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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
84/198

出張。

誤字脱字報告に感謝致します。

朝早くに屋敷を出て、シモンズ領まで馬車を走らせる。

急遽決まった皇国行きは、どうしても手に入れたいものがあったからなのだが、向かいの席で忌々しげに顔を歪ませている同行者を見てクスリと笑う。


「何が面白いのだ?」


同行者、オリヴァーが咎めるように睨む。


「貴方は昔から私の前では不機嫌になるな……と思っただけですよ」


メルサは手持ち無沙汰をまぎらわせる為に持って来ていたレース編みから目を離さずに懐かしそうに微笑む。

裁縫はもともと苦手では無かったが、嫁いでからは必死にやる必要があった。三人もの子供達は入れ替わりで服を破ってくるし、新しく仕立てるお金も無かった。何故か女の子のエマが一番破って来るのは悩ましいことだったが。


あの子は生まれた時から、虫にしか興味を示さず虫を見つける度に薮の中だろうが、木の上だろうが、岩の隙間だろうがお構い無しに突進して行くのだから、裁縫の腕は自然と鍛えられた。


と、言ってもまだまだ夫の腕には到底及ばないのだけれど。


「べっ別に不機嫌な訳ではない!ただ、王国人が踏み入れたことが全くない皇国に女の身で行こうと言い出す神経がわからん!」


何かあったら、怪我でもしたらどうする……と暗に言いたい様だがその表情と言い方では察してあげられる人は少ないだろう。かつての私のように。


「ご心配には及びませんわ。自分の身は自分で守れますから」


旅用の簡素なドレスの中には、エマからお守り代わりに貸してもらったヴァイオレットがいる。今は太ももの辺りにモソモソと居心地の良い場所を見つけるように動いている。


「女の癖に無理に決まっているだろう!」


女の癖に……パレスに嫁いでからは言われなくなった言葉。

"男も女も子供も老人も、働けるものは好きなだけ働け"辺境の領は想像以上に困窮していた。学園で一番の成績を取った知識すら太刀打ちできないほどに。


「貴方は、俺が守るから安心しろとは言えないのですか?」


最近母に似てきたと言われるため息と共にオリヴァーに問う。

彼の隠れた本心を減らず口から推測することが出来る様になった自分に少し驚きつつも相変わらず私も素直になれない。


「なっっっ何をバカなことを!」


ぶわっと顔を赤くしたオリヴァーが態とらしく馬車の窓に視線を逃がし黙り込む。もう、お前とは話さないと分かりやすい態度に再び、笑みが溢れる。

昔なら、また私は怒らせることを言ってしまったと思うところだが、今はただ、照れているだけだとわかり、微笑ましくさえ思う。


静かになった馬車の中で、皇国に急遽行くことになった経緯を、夫には敵わないまでも細やかなレースを編みながら思い出す。





昨晩、エマのお友達のドレスを縫いながら、昔なつかし日本食について話していた。


「味噌汁が飲めるのはうれしいよね」


ウキウキとウィリアムが忍者達の中に味噌も豆腐も作れる者がいたと喜んでいる。

忍者達は交代でスチュワート家に訪れ、材料が揃えば味噌や醤油などを作り、その代わりにスチュワート家は、寝床と食事の世話を請け負った。

忍者を詰めた使われていなかった空き部屋を、そのまま彼らの休憩室として提供する。


「ところで……出汁は?」


さっきから味噌やら豆腐やらの話は聞こえてきたが、全く出汁の話が出てこない。


「ん?出汁?」


ゲオルグが何のこと?と首をかしげる。


「味噌汁を作るなら出汁はいるでしょう?昆布でも鰹節でもいりこでも……」


出汁?


