
あっ!
「では、陛下。私、ローズ様が大好きなのです。ローズ様を下さい!」
好きなもの……と必死に考えるうちに陛下の後ろでにっこり笑うローズ様が目に入り、口が勝手に動いた。
「まあ、エマちゃん。私もエマちゃん大好きよ!」
「え?ダメだよ!ローズはダメ。ローズは私のものだ!」
喜ぶローズの腰を制止するように後ろから手を回し、国王が食い気味で叫ぶ。
「陛下…………」
「ローズは、私から離れることは許さない」
「陛下…………」
ガチムチイケオジと爆乳女神のイチャイチャ…………。
何でも良いって言ったのに…………。最近イチャイチャ遭遇率高すぎるな。
ローズ様が嬉しそうだからいいけど。
ステージ上では、スチュワート一家と王子を中心に生ぬるい空気が漂っていたが、ステージの下の招待客達は、そんな悠長には考えられない。
それぞれの立ち位置での焦りを隠すのに必死であった。
ローズ様は、国王に見限られたのでは無かったのか?第一王子派の我が家は、これからどう動けばいいのだ?
あれ?これ、第二王子派有利???いつの間にこんな状況に?
と、いうかこれは、エドワード殿下とスチュワート伯爵家のエマ嬢を婚約させるための茶番なのではないか?
始めにローズ様を指名して断ることで、王と側妃の仲の良さを我々に知らしめてから、王子との結婚をと言うつもりなのでは?
しかし、第二王子とスチュワート家の令嬢が婚約となると、これまでの社交界のパワーバランスがおかしくならないか?
スチュワート伯爵家の後ろにはロートシルト商会、更に今後は皇国も味方するだろう?
第一王子派の貴族にとっては面白くないことだらけじゃないか?
もしかして、全て計算されていたのでは?
急な夜会、我々がドレスの準備に躍起になっている間に王家とスチュワート家で事を進めようとしたのでは?
スチュワート伯爵家、なんて姑息な手を…………。
そもそも何故、褒賞を選択するのが伯爵ではなく、エマ嬢なのだ?
待て、エマ嬢には第一王子派の中にも隠れファンが多いと聞く。無理難題もエマ嬢ならば貴族の反発が最小限になるのでは……?
となると、やはりエマ嬢が求める褒賞は…………王子との婚約??
可愛い顔をして強かな娘じゃないか。
エマのうっかり溢れた一言で、招待客である貴族達に緊張が走る。
かつて無いほどに、己の立ち位置が変動すると感じていた。
第一王子派の貴族達は、エマの次の言葉を固唾を飲んで待つ。
もしも、エドワード王子との婚約などと言い出したのならば、この場で反対しなくてはならない。
13歳の少女の淡い恋話だとは、絶対に納得するわけには行かなかった。
「さあ、エマちゃ…………ごほんっ。エマ・スチュワート、爵位?領地?婚約?」
国王は、ローズを取られたくないのか、三択に絞って聞き始める。
何故、婚約を入れた!?
貴族達の焦りは最高潮に膨らみ、ただその圧だけがエマに押し寄せる。
…………。
爵位、領地、婚約。
何故、要らないものスリーコンボで聞いてくる!?
爵位…………今の伯爵ですら、ちょっとギリ無理なんですけど?
領地…………いや、あの、パレスめちゃくちゃ広いんですよ?
婚約…………これ、絶対伯爵より上の爵位の人とだよね?
いつ聞いても、何の旨味もお得感もない褒賞ラインナップだな!
しかし、こんな夜会の初っぱなからうじうじ悩んで時間を消費するのも申し訳ない。
これはもう、消去法でいくしかない。
「…………では、りょっ領地を」
震える声で、答える。
貴族階級が上がるより、婚約者が決められるよりはましだ。
「「「「は?」」」」
会場の誰もが一斉に気の抜けた声を出した。
あの選択肢において、領地を選ぶなんて誰もが予想できなかった。
領地なんて、爵位が上がれば、王家に嫁げば勝手に増えるのだから。
「領地?何故?」
国王ですら、自分で選べと言ったわりに何故領地なのかと聞いてくる。
…………?
何故と聞かれましても、消去法なんですけど?
後ろに立っている家族以外の人間全員が納得していない顔でエマを見ていた。
集中する視線から逃げる様にエマの目線が下がるも、自分の着ている純白のドレスがまぶしい……。
ハロルドさんに描いて貰ったニトリ柄は完全に白色のインクで消されている。何とかドレス、間に合って良かったなぁ……なんて現実逃避気味に考えていたところで、ふと思い付いた。
「陛下、私エマ・スチュワートは我が領地として欲しい土地があるのです」
「欲しい土地?それは、具体的な場所があると言うことかな?」
国王がエマにどこが欲しいのかと促す。
褒賞で領地を貰うにあたって、ここが欲しいなどとリクエストすることなんて聞いたことがない。
大概は、適当な場所を王家が選び与える形となるが、与えられる土地は受け取る者の持っている領地近くと相場が決まっている。
わざわざ欲しい土地が……と言い出すエマの発言は、誰もが予想もできないことであった。
「はい、陛下。我がスチュワート家に、王都にあるスラム街を賜りたく存じます」
そして、その欲しい土地とはスラム街だと、伯爵令嬢エマ・スチュワートは真っ直ぐに国王を見たのだった。
「「「は????」」」
少女の発言を誰も理解できなかった。