ゴロゴロ。
誤字脱字報告に感謝致します。
「にゃーん!にゃーん!にゃーん!」
5着のドレスも完成し、結局忙しい一週間を過ごしたスチュワート一家は久しぶりに家族の団らん部屋で猫達と寛いでいた。
「??リューちゃんどうしたの?」
昔からにゃーにゃー騒ぐことの多かったリューちゃんだが、こちらの世界では落ち着いていたはずなのに一家に向かって何かを訴えている。
「にゃーん!にゃーん!」
「…………!?え?」
心配するウィリアムのためにリューちゃんが何と言っているのかエマが耳をすませる。猫語は集中しないと聞き取りにくい。一番大事なのはノリと愛だ。
「姉様、リューちゃんは大丈夫ですか?お腹痛いとか言ってないですか?」
「…………」
「姉様?」
「にゃーん!にゃーん!にゃーん!」
黙り込むエマとは反対にリューちゃんは尚も訴えている。リューちゃんの話を聞いたエマは嫌な予感に震えながら家族に向き直る。
「お母様へ……の……手紙を見て……?かな?」
……メルサは、皇国へ旅立っている。
メルサへの手紙はまとめてメルサの書斎机の専用の箱の中に入れられているのだが、その中の手紙のどれかのことだろう。
急いでマーサに箱ごと持って来て貰う。
スチュワート家に届くお茶会や夜会の招待状は、全てメルサの判断で参加の合否を決めるので箱には大量の手紙が入っている。
メルサが旅立ってからは、一度レオナルドが確認し返事を急ぐ物に関しては代わりに出してはいたが、何か不備があったのだろうか?
家族で手分けして上から一枚、一枚開いている手紙を確認する。
「お父様、このお茶会のお誘いは来週の初めですがお母様はまだ皇国ですよね?」
ウィリアムがどこぞの侯爵家から来た招待状を父親に見せる。
「ああ、これはメルサは不在だから、直ぐに断りの返事を出してあるよ」
「では、お父様、この教会からの寄付のお願いは?」
「ん?ああ、これは金貨100枚送ろうとしてヨシュアに1/10にしてと言われたやつだね。どうせ、来月も再来月も来るから次の月に額を減らすなんて出来ないとかで…………毎月金貨100枚じゃ駄目なのかな?」
「「「………………!!」」」
「お父様、これからもこういう時は絶対に一人で判断しないで下さいね?」
ゲオルグが父親に本気のお願いをする。
やっとご飯をお腹いっぱい食べられる生活になったスチュワート家だが、レオナルドの監視を怠れば一瞬にして貧乏になってしまう。
母がいない今、父親に財布を握らせてはならない。
スチュワート家が多額の寄付をしようとも、新しく教会が建つことはあってもスラム街が無くなることはなかった。ヨシュア曰く、寄付は面倒ごとを避けるための必要経費であまり民の為にはならないとのことだった。
信仰心薄い元日本人だった三兄弟に異論はない。触らぬ神に祟りなしだ。
大量にあった手紙も、全員で見れば一時間とかからず最後の一枚となった。
「ん?あれ?この封筒だけ、封が開けられていない?」
「ん?」
「一番下にあったってことは、メルサが出掛けた日に届いたものかな?朝からバタバタして見てなかったのかもしれないね?」
メルサが皇国に行くと決まったのは、前日の夜中だったので翌朝はバタバタしたのは仕方のないことだった。
午前中に届いた手紙をしっかりと確認せずに置いたとしても不思議ではない。
「………………残念な…………お知らせ…………です」
最後の手紙を持ったウィリアムがゆっくりと手紙を回転させて、封蝋を見せる。
「あ」
「あ」
「あ」
墨を垂らしたような真っ黒の封蝋は、王家からの手紙だった。
「どうしよう…………。これ、夜会の招待状だ…………明日の夜の!!」
急いで中の確認をすれば、刺繍の授業の友人やハンナを困らせた原因とも言える夜会の招待状がスチュワート家にも届いていた。
「王家の招待状………………ガン無視!?」
手紙が来てから一週間近く経ってしまっていた。
貴族社会においてこれ程ヤバいことあるだろうか?
