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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
79/197

黄色い液体は甘露の味。

いつもいつも誤字、脱字、単純過ぎる計算間違い、申し訳ありません。

ご報告に感謝致します。

『っっぷぺぇっ!!!』


エマが忍者と話そうと口元のヴァイオレットの糸を取った瞬間、忍者の頬にコーメイさんの猫パンチが炸裂した。


「「「!!!!!」」」


「ちょっコーメイさん!いきなり可哀想じゃないですか!?あー歯抜けちゃってる……」


ウィリアムが殴られた拍子に飛んだ歯を拾う。


「ん?これ歯じゃない?」


「あれじゃない?なんか失敗した時に、情報漏洩されない様に毒とか仕込んでるパターンなんじゃない?」


ウィリアムの持っている歯みたいなものを覗き込んでゲオルグが答える。


「?任務に失敗で死ぬんですか?そこまでしないでしょう!?」


なんてバイオレンスな発想するんですかと、ヨシュアがゲオルグを非難する。


「いや、だって、忍者だし……」


「まあ、そうですね」


「忍者だもんね」


三兄弟から忍者はスパイみたいなものと説明を受けていたヨシュアだが、王国のスパイは仕事を失敗したことで自ら命を断つようなことはしない。軍等では希に任務失敗の責を負わされ、処刑されることもあるようだが、本当に希な特殊な事例だ。

外国に慣れているヨシュアですら思い付かない皇国独自の文化を、三兄弟は当たり前のように話す。


「で、さっきからコーメイさんは何をしてるの?」


「にゃ?」


歯を飛ばされた忍者の口にモフモフの前足の先を突っ込んでいる。


「あっ舌噛まない様にしてくれてるの?」


「にゃん♪」


コーメイさんなりの優しさなのだけど、口にモフモフされた忍者なんて絵的にシュールだ。なんだろう?ちょっと羨ましい。


『忍者さん、お名前は?』


コーメイさんが前足を口から離し、会話出来るようにするが、忍者は答えない。


『残念ながら、舌を噛み切ったとしても応急処置の心得がありますので、死なせてあげることは出来ませんよ?』


安心するようにと、にっこりと得意の笑顔で話しかけるが、忍者の顔がより恐怖に染まるだけだった。猫達……どれだけ痛め付けたの?


『私は、エマ・スチュワートと申します』


ヒルダ直伝の礼と共に自己紹介する。まあ、屋敷に忍び込んでいるのだから名前くらい知っているのかもしれないが、円滑なコミュニケーションを図るにはきちんとした挨拶から、とおばあ様もよく言っていたし。


『兄のゲオルグ・スチュワートと弟のウィリアム・スチュワート。あと、幼なじみのヨシュア・ロートシルト。猫のコーメイさんとリューちゃん、かんちゃん、チョーちゃん。蜘蛛のヴァイオレットです』


更に、部屋にいる面々を紹介していくが忍者の硬い表情は動くことはない。

ただ、忍者の頭には、王国の猫と蜘蛛はめちゃくちゃデカい上に化物級に強いと間違った情報が刻まれた。


『忍者……いっぱいいるので、あなたのことは、便宜上、ハットリさんと呼ばせて頂きますね』


ほら、忍者と言えばハットリ君だから。だんまりな忍者に勝手に名前を付けて話を進めようとしたところで、そのハットリ君が驚愕の表情を浮かべていることに気付く。


『こちらの情報は全てお見通し……と言うわけですか……』


忍者は観念したように、ため息をつく。

忍者の気配すら察知するデカい猫と蜘蛛の異常な戦闘力。

任務失敗時の仕込み毒を外され、舌を噛むことも先読みで防がれた。

19人の同じ格好をした忍者の中から、(かしら)の自分をピンポイントで選び、便宜上と言いながら名前まで言い当てる……完敗だ。


『何が……知りたい?』


皇国を裏切ることは出来ないが、ここまで力の差がついているならば、下手に抵抗することは得策ではない。殺すことも容易いはずなのに生け捕りにされたのだ、何か掴みたい情報があるのだろう。

タスク皇子を無事に皇国へ返す。これが我らの最優先任務。その為ならば取引もやむを得ない。


目の前の少女が、腰を落とし目線を合わせてからさっきから全く違和感のない完璧な皇国語で忍者の問いに答える。


『……お腹空いてませんか?』


『は?』


予想外の質問に思わず声がでる。


『勝手な想像なんですけど……王国には、ハットリさん達の存在は知られてないんですよね?交代でご飯食べるにしても言葉がわからないなら、買い物も出来ないでしょうし。盗んだり、残飯漁るって言っても20人分となるとバレちゃう危険性もあるし……』


食事はこの王国で活動する中で、頭を悩ませることの一つであった。

食糧難の祖国から持ってこれた食糧は少ない。既に底を尽きつつある。

タスク皇子は、留学生として王国へ留まるために先は長いというのに。


この少女……食糧をたてに脅迫するつもりだろうか?

