ホウ・レン・ソウ。
誤字、脱字報告に感謝致します。
父親に連れられ、騎士団の中でもこの夜会に招待されるほどの位階の高い面々と談笑していたアーサーは、会場の一部がふわりと明るくなるような不思議な感覚を覚える。
急な夜会だったせいか、招待者の令嬢達は少し疲れているようにも見えた。
どうしても、ドレスが間に合わずゴテゴテとリボン等の装飾品を加えて一度着たドレスを誤魔化している令嬢、どうみても仕立ての質の悪いドレスを着ている令嬢、明らかにサイズの違うドレスを無理やり着ている令嬢、一見華やかな夜会の会場は、令嬢達の血のにじむ努力と忸怩たる思いにどよんと重たい空気を孕んでいたのに。
ぽかんと一ヶ所だけ、柔らかい空気が漂っていた。
そこには、妹であるマリオンと親しい令嬢達がいた。
どうしても騎士服を着ていくと言い張る妹に、ロートシルト商会経由でスチュワート家からドレスが届いた。
仕立て屋に数時間もかけてサイズを測って作って貰ったドレスより、そのドレスは妹の体にピタリとフィットした。
イケメンな妹がそのドレスを着れば、凛とした淑女になった。
そして今、妹の周りには同じ位ぴたりと、それぞれに似合いのドレスで飾られた友人達。
真ん中に、純白の清廉としたドレスを纏ったスチュワート家のエマ嬢が、あのやわらかい笑みを惜し気もなく振り撒いている。
目立つな、と言う方が難しい。
令嬢方にとって戦場である夜会に、ろくな装備も用意できずに満身創痍でピリピリとしていた令嬢と、よくある流行りのデザインとは違う個々の個性やスタイルに添った仕立ての良いドレスをやわらかい雰囲気を醸しながら着こなしている令嬢、その差は歴然であった。
会場の全ての目が、そこに集まるのを誰が止められると言うのか。
例え後ろで、エマ嬢に熱視線を贈る令息に片っ端から、睨んで威嚇するスチュワート伯爵がいたとしても。
ここが戦場なら、既に勝敗はついてしまった。
まだ、夜会は始まっていないと言うのに。
「エマちゃん!」
そしてその中に飛び込む品の良いクリーム色。
一瞬、皆の息が止まった。
にっこりと笑ったスチュワート家が揃って臣下の礼をするのを見て慌てて、会場中の招待客がそれに倣う。
側妃のローズ・アリシア・ロイヤル様だった。
一年ほど前からローズ様のドレスが変わったのは、噂にもなったし何度か夜会でお見掛けしたこともあったが、ここまで近くで見たのは初めてだった。
クリーム色の滑らかなドレスに薄い灰色の見事な刺繍。
肩も、胸も、足も、昨年まで惜しみ無く出していた肌は隠され、ずっしりと重たそうだった宝石類も、耳に飾られた真珠だけになっている。
はっきり言って地味なドレスだ。
どうみてもシンプル過ぎるアクセサリー。
なのに、何故、こうまで美しいのか。
学友の母親に抱くには、少々そぐわない、強烈な色気にくらっとする。
肌を全く出していないのに、ドレスの生地だって派手な色ではない。
隠していても尚も際立つ、爆乳。隠しているからこそより際立つ、爆乳……。
この方は……これ程美しい人だったか?