男どもがきょとんと顔を見合わす。


「んー……干し貝柱とかで代用出来るかなーと思ったんですけどやっぱり……鰹節要りますかね?」


エマが痛いところ突かれたと針仕事の腕を止めてメルサに確認する。

田中家の味噌汁は鰹出汁がメインだった。出汁を取ったあとの鰹節は自動的に猫達のおやつだ。


「にゃー!」


「にゃんにゃにゃん!」


「にゃん!」


「にゃーにゃん!」


エマが鰹節と言った瞬間に、うとうと大人しく寝ていた猫達が鳴き出す。


「かつおぶし!絶対いるやつやん!食べたい!かつおぶし食べたい!……だって」


エマが翻訳するが、家族全員が今のはなんか通じた……とそれぞれ思った。


「チョーちゃん鰹節食べたいの?」


「にゃー!」


「かんちゃん鰹節食べたいの?」


「にゃん!」


「リューちゃん鰹節食べたいの?」


「にゃん!」


「コーメイさんか……」


「にゃーにゃん!」


猫達が目をキラキラさせながらそれぞれにデレている。

いつもは触らせてくれないお腹すら大人しく撫でさせてくれるのだ……鰹節……すごい。


「んーでも、鰹節って伝わるかな?お米ですらちょっと不安だし……」


食糧支援の交換条件は米。

明日、出る船はスチュワート家からの緊急の食糧支援で、王国との国交とは別である。皇国へ行くのはロートシルト商会の優秀な商人で、米の特徴を伝え少しでも良いので持って帰って欲しいと頼んでいた。


