大事なことなので。
誤字脱字報告感謝致します。
「エマ様!!!」
刺繍の授業を受けるために教室に入ると、同じ席の令嬢達が心配そうに迎えてくれる。
「まぁ、皆様おはようございます。今日はお早いのですね?」
いつもゆっくりのマリオンも既に到着済みである。
「お体の具合は大丈夫なのですか!?晩餐会でお倒れになったと伺いましたが……。あまりご無理をなさってはいけませんよ?今日はお休みになると思っておりましたのに……!」
フランチェスカが席までそっと手を引いて席に座らせてくれる。
……こういう面倒見の良いところがフランチェスカの魅力の一つでもある。
見た目は強気な令嬢だが、何気に刺繍メンバーで一番女の子らしい。
やっぱり彼女のドレスは、絶対にピンクのレースを使おう。清楚で、可愛くて、甘すぎない、塩梅が難しいが考えるのは楽しいな……。
「ご心配ありがとうございます。全然、全く、元気ですわ」
晩餐会で倒れてはいないのだが、王子に抱き運ばれる姿は多くの貴族の目に晒されたために、参加していないフランチェスカにもエマの醜態が耳に入ったのだろう。
「エマ様、腕は痛くない?兄様から話を聞いて心配してたんだよ?」
マリオンがエマの右腕を見ながら、授業辛いようだったら見学した方がいいよと更に忠告してくれる。
しかしながら、もともと痛くない上に今日はハンカチの刺繍なので張り切って200枚持ってきてある。何もせずそのまま持って帰るのは重たい思いをしてここまで運んだ意味がない。
「マリオン様、大丈夫ですわ。きっとアーサー様が少し大袈裟にお伝えしたのですね。刺繍の100枚や200枚直ぐに終わらせますから」
ドンッと机に真っ白な正方形の布を置いて、マリオンににっこり笑う。
昨日の夜には完成したマリオンのドレスを思い出して、短いマリオンの髪に合う飾りもゲオルグに作って貰おうと思い付く。背が高いのに小顔とかマリオンはどこまでもモデル体型で羨ましい。
「刺繍の先生もそこまでの量は求めてないと思いますわよねキャサリン?」
「刺繍の先生もそこまでの量は求めてないと思いますわケイトリン」
双子がエマの布の量を見て、相変わらず凄い量だと目を丸くする。
今日は、港憧れの銀髪をツインテールにして、淡い水色のリボンでくくっている。銀髪と、水色の組み合わせは中々綺麗だ。
双子の家が治めるのは、大きな港を持つシモンズ領。マリン柄も有りだな……。
何だかんだで、昨日は国王やタスク皇子、忍者とバタバタしてしまい裁縫が殆んどできなかった。1日丸々休みがあれば、家族で数着のドレスを作れたはずなのに、マリオン様のドレスしか手を付けられなかった。
……そういえば、両親との話し合いが終わり、帰る姿を上からこっそり覗いた時に見たタスク皇子の姿が、しょんぼりしていたのが気にはなったが、きっとお腹が空いていたのかもしれないな…………。
「何故、生きている……?」
スチュワート家から王城に戻り、専用に用意された貴賓室の椅子に腰掛け、使用人を下がらせたタスク皇子の前には、忍者が揃って20人全員、姿を現していた。
忍者が……生きている?
スチュワート伯爵が預かっていると言った19人の忍者が目の前で生きている。
しかも、見たところ無傷で解放されている。
服の破れすらなく、何の抵抗も出来ずにこの精鋭達が捕まったというのか?
何故だ?
忍者が皇国の機密を全て吐いたのか?
いや、忍者は機密を漏らすどころか仄めかすことすら許可されていない。
そんな状況になる幾つもの段階の前に自ら命を絶つ様にできている。
それが忍者なのだから。
ならば、何故?生きている?
スチュワート伯爵の狂言だったとでも言うのか?