周りで恐々と成り行きを見守っていたマーサや使用人達が悲鳴を上げる。
明日の夜の予定の確認、化粧品類の確認、馬車の確認、直ぐに王家へ返事を出さねばと手紙の用意…………散り散りに動き出す。
「あっ…………返事は大丈夫みたい。スチュワート家は絶対参加…………だって」
「「「暴君かよ!」」」
陛下の無茶振りが酷い。
王家からの誘いを断る貴族なんてそうそういないが、招待状にわざわざ明記するなんて聞いたことがない。
「エマ様のドレスがありません!!!!」
もろもろの確認に走っていたマーサが青い顔で報告に来る。
先週末の夜会のドレスも急いで作ったものだったし、今週は、刺繍の授業の友人達のドレスやハンナの手伝いでエマのドレスなんて考えもしていない。
「あ!どれか、フランチェスカ様か双子かマリオン様用のドレスを着てみるとか…………だめか…………」
はっとゲオルグが思い付くがフランチェスカとマリオンはエマとスタイルが違い過ぎる。双子は二人に比べればスタイルは近いが、少々露出の多いデザインにしてしまった。
「今夜中に…………作る…………しか…………ない…………?」
家族にとっては苦渋の決断である。
「無理よ…………そんなの…………絶対に!」
エマが断固拒否する。
皆でエマのドレスの話をしているというのに。
「いや、でもエマ…………」
宥めるようにレオナルドがエマに声をかけるが動かない。いや、動けない。
「ちょっと…………僕にも…………出来ません!」
ウィリアムが申し訳なさそうに謝る。
「でも明日になれば、一から作るのは間に合わないよ?化粧や髪の準備もあるから…………でも…………ああ…………俺も無理かも…………」
レオナルド、ゲオルグ、エマ、ウィリアムの膝の上にはそれぞれに猫が頭を乗せて気持ち良さそうに眠っていた。
特別に靴を脱いで地面に座れるように一角ウサギのカーペットを置いただけの家族の団らん部屋で、メルサ宛の手紙を確認している間に猫達がゴロゴロと甘えて膝に頭を置き、眠り始めてしまったのだ。
この一週間は家に帰るのが遅くなることが多かったこともあって、この日の猫達のデレが止まらなかった。
ゴロゴロと喉を鳴らし気持ち良さそうに眠る最愛の猫達を避けることが出来るだろうか、出来ない。出来るわけがない。
「コーメイさん…………」
エマがコーメイの耳の後ろを撫でる。
「むにゃむにゃぷすぷす……なゃーん…………」
幸せそうな鼻息と共に寝言で応えてくれる。可愛い。
猫に乗ってもらえる幸せ。昔からそうだが、どんなにトイレに行きたかろうと、足が痺れようとも手放す訳にはいかないのだ。
「ううう可愛い…………うあう可愛いよー」
たとえ膀胱が破裂しようとも、夜会参加の貴族に同じドレスと影口を叩かれようとも、愛する猫が自分の膝で喉を鳴らす幸福には抗いがたい。
時間が無慈悲に過ぎる中、四匹の巨大な猫達が揃ってゴロゴロ喉を鳴らす音が響いていた。
リューちゃん、一家がドレスであたふたする未来を先見する。
(大変だ!早く教えてあげないと!)
「にゃーん!にゃーん!にゃーん!」
一家、手紙を調べ始める。
(よし、これで大丈夫!良かった良かった♪…………。…………すやぁ……すぴすぴ……すやぁ……ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……)
他の猫もそれに続いてそれぞれ膝で眠り始める。
一家、動けない。
翌日、あたふた。
リューちゃんの先見は覆らない。