我々は皇国の忍者だ。しかも精鋭中の精鋭、バカにされては困る。


『……腹が空いたくらいで動けなくなることはない。忍者たるもの……!』



ノックの後、ガチャっと部屋の扉が開く。


「失礼致します。あの、エマ様お食事の用意が出来ました」


カートに乗せた大きな鍋と大量のパンと共にマーサが部屋に入ってくる。

ふわり、とコーンクリームスープの優しい香りが漂う。


「コーンクリームスープ!!!」


エマの大好物だった。


「エマ様……?これは彼らの食事ですよ?」


くんくんと香りに釣られるように寄ってくるエマにマーサが注意する。

朝にあれだけ食べておいて、まだ食べるつもりですかと冷たい目でみられる。


マーサの目から、逃れるように再びハットリさんに向き合いにっこりと笑う。


『腹が減っては戦は出来ぬとも、言うでしょう?』


この少女は、皇国の格言まで網羅しているのかと忍者が目を見開く。

弱々しい、大きな傷の目立つ、当たっただけで飛んで行きそうなくらいの細い体躯の少女に、これ程翻弄されることになろうとは全く予想出来なかった。


「コーメイさん、寝てる忍者さん達も起こしてあげて?ご飯は()()()で食べないとね」


「にゃん♪」


エマに従ってコーメイさんが意識のない忍者の額辺りに肉球をむにゅうと押し付けて回る。


『……うっ』


『……な、に?』


『……むにゅう?』


次々に目を覚ましていく部下を目の当たりにしてハットリさんが、信じられないと呟く。


『生きて……いるのか?』


食事をするために、ハットリさんに絡まっている糸を取っていたウィリアムがうっかりその呟きに答える。


『生きてるに決まってるじゃないですか?流石に不法侵入だけで殺したりしませんよ』


『ウィリアム、皇国語で喋っていいのか?』


ハットリさんの隣の忍者の糸を取っていたゲオルグがわざわざ何故か皇国語で指摘する。


『いや……二人とも喋っちゃってるんだけど?』


『『あっ!』』


ハットリさん他、忍者達が驚きの視線をゲオルグとウィリアムに送っている。

せっかく今まで、バレているエマだけが皇国語で話していたのにぶち壊しである。この残念兄弟め。


『…………』


『とりあえず、食べましょう!』


やってしまったことは、仕方がない。にっこりとエマがスープをよそって、忍者の前に置いていく。使っていない部屋のために机や椅子はないので、少し行儀が悪いが床に置くのは許してもらう。

せめてもと、刺繍の授業で作ったランチョンマットを敷く。調子にのって150枚ほど作ってしまい、お菓子をくれる令息に配ってもまだたくさん余っていたので、マーサが気を利かせて持ってきてくれていた。



「エマ様?」


19人分のスープを配った後もエマの手は止まらない。

自分も食べる気満々である。


「兄様もウィリアムも食べる?」


「確かに小腹減ったような……」


「……見てると食べたくなりますよね」


朝から色々あったのでゲオルグもウィリアムも忍者の隣におとなしく座ってスープを待つ。

隣に座られた忍者はビクッと体を震わせるがお構いなしだ。


「ヨシュアは?」


「いっ頂きます!」


やや被せ気味に元気よくヨシュアが答え、勢いよく忍者の隣に座る。


「エマ様が僕に……スープを……よそってくれる……!まるで夫婦!新婚!神様……感謝、感激、雨、あ……ら……!」


なにやらぶつぶつ呟くヨシュアの前にエマのスープより先にマーサが忍者にも配っていたパンを置く。それはそれは可哀想な人を見る目で。

隣に座られた忍者も、ぶつぶつ呟くヨシュアを訝しげに見ている。言葉は通じなくても伝わるものはあるのである。


『では、皆さん。食べましょう!』


にっこりと手を合わせるエマを不安そうに、目覚めたばかりの忍者が見つめている。


『かっ(かしら)これは、一体どういう状況ですか?』


『何が起きているんですか?』


ずっと意識があり、直接エマと話をしたハットリですら訳がわからないのだ。部下達の不安も仕方のないことだ。

ちゃんとした食事など、皇国を出てから初めてだ。もし、これが毒だったとしたら?自白剤など入っていたら?