アーサーだけでなく、少なくない招待客がローズの美を再認識した。
「ローちゃんドレス似合い過ぎーーーーー!いつ見ても美人過ぎだよーー!」
臣下の礼のあとはタメ口オッケーとはいえ、公式の場であることに遠慮し、エマはローズだけに聞こえるように耳打ちする。
「まあ!ありがとう。エマちゃんもすっごく可愛いわよ!」
ぎゅむぅとローズがエマに抱き付く。
身長差があるために、エマの頬にローズの豊満な胸が幸せの弾力で押し付けられる。至福だ。爆乳頂きました。
品のある美しさと爆乳をあわせ持つ側妃と無垢で儚い伯爵令嬢の抱擁は、どんなきらびやかな夜会の会場であっても太刀打ち出来ない破壊力とまさかの百合好きと言うこの世界に存在しなかった概念をも爆誕させてしまった。
「なんて……美しい光景なんだ……」
「めっ女神と天使の共演……」
「なんでだ?ずっと、見ていたい」
「いや、見守りたい……」
「いや、推したい!」
「このモゾモゾとドキドキとキュンキュンが入り混じったこの気持ちは何だ?」
「ローズ様…………あの方のことをずっと誤解していたようだ」
「美しい。尊い」
「あの繊細なエマ様があそこまでローズ様と仲が良いなんて……」
「ローズ様……絶対良い人だ。間違いない」
「エマ様の笑顔……ローズ様、絶対、良い人だ」
たった一度のエマとの抱擁で、一年前まで地の底にあり、最近徐々に回復傾向にあったローズの好感度が怒涛のごとく上昇したことを当の本人達は、知らない。
「…………」
「…………」
「なあ……ウィリアム……これ、まだ夜会始まってないんだぜ……」
「姉様は……夜会で一度は、全員の注目を集める病気かなんかなんですかね?」
なんとも言えないお馴染みの表情でゲオルグとウィリアムが、抱擁する二人と周囲の反応を見比べる。病気なら……仕方無いと諦めたようにため息をつく。
「ほらっエマちゃん行きましょう?私、迎えに来たのよ!」
ローズが嬉しそうにエマの手を取ると、会場の前の方へと促す。
「え?え?ローちゃん?」
「ほら、ゲオルグ君も、ウィリアム君も、スチュワート伯爵も」
急な誘いに頭の上に?マークを並べるスチュワート家をローズは更に更に前の方、一段高くステージの様になっている所まで連れて行こうとしている。
「あのっローズ様?これは……一体?」
側妃に来いと言われれば、従うしかないがレオナルドがどうか説明してくれとローズを見る。
「遠慮しないで、だって、今日の夜会は、スチュワート家が主役じゃない」
「「「「…………は???」」」」
ローズの口から訳のわからない言葉が飛び出す。
「?陛下がやっとスチュワート家に褒賞の話が通ったって先週喜んでたわよ?」
「…………」
「…………」
「…………あっ!」
そう言えば……とゲオルグが何かを思い出したのか手のひらで口を覆って、しまったという顔をしている。
ゲオルグの頭に国王がスチュワート家に来た時に、執拗に褒賞の話をするから面倒臭くなって、後でエマから返事を~なんて適当なことを言った記憶が甦ってきた。
もちろん、今、思い出したのだからエマにも何も言っていない。
「……お兄様……?」
大人しくエマからの返事を待つような国王ではない。
この夜会、ぐるっと改めて見てみれば伯爵以上の爵位のある大物貴族を中心に、若くとも学園で三兄弟と仲の良い者達も招待されている。
これは、褒賞受けるの逃げられない包囲網ではないか。
忍者やら、母の皇国出張やら、ドレスやら、リア充やらですっかり忘れていた……どう考えても、逃げ切れない。
「エマ……わりぃ……陛下からの褒賞……お前が何とかしてくれ」
無茶振りだとわかってはいるが、元庶民派田中家は、これ以上の爵位は望んでいない……いや、耐えられない。
これ以上の領地拡大も……旨味がない。
お金も……既に十分稼いでいるから、貰ったとしても他の貴族との関係が面倒になるだけ。
「……は?……お兄様……?は?」
適当に答えてしまったツケが、こんな、王城の貴族うじゃうじゃの夜会で回ってくるなんて……。
流石、陛下。意地でもスチュワート家に褒賞を受けさせる気だ。
それなのに……スチュワート家の使えるカードは、非常識のエマだけ。
「ちょっ?お兄様?え?褒賞?え?」
トントントンとステージへの階段をエマは、ローズに手を引かれながら上る。
何やらゲオルグの様子がおかしい。
いつだってそうだ。
後で気付くんだ。
ホウ・レン・ソウが大事って。
久しぶりのローズ様。