ワーカーホリック。
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誤字脱字報告に感謝致します。
「なんでだー……」
学園からの帰り道、エマは、ゲオルグ、ウィリアム、ヨシュアと商店街を歩いていた。
せっかくの放課後なのに、フランチェスカも、マリオンも、キャサリンもケイトリンも揃ってみんな遊んでくれない。
せっかく、今週はおばあ様の地獄のマンツーマン礼儀作法訓練が免除されたというのに。
先週の夜会で倒れた(ことになっている)ので、休養しなさいとおばあ様が使いを寄越してくれたのだ。
念願のヨシュアの新装開店したお店で女の子のお友達ときゃっきゃっしたかったのに……。
港のときは、田舎すぎておしゃれなカフェなんて無かったし、二時間に一本しかないバスを逃せば帰ることすら出来なくなるために全く遊べなかった。友達と放課後デートは憧れだったのだ。
むう、とままならない状況に頬を膨らませる。
「仕方ないですよ。皆さんドレスやら靴やら飾りやら夜会の準備に忙しいんですから」
僕達で我慢して下さいとウィリアムが宥めるが、兄弟とヨシュアならいつものメンバーってやつである。
てか、もはや女子会じゃないし。
「エマさま、今日は特別に生クリームいっぱいのスイーツを出しますから楽しみにしててくださいね」
ヨシュアが素敵な提案をしてくれるものの、そんな素敵なスイーツをお友達と分け合いながら、いっぱいお喋りしたかった。
今日こそはと楽しみしていた女子会だったのだ。
もうっなんで、このタイミングで夜会なんか主催するかな陛下……とエマが王城を睨もうと顔を上げた時に、ドンッと後ろから勢い良く衝撃が来た。
「ぬあっ!!」
不意打ちだったので、変な声と共に倒れてしまう。
もいんっと持っていたカバンがクッションになり衝撃に反して、倒れた痛みはないのだが、反射的にいててて……と声がでる。
そういえば、週始めの刺繍の授業で作ったハンカチが大量にまだ、カバンに入っていた。ナイスクッション。
まあ、うっかり出すのを忘れていただけなんだけど。
母が皇国へ旅立った為に口うるさく注意する人間が一人減るだけで、途端にだらしなくなっている自分に反省する。カバンから出すだけなのに、家に帰ればすっかり忘れてしまうのだ。
見ればぶつかって来たのは、女の人で青い顔で懸命に謝っている。
顔の傷跡のせいで余計な心配をかけてしまった。
大して痛くもないのにいててて……と言ってしまって申し訳ない。女の人の手からは血が滲んでいる。
カバンに大量のハンカチがあるのを思い出し、女の人に取り敢えず止血してみるが、どこか打ち所が悪かったのかふっと女の人は意識を失った。
「……私ってば、貴族の方々にこんな話をして……全然わからないですよね?すいません……」
意識朦朧とした女の人を、近くのヨシュアの店の住居スペースに運んで、話を聞いていた。
エマの友達もドレス等の仕立てで忙しくて遊べないのだ。お針子さんは更にめちゃくちゃ忙しいのだろう。
普通なら、一週間で1着でも仕立てるのが大変なドレス。
頑張っても頑張っても絶対無理ってわかってるのにドレス5着……。
あのドレス5着が完成しなければ、店主の店は潰れてしまう。
でも限界だった。でも私のせいで店が……。
……と、青い顔で涙ながらに語るハンナの言葉の数々。
うーん……これは…………わかりみがすごい。
忙しい時に限って、普段こない仕事が回ってくる。
あるある。むしろ私なんか焦って余計な仕事すら増やしたな……。
どう考えても、この人数で捌けない仕事量。
あるある。助けて貰おうと思って周りみたら皆同じくらい忙しそうっていうね。
昼休みを潰しても、10分休憩を潰しても、追い付かないから残業。
あるある。でもご飯食べないと力でないからね。
働いても、働いても、減っていく我が家の調度品。
それな。お祖父様の肖像画を売ろうかって本気で悩んでた時期もあったけど……今思えば、誰が買うのって。
王家からの無茶振り。
それな。あの時期のお父様……ずっと頭抱えてたもん。
押し寄せる魔物。