しかし、今回の話し合いは皇国にとって願ってもない結果になったはずだ。
スチュワート伯爵夫妻が通訳として外交に協力。
伯爵の好意で明日にでも、食糧を乗せた船が皇国へ出発する。
たった一言、伯爵が長男に伝言しただけで10分後には何もかもが決定していた。
「ゲオルグ、ヨシュアに皇国への食糧支援頼める?」
たった、この一言だ。
ヨシュアってだれだ?
10分後、ゲオルグが持ってきた紙には、小麦……600トン、大豆……70トン、干し肉……50トン、ドライフルーツ……15トン、等々、国が用意するとしても数日はかかるであろう量の食糧を請け負うとの返事が書かれていた。
丁寧に皇国語で読み上げてくれたスチュワート伯爵が、他に必要なものがあれば用意しますよと、にっこりと笑う。
それは、皇国が魔石と引き換えにしてでも欲しいと望んだ食糧の半分以上の量だった。それを僅か10分で用意することのできるこの伯爵は、一体何者なんだろうか?
「ヨシュア曰く、あと一週間貰えればこの10倍くらいは集められるけど、食糧を届けるのは早い方が良いとエマが言うので、明日の朝に船を出すなら準備できるのはこのくらいだって」
紙を読み上げた伯爵に長男のゲオルグが信じられない言葉を放つ。
「明日の……朝!!?」
10分で食糧を都合して、翌日の朝には船を出す?
理解できない。こんなこと本当に可能なのか!!?
あと、ヨシュアってだれだ?
「あーすいません、今日の夕方だとちょっと小麦が間に合わないようです……それでも最新設備の船を使うって言っていたので3、4日後には皇国に着くと思います」
「3、4日後!!???」
「それでは遅いですか?」
心配そうにゲオルグがタスク皇子の様子を確認する。
皇国と王国の距離は遠い。
皇子自身が乗ってきた皇室専用の高速船ですら、一週間はかかったのだ。
それを、大量の食糧を乗せた状態で3、4日で着くなんて到底信じることなど出来ない。
「いえ、私が来たときは、一週間ほどかかったのでそんなに早く着くとは思えないのですが……」
「ご心配なく。ヨシュアの船は設備も最新、船乗りは熟練者ばかりを揃えておりますので」
スチュワート伯爵が間違っていませんよ、ちゃんと3、4日後には着きますと約束までしてくれる。
だけど、ヨシュアってだれだ?
ここまで手厚くしてくれる意味がわからない。
魔石の情報が、手に入ったのか?
いや、忍者に限ってあり得ない。優秀な忍者だ。皇国の中でも精鋭中の精鋭なのだ。
つまり、これは、忍者19人を死なせたお詫びだと、とらえれば良いのか?
忍者達はその命をもって、国を救った……ということか……。
……優秀な……忍者達だった。
国民が飢える前に、なんとか犠牲が出る前に、自分ならやれると王国にやって来たのに……。
結局、私は失敗したのだ。
尊い、19人もの忍者を犠牲にしてしまった。
3、4日後には、食糧が皇国へ届く。
そして、そこで食糧と私を人質として、私の身の安全をたてに、魔石を奪われることになるのだろう。
スチュワート伯爵……なんて、なんて、恐ろしい男なのだ。
ちらっと伯爵を見れば、口元を軽く拭っていた。
これから吸う甘い汁に思いを馳せているのかもしれない。
私の失敗を国民は、我が愛する国民は……許してくれるのだろうか。
スチュワート伯爵家を後にするタスク皇子の足は暗く重い未来へ一歩ずつ近づいていくように、棘の道を進むかのようにゆっくりとしか動かなかった。
……………………………………。
目の前には失ったはずの忍者達。
心なしか、19人の忍者達は朝、顔を見たときよりもツヤツヤ生き生きしているように見えなくもない。
「何故?生きている?」
大事なことなので、二度、聞いた。
ゲオルグが持ってきたメモの最後…………。
PS.お豆腐のお味噌汁、実現可能!!
…………!
………………あなた、あなたっヨダレ出てますわよ!
レオナルドは、そっと口元を拭った。