仕立て屋と仕切り屋。
誤字、脱字報告に感謝致します。
夢の様に甘くて美味しいスイーツを貴族は毎日食べているのだろうか。
運ばれてきた見た目も味も絶品だったスイーツの最後の一口を食べ終え、一息ついたところで、目の前の少女がにっこりと笑う。
たかだか庶民のハンナと貴族の少女がお茶をするなんて状況、本来ならあり得ない。それなのに、その少女は物凄く嬉しそうにハンナの話を聞き、スイーツを一口お互いに交換したりしては、満足そうにしている。
ハンナの知っている貴族とはかけ離れ過ぎていた。
「では、行きましょうか?」
全員がお茶を飲み終えて、そろそろお開き、これからどうしようとハンナが思ったところに少女が声をかけてくれる。
どこへ行くと言うのだろう。私の居場所なんてもう、どこにもないと言うのに。
「はっハンナ!!」
連れてこられたのは、数時間前まで私の居場所だった仕立て屋だった。
店主が慌てて駆け寄ってくる。
「心配したんだよ!ハンナ!?大丈夫?」
「店主……あの……えっと……」
作業場を見れば、店主だけで何とかしようと奮闘したのか飛び出した時よりも目に見えて散らかっている。
「ははっ……いつもハンナに頼りっぱなしですまなかったね。私がもっとしっかりしていれば……」
転んで擦りむいたハンナの手よりも、この一時間ちょっとで何があったと疑いたくなる程に店主の両手は傷だらけになっていた。ハンナが来る前は店主も仕立てをしていたと聞いていたが、そこまで傷だらけに成る程追い詰めてしまったのは自分だと申し訳なく思う。
「今から、注文を断りに行ってくるよ。ハンナは休んでなさい。私も少しおかしくなっていたんだと思う。どう考えても5着は……無理だ」
一度受けた貴族の注文を断れば、店どころか店主の命すら危うい。そもそも断れるのなら今の窮地に陥ることなんてなかった。
「店主!そんなことしたら!」
「いや……もう限界だったんだよ……ハンナだけには絶対に迷惑かけないようにするから、安心してくれ」
そっとハンナの肩に手を置き、店主の真剣な眼差しがまっすぐにハンナだけをとらえる。
「ダメです!店主!このままでは、店主が!」
「ハンナ…………」
見つめ合う二人…………。
「「「……………………」」」
…………。
…………。
…………。
店に入った瞬間から二人の世界…………。
あれ?何これ?
遥か遠くチベットから再びスナギツネさんが出てきそうな…………。
強烈な既視感が三兄弟を襲う。
ハンナはことあるごとに店主は悪くないって言っていたけど……え?そう言うことなの?ん?
「えーーっと……あの……少し、お話よろしいですか?」
入って行けそうにない雰囲気の中、ゲオルグが特攻する。
「っは!君たちは?」
明らかにアウトオブ眼中だった三兄弟をやっと認識した店主が驚いている。
「あっ店主、この方達に私ぶつかってしまって…………ケガの治療とお茶をご馳走になった上に店まで連れて来て下さったのです!」
「ケガ!?大丈夫かい?ハンナ?私に見せてごらん……」
ごほんっごほんっとまた二人の世界に入りかけていたのを、わざとらしい咳で遮る。
「しっ失礼……ハンナが世話になりました」
慌てて店主がハンナの腰に回していた手を離し、三兄弟に向き合う。
…………大体、読めてきた。店主の顔を見たエマが訊ねる。
「あの?出来上がったドレスはいつも店主が届けるのですか?」
「?はい。ドレスの受注と運送と経営は私が、ドレスの制作はハンナがやっています。あの、見ての通り小さな店で今も手一杯です。お嬢様のドレスは……申し訳ございませんが、お受けすることは……難しいです」
店主が頭を下げる。
どうやら、学園帰りの格好だとキチンと貴族に見えるらしい。ある程度の格好でないと、学園の門番に止められると母に言われて、よそ行きの服で通っているのでそうでないと困るのだが。
「いえ、ドレスの注文ではなく……アルバイトの提案です」
「は?アルバイト?」
にっこりと笑ってエマが答える。
また何か企んでる…………ゲオルグとウィリアムはお互いに目配せした後、ため息をついた。
「まず、ドレスの進捗を教えて下さい。出来れば今日中にデザインだけでも全部済ませましょう。デザインが済めば、パターンと仮縫いは私が。飾り物系はお兄様が、ウィリアムはちょっとスラムまで走ってハロルドさんと使えそうな子達を何人か連れてきて。刺繍は……今日はお父様は出掛けているからハンナさんお願いいたします」
「え?あの?え?」
「ああ、その前に店主とハンナさんはさっさと教会と役所に行って、婚姻の許可と届けをしてきて下さい」
「は!!!?なっなに言って」
「えっエマ様!?」
言われるままに三兄弟を急遽雇うことを了承した瞬間に、物凄い勢いでエマが仕切り始めた。ちょっとメルサに似ている。
貴族の子供をアルバイトで雇うなんて……と店主はもごもご言ったものの、ここで上手く断れる力があれば、ここまで追い詰められる状況には陥っていない。
ゲオルグは既に途中まで出来ていた一着目の飾りに取りかかっているし、ウィリアムは、全速力でスラムまで走っている。
「さっさと行って下さい!」
エマがパターンの引けていない3着の注文を見ながら店主を急かす。
「いや、だからね。婚姻ってあのね、急に……そんな……ハンナの気持ち……とか……」