それな。今日中にこのウェディングドレス仕上げたいって思ってるのに、一角ウサギ大量出現……あれ、下処理が大変なんだよね。
…………前世の仕事の繁忙期の記憶と今世の貧乏だった頃の記憶が鮮明に浮かぶ。
隣を見れば、前世、港以上にワーカホリック甚だしかった航ことゲオルグが、深すぎる相づちを打っている。
兄ちゃん……土日も休まずなんてざらやったもんね。
何故かぺぇ太もうんうん頷いていたが、お前は、一年経たずに辞めてたやんって突っ込みをコクンと飲み込む。あいつの相づちはメレンゲ並に軽い。
「お待たせしましたー」
ヨシュアが飲み物とスイーツ、ハンナ用に傷薬を持って部屋に入ってくる。
ふわっとスイーツの甘い香りがハンナと三兄弟を包み、暗い雰囲気を和らげてくれた。
…………思えば、ヨシュアとヨシュアのおじさんがパレスの絹を売ってくれたお陰で今は大好きな猫と虫尽くしの生活ができるのだ。ロートシルト商会様様だ。
「えっえまさ…………ま…………?」
ヨシュアが持ってきた物を机に置くのを待ってから、その手を取りぎゅっと両手で握る。
「ヨシュア…………本当に、本当にいつもありがとう!」
感謝を込めてエマより背の高いヨシュアに視線を合わせるように、少々、上目遣いになりながら礼を言う。
一年前、ヤドヴィに「姫様、感謝って意外と言わなきゃ伝わらないんですよ?お仕事だとしてもしてもらって嬉しかったらありがとうって言っていいんですよ!」の言葉は、エマが転生してから強く思っている事だった。
幸せな事に家族全員で転生出来たものの、夫も子供も彼氏もいなかったが、港は友達や同僚やおじさん、色んな人に支えられて生きていた。
ありがとうの気持ちは、直ぐに伝えなければ一生相手に届かないことがあるという事実を身を持って体験しているのだ。
ヨシュアにもちゃんとありがとうを伝えないと。
いつも一緒にいるからちょっと照れるけど……ふふふっと笑って照れた顔を誤魔化す。
「っっふぉ!!!」
ぼぼぼっと下から火でも点いたかのように、ヨシュアの顔が赤くなる。
顔どころか、握った手から耳の先っちょまで出ている肌全てが真っ赤に染まった。
……うん。
……わかるよヨシュア。面と向かってお礼って、言う方だけでなくて、言われる方も恥ずかしいものだ。照れちゃうよね?
しかし、ヨシュアへの感謝は三兄弟の総意である。エマだけでなく、ゲオルグもウィリアムもヨシュアにお礼をと思っているはずだ。
横からゲオルグとウィリアムが、ガバッとヨシュアに抱きついてエマに続いて感謝の意を伝える。
二人の勢いが余りにも強かったので、エマが握った手が離れてしまうが男同士の友情に女がしゃしゃり出るものではない。
「ああーーーーー!!!ちょっちょっおい!!!手!!手!!おまっお前らっ!!うおーーーーい!!こら!!離れろよ!うぉい!!!」
照れ隠しにヨシュアが、普段なら絶対使わない暴言を吐いている。
うんうん。これぞ、男同士の友情だね。……と、水を差さないようにそっとエマは身を引く。
「ヨシュア本当にいつもありがとうな」
「ヨシュア、ありがとう」
特に、ワーカホリック&スチュワート貧乏時代の記憶が一番長いゲオルグがグリグリとヨシュアに感謝のハグを送る。
体格のいい、狩りすら戦力になるゲオルグの本気のハグからはヨシュアでなくても、逃げられない。
ヨシュアはバタバタと照れているが、満更でもないはず。
「男同士の友情って良いよね?」
ハンナの擦り傷を水で流して薬を塗りながらエマはにっこり笑うが、ハンナはきょとんとした表情で、黙って悩む。
これ……突っ込みを入れるべきなのかしら…………?
ヨシュア「せっかく、エマさまが手を握って下さったのに……ああ、エマさまの手、めっちゃ柔らかかった……」
ゲオルグ&ウィリアム「ごっご免なさい」
ヨシュア「ちゃんと空気を読んで下さい。感謝の気持ちはうれしく思いますが、TPOをしっかり把握して引くときは引く!」
ゲオルグ&ウィリアム「ごっご免なさい……」
ヨシュア「あの照れた顔……最っ高に可愛かった……死ぬかと思った……」
ゲオルグ&ウィリアム「ごっご免なさい(ヨシュアに死なれたらスチュワート家が終わる……)」