『毒なんて入ってないですよ?』


見透かしたようにエマが言って、誰よりも先にスープを口に運ぶ。


『ん~!美味しいっ』


一口では飽きたらずに、何度も口に運んでは満面の笑みを浮かべほっぺが落ちない様にスプーンを持っていない方の手で押さえる。


『我々も頂こう……』


エマの毒気を抜かれるような笑顔を前に、意を決してハットリは、皿を持ち上げる。


『かっ(かしら)ぁ!』


殺そうと思えば、あの巨大な猫や蜘蛛を使って既に殺されている。

欲しい情報と言っても、冷静に考えれば、鎖国の国、しかも皇国内ですら秘匿されている忍者という存在だけでなく、自分の名前まで向こうは知っているのだ。初めから敵う相手ではない。

この黄色い液体が、毒だとしても我らには食べる以外の選択肢はないだろう。


目の前の少女に倣い、匙のような物を使って黄色い液体を口に運ぶ。


『っっつ!!!』


ビクッっと体を痙攣させる(かしら)の姿を見て、部下の忍者達に緊張が走る。やはり、毒だったのかと。


部下の心配をよそにゴクンと液体を飲み下した頭は、ふーっと息を吐く。


『……うんまっ!なんだこれ?うんま!』


空腹を超えた空腹を抱えて尚、文句も言わずひたすら任務に没頭し続けていた忍者に優しい甘さが口に広がる。

暖かいそれを飲み込めばじんわりと、恐怖によって強張っていた体を解してくれる。濃厚なクリームが空の胃の腑に落ち、存在を主張する。


ふふふっと、小さく笑う声が聞こえ、正面を見ると少女の笑顔があった。


はっとそこでハットリは動きを止める。


何故、今まで気付かなかった?この少女の美しさに。

ハットリは自問する。皇国人は全て青色の髪と目を持っている。様々な色を持つ王国人はいつまでも見慣れず戸惑う毎日だった。

しかし、目の前の少女のなんと美しいことか……。


『ね?凄く美味しいでしょう?』


目を細め、ハットリに問い、首を傾げる少女を見た瞬間、トクンと鼓動が跳ねる。こんな気持ち、女房にすら持ったことがあっただろうか?


思春期の少年のように、顔を赤らめ言葉がでない代わりに静かにハットリはコクンと頷く。


『え?(かしら)?』


『大丈夫ですか?やっぱり毒が!?』


心配する部下になんとか大丈夫だと伝え、食事を促す。

毒ではないし、毒だったとしても食べる価値はあると思えるほど旨い汁だ。


旨い汁なのだが……それよりも……。


心臓の音が、体中から鳴っているのではないかと思うくらいに大きく響いている。


これ以上あの少女を、見てはいけない。


理性が警鐘を鳴らす。それなのに、忍者として生まれて初めて本能が……勝つ。


パクっとまた、少女が一口、スープを口にしたタイミングで目が合い、それに気付いた少女がハットリを見て、美味しいねーっとほっぺを押さえる。


かっかわいい!可愛さの限界突破!!至高!!!尊い!!!!


てっ!天……女……だ。


美しさと愛らしさを持ち合わせた天女だ。

心の中で、ハットリは確信する。




ハットリ・ハンゾウ



御年52歳。




しっかりと、エマのおっさんホイホイの有効範囲内にいた可哀想な男。

猫と蜘蛛による恐怖からくる吊り橋効果も相まって、サタンの地獄の底に堕ちた、数ある犠牲者の一人となってしまった。



よつんばいで、胸を押さえるハットリを少し離れたところでコーンクリームスープを、口からザーと流しながらゲオルグとウィリアムが見ていた。


「あれ?デジャブかな?さっきもあんな光景見た気がする……」


「姉様、なんか忍者に優しいと思ったら……よく見るとストイックな仕事人イケオジだよね、ハットリさん……」


「こえーよ、妹が。魔王より、こえーよ」


そんな兄弟の恐怖をよそにエマは空になった自分のスープ皿を持って鍋に向かう。


『おかわりいる人ー?』



『『『『はーい!』』』』



ハットリよりも年若い忍者達は、忍者達で、濃厚コーンクリームスープの味に感銘を受け、気付けばすっかり胃袋を握られていた。


エマをもってすれば、皇国のエリート忍者すら、容易く攻略出来るのである。


「あれ……姉様、無意識でやってますよね?」


「なんか……あほらしくなるよな?……父様に報告行ってくるわ……」


残ったスープを一気に流し込み、ゲオルグが立ち上がる。

結局、何も聞かぬ間に捕まえた忍者全員を味方に付けてしまった。



ここでまさかのホイホイ発動。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「スチュワート家と皇国 黄色い液体は甘露の味。」において >『毒なんて入ってないですよ?』 >見透かしたようにエマが言って、誰よりも先にスープを口に運ぶ。 >『ん~!美味しいっ』 …
[一言] なるほど、エマは猫のような奔放さと蜘蛛のような狡猾さで周りの人達を絡めとるんですね?コーメイさんとヴァイオレットはエマの側面を暗に描写していたと……(深読み
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