いい大人が聞こえるか聞こえないかの声量でもじもじしている……。強制的にチベットスナギツネさんを引き返させておいて何を言っているんだ。
「大丈夫!二人、両思いだから。問題なし。その辺は私達が帰ったあと好きにしてください。仕立屋店主とお針子…………んー……多分教会も許可をくれるでしょう。心配なら、途中ヨシュアのお店に寄ってついてきてもらって下さい。ロートシルト商会は多額の寄付を毎年教会にしているので、大概のことは通りますから」
情緒もへったくれも知ったことか。
誰も遊んでくれなかった今日、ハンナさんは一緒にお茶を飲んでくれた。半ば強引ではあったが、女子会と言えなくもない。しかも蓋を開けてみれば、仕事の話の裏には恋バナが隠れていた。
めっちゃ女子会ぽい!こうなればさっさと問題解決して、刺繍の授業のお友達と女子会する時の話の種になって貰おう。
「エマ様??そう言うことじゃなくてね?何で?今、婚姻???」
店主もハンナも真っ赤になりながらエマに説明を求める。
「そもそも、貴族もですね?そこまで普通無茶振りはしないのですよ。それが何故この様なことになったか……。王家の夜会は切っ掛けに過ぎないですね」
むしろだしにされた……とエマは店主とハンナに説明する。結局、原因は店主だ。
「店主…………。あれですよね。イケメンですよね」
「はい?」
この世界、どこをどうみてもそれなりに皆整っている。
そんな中でも、店主は格別な見た目。乙女ゲームの世界なら100%攻略対象間違いなし。多分だけど、王都、学園でも噂になるレベルのイケメン。キラキラ度合いは、ウィリアムに並ぶ。
5着のうち、後からねじ入れてきた3着の注文をした令嬢は、揃ってお抱えの仕立屋を持っている家だった。
この規模の店がそんなお金持ちの令嬢のドレスを作ることなんて、普通はあり得ないのだ。そう、ただ、令嬢は、見たいだけなのだ。ドレスを持ってくるイケメンの店主を。ミーハーなお年頃ゆえの暴走。
商店街と言ってもヨシュアの店の様に大通りに面している店ならいざ知らず、奥まった馬車が通れないぐらいの道しかない店に来れる貴族令嬢は少ない。
「つまり、店主を見たいだけの令嬢が王家の夜会を利用して、ドレスの注文をぶっ込んだだけの話……」
アホみたいな話だが、思春期女子のイケメンへの執着は異常だし、非常なのだ。
「そんな……バカなこと……」
店主が理解出来ないと首を振る。
「その証拠に、このサイズが書かれた注文表ですが、私の知っている令嬢方と全く合致しません!こんな、こんなパーフェクトなボディサイズはこの世でローズ様くらいですよ?」
ケ○ン・コスギもビックリだ。
ボン&キュッ&ボンのこのスタイルの令嬢が学園にいれば、エマの美女センサーは作動しているはず。揃いも揃って3人もこんな体型の生徒はいない。
ローズ様級のこのスタイルの持ち主なら、男には困らないだろう。そもそも店主の顔を見る為にここまでやる必要もない。
……てかライラ様にマチルダ様にヘイリー様……自分でよくもこんな嘘八百並べられるものね。自分で言ってて悲しくならないのかな?イケメン見るためにあちらも無傷ではいられないものなのかしら。
このまま仕上げたら、全く誰も着こなせたものじゃないドレスができ上がってしまう。勿体無い。
あっ、返品でもう一回店主を呼びつけるのか……なるほど……。
「…………確かに、注文が、多すぎて気が回って無かったけどこのサイズは…………」
ハンナは、注文表を見て一瞬でここまで体型を想像できるエマに驚く。
どのドレスも似た型紙からパターンをおこしていたが、このサイズに似た型紙なんて無い。余計に手がかかり、忙しいと叫んだのが数日前のことだったのに…………。
「だけど、それと、婚姻と何の関係が??」
店主が解ったようでわからないといった顔でエマに訊ねる。
「ん?店主が独身で、ワンチャンあるかもって女子が妄想してキャーキャーするんなら、結婚しちゃえば人気もなくなるでしょう?アイドルがなかなか結婚出来ないのもそう言うことだし?」
「???ワンチャン??アイドル??」
貴族令嬢と仕立屋店主では、身分が違うのでそもそも結婚なんて無理なのだが、前世でもアイドルは遠い存在で、結婚なんて出来ない。だからこそ推しメンの未婚か既婚かは割と重要な要素だったりする。
取り敢えず、教会の受付が終わる前に行って下さいと店主を急かす。
これ以上、注文が増えないための防衛策だ。
「あの……あの……ハンナは、あの……私なんかで……良いのかい?」
「え!!?っとあの……店主が……よろし……ければ……」
「っっっ!!本当に?いっ良いの?」
「さっさと行って下さーい」
時間ないですよーっとエマが二人を押して物理的に外に追い出す。
良い大人がもじもじ、もじもじと手のかかる……。
教会へと歩き出す二人を見送るエマに、ゲオルグが声をかける。
「……もうちょいなんか、気を使ってやりなよ……」
エマも結構強引に進めた感はあるにはあるが、二人の後ろ姿を見れば、反省する気持ちも失くなってしまう。
「だってお兄様…………二人、今、手繋いで歩いて行ってますからね」
あれだけもじもじしていた店主は、自然とハンナの手を取り仕事の事なんて忘れてないか?くらいの足取りで歩いている。
「うわっホントだ…………」
作業の手を止めたゲオルグがエマの後ろから二人を見に来た。
「「リア充、爆発しろ……」」
前世で結婚できなかった兄妹は、揃って呟いた。