「忍者によればお米は備蓄されているのが少しはあるそうだし、無理なら育てる為に苗か種を貰うか出来ると思うけど……言葉通じないもんね?」


商会の中でも優秀な人をヨシュアが選んでくれたそうだが、言葉の壁は厚い。


「にゃー!」


デレたと思ったら突然部屋から出て行ったコーメイさんが、忍者一人を咥えて帰って来た。


『??????』


忍者は何が起きたのかよくわかってなさそうだが、コーメイさんに逆らえる者などいない。


『あれ?モモチさんじゃないですか?』


皇子に何とか状況を説明できた忍者が交代で早速スチュワート家に休憩に来ていたのをコーメイさんが連れてきたのだった。


『ウィリアム殿……これは一体?』


右手にパン、左手にポテトサラダの器をコーメイさんに拉致られながらも死守していた忍者、モモチがウィリアムに説明を求める。


「にゃー!」


「にゃんにゃん!」


「にゃー?」


「にゃんにゃん?」


モモチに猫達が詰め寄る。

デカイ猫に、忍者モモチが震え上がる。


『なっなんなんだ?え?え?え?』


ジリジリと後退した忍者が、ドンっと壁にぶつかる。

もう、後がない。後ろは壁。前方、左右は猫。逃げ場がない。


壁ドンならぬ壁にゃんである。



『皇国には鰹節あるの?って聞いてるよ』


壁にゃんの隙間をむにむに通って、モモチまで辿り着いたエマが通訳する。


『鰹節!?…………?え?鰹節!?…………え??』


「「「「にゃーにゃ!」」」」


普通に見れば、猫が鰹節食べたいだけの可愛いおねだりだが、大きさが大きさだけにモモチにとっては脅迫されているのと同じである。


『かっ鰹節ならっまだ、米よりは全然足りている筈だ!食糧難の原因は農作物が…………そっ育たなかったからで……』


一瞬、モモチがしまったという顔になる。

食糧難は天候不良と聞いていたが、他にも何かあるのだろうか。


『では、ロートシルト商会に鰹節も持って帰るように連絡しなくては……』


ウィリアムが屋敷の使用人を呼び、ヨシュアへの使いを頼む。


「え?かちゅおむし?」


「『鰹節』だよ」


「かるおるし?」


「『鰹節』……」


「くるおしい?」


全く通じない……。

米は皇国の主食で通ったが、鰹節は説明が難しい。


「…………これは誰か皇国に行った方が早くない?」


皇国語で発注書を書いて渡したとしても、田中家でないと実物が合っているかわからない。

鰹節なんか一見食糧とは見えないだろうし……。


「あっ!だったら私、皇国行きたい!」


エマがぴしっと真っ直ぐ右手を上げ、立候補する。


「あなたは学校があるでしょう?」


メルサが駄目だと言うとしゅんと手を降ろす。


「にゃんにゃ……」


コーメイさんがドンマイっとエマの背中を前足でポンポン当てて慰める。


「じゃあ、私が行こう。ゲオルグもウィリアムも学校があるからね」


レオナルドが船旅に心を躍らせる。

海に面していないパレスでは船に乗る機会など滅多にない。


「あなたは明後日、狩人の指導があるでしょう?」


メルサがレオナルドに予定を告げる。

王都でレオナルドは、週一で狩人を志望する若者に稽古をつけていた。狩人は危険を伴う分、給料がいい。

特にパレスの狩人は他の辺境と比べると倍近い額が貰える。ある程度王都で鍛えてから、パレスに送るのだ。

苛酷な狩人業は離職率も高く、100人送っても残るのは10人以下で、狩人の人材確保は、辺境領主の大事な仕事でもある。


これまでは、アーバンが王都の大学の合間にスカウトして送るだけだったが、時間のあるレオナルドは、何度か稽古をして見込みのありそうな者を選別して送り、輸送コスト削減に成功していた。


「あーゲオルグ…………指導代わってくれる?」


忘れていたとレオナルドが頭を抱え、ゲオルグに代理を頼む。


「ゲオルグは学校があるでしょう?それに自分より年下のゲオルグにこてんぱんにされたら、狩人になる自信もなくなるかもしれませんよ?」


どんなに屈強な男でも、狩人を続けるのは厳しい世界だ。そんな中でも子供の頃から狩りに出るゲオルグは規格外なのだった。


「では、誰が皇国に行くのですか?」


ウィリアムが誰もいないのでは?と首を傾げる。


「私が行きます!」


胸に手を当ててメルサがずいっと一歩前にでる。


「「「「え!?」」」」


「もともと私、外交官志望でしたし、必要な勉強もしてあります。それに王国の食糧支援物資は皇国では馴染みがないはずです。調理法なども教えてあげられる人が必要でしょう?」


確かにそれは考えていなかった。

国が違えば食材も違う。調理法などは、前世料理の得意だったメルサが行くのは、理にかなっている……?


「いや、駄目だよ。王国人が一度も行ったことのない国にメルサを1人行かせるなんて、何かあったらどうするの?怪我でもしたらと思うと心配だよ!」


レオナルドが反対する。


「大丈夫ですよ。エマにヴァイオレットを貸してもらいますから」


ね?とエマを見てメルサが笑う。


「君が誰よりも賢くて、仕事ができるのはわかっている!でも、君が危険な目に遭う時は、絶対に私が守りたいんだ!それに、大好きな君と離れるのは……寂しいよ?」


「…………あなた……」


暫し見つめ合う両親を、三兄弟はチベットスナギツネの表情でやり過ごす。


「……………………」


「……………………」


「……………………」


あんまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっい!



「ん゛っん゛ん゛…………そういうのは!二人きりの時にして下さいといつも言っているでしょう!?」


ゲオルグが嘆く。


「お父様は、本当にお母様一筋ね?」


逆に感心するわとエマが頬に手を当てる。


「でもですね?見せられる子供達のですね?心境を考慮して頂ければと思うわけで…………」


ウィリアムが口の中が砂でじゃりじゃりするじゃないですかとため息をつく。

両親のイチャイチャなんて、なるべくなら見たくない映像No.1だと思う。

が、スチュワート家では頻繁に遭遇してしまうのだ。

年を追う毎にチベットスナギツネの物真似が上手くなっていく三兄弟の身にもなって欲しいのだった。


結局、状況を把握した忍者モモチが明日の船には皇子に詳細を報告するために5人の忍者が同行することが決まっているのでメルサの警護も請け負うという話になり、しぶしぶレオナルドが了承した。




毎日、好きって言っちゃってるレオナルド。

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― 新着の感想 ―
オリヴァー、外交官としての能力はともかく、悪いやつではなかった! 好きなキャラになってきたぞ。外交は学び直すほうがいいけどね。
夫婦はいつまでもラブラブが良いのです
[良い点] 両親がいまもラブラブで子供達を愛している所。 [一言] 家庭円満は良いよ。
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