ホームセキュリティ。
誤字、脱字報告に感謝します。
「失礼致します」
不測の事態が起き、ゲオルグが応接間に両親へ報告するために入室する。
ウィリアムが覗いていた時から動いてないのか、目の前に外交官の土下座姿が横一列に並んでいる。
「ゲオルグくん!丁度良いところに!」
国王が両親よりも先に嬉々として声をかける。
すぐさま報告をしたいが、国王陛下を無視なんてできるわけがない。
「スチュワート伯爵がどうしても褒賞を受けようとしないのだ。君からも説得してくれないか?」
……何がどうなって褒賞の話になったのか、そもそも皇国のことはどうなったのだろう。
「いえ、陛下。褒賞など、戴くわけにはいきません」
褒賞なんて、スチュワート家にとって全く旨みがないことは、家族会議で確認済みだ。貰うとただただ、面倒なことが増えるだけなのだから。
「そこを何とか貰ってはくれないだろうか?」
……国王がしつこい。この話は前の夜会で終わったと思っていたのに。
「ほら、君たちだって命懸けでスライムを倒したのだから報われるべきだよ」
「陛下、以前、申し上げた通り、当たり前のことをしただけです。褒賞を戴くわけにはいきません」
……ずっとこの件を延々やっていたのだろうか?両親の顔が疲れている。国王の矛先が自分に変わって、少しホッとしているようにも見えなくはない。酷い。
可哀想な外交官の皆さん、一度土下座してから頭を上げるタイミングを失ってしまっている。足とか痺れてきてるのでは?
「そ、そうだ!エマちゃん!エマちゃんに痛い思いをさせてしまったから、おわび!おわびをしなくてはいけないね。相当痛そうだったから……うん爵位二階級上げよう!」
なんか、意地になっていないか、国王。隣のタスク皇子がずっと訳が判らず困っているぞ?
「……エマはもう、回復し……いえ、それなら後日、エマの方からその、おわびの返事をさせますのでよろしいでしょうか?」
エマには悪いが、あとで上手いこと断って貰おう。今は、それどころじゃないんだ。
やっと承諾が貰えたと満足そうな国王を横目に両親を見る。
「あの、お父様。少し、問題が……起きまして」
「どうしたの?」
もう、これ以上はキャパオーバーなんですけど、と声に出さなくても父の表情が雄弁に語っている。
「あー……我が家の…ねっ……セキュリティ?が少々アレでして……」
「セキュリティ!?」
両親共にきょとんとする。
うちの屋敷には、門番のエバンじいちゃんがいるだけで、用心棒なんて雇っていないし、前世の監視カメラとか通報システムとかはこの世界にはない。
「はい。うちのホームセキュリティの……ニャコム(猫)とヴァルソック(蜘蛛)が……」
「にゃっ!ニャコムとヴァルソック!!?」
ゲオルグがちらっとタスク皇子の様子を窺う。
無害そうな顔をしてやってくれたものである。
それは遡ること少し前、ヨシュアがエマの会心の一撃から何とか生還した頃、部屋の扉の外側からカリカリ音がする。
これは、コーメイさんなりのノックのようなもので、前足で扉を掻いている音だ。
「ニャッ!」
三兄弟も、ヨシュアもマーサも猫が廊下にいるのはまずい、と急いで扉へ向かう。
国王陛下が、屋敷に着く前に奥の部屋へ隠れてもらったはずなのに……勝手に出て来たのだろうか?
マーサが扉を開けた瞬間に小さく叫ぶ。
「ヒィッ!」
「どうしたの?マーサ?……うわっ」
「げっ!」
「あー……」
「……大変じゃないですか!エマ様!僕の後ろに隠れて!」
ウィリアム、ゲオルグ、エマ、ヨシュアの順で部屋を出て、各々が驚きの声をあげた。
そこには、得意気に一列に獲物をキレイに並べたコーメイさんが座っていた。エマに見せようと持ってきて並べてくれたようだ。
前世でも、時々、田中家のために、セミやゴキブリ、カマキリ、バッタと玄関に並べていたのを思い出した。
一家揃って狩りが下手なんだから、これを分けてあげるねとプレゼントのつもりなのだろう。
セミとかは羽しかない時もあったけれど……本体はどこへ……?と深く考えてはいけない案件も多々あった。
しかし、今回のプレゼントは、真っ黒なゴキブリではなく真っ黒な服を身に纏った人間が10人(数えましたとも)意識のない状態で並べられていた(生きてるよね?)
「こっ!コーメイさーん」
外交問題勃発だわ……ヨシュアもマーサも驚いているが、三兄弟はこの倒れている人間に心当たりがあった。三兄弟が膝から崩れ落ちる。
キレイに並んでいるコーメイさんからのプレゼントさん達は、全員が全員同じ格好で上から下まで真っ黒な服、顔も目以外は布に覆われ個人の特定が出来ないようになっている。
前世の日本人が、頭に思い浮かべるそのままの姿だ。
「何で、うちで『忍者』が並んで寝てる状況になるの?」
膝を床についたまま、ウィリアムが嘆く。昔の本物の忍者がこの格好だったかは知らないが、ザ・忍者そのものの姿だった。
「にゃ!」
コーメイさんが得意気にふんすっと鼻を鳴らしてエマに寄る。かわいい。かわいいけども……!
「どう考えても、皇国関係の方達だよね?」
日本ぽい=皇国の法則。
「え?皇国?」
「皇国人ですか?」
ゲオルグの言葉に、ヨシュアとマーサが遅れて事の重大さに気付く。
友好国として国交を結ばんとしている皇国人が、スチュワート家で転がっている事態に嫌な予感しかない。
ゴキブリの方が良かったなんて思うプレゼントは初めてだとゲオルグもウィリアムも頭をかかえる。
「にゃーにゃ、にゃん♪」
エマに頭を撫でてもらい、ご満悦のコーメイさんが報告する。
「え!?まだ、屋根裏に5匹いるの?」
「にゃーにゃん♪にゃん♪」
「屋根裏のは……ヴァイオレットがクモの巣で掴まえてくれてるんだ?」
「にゃん♪」
ん?ヴァイオレットは今日、虫小屋から出してないはずなんだけど……?うちの子達自由過ぎない?
コーメイさんの報告に相槌を打つエマにマーサが諦めた様に項垂れる。
「エマ様、猫と会話するのは、本当に屋敷の中だけにしてくださいね……。とりあえず、屋敷の男手を集めて来ます。エマ様の部屋の前なんて、万が一国王陛下に見られでもしたら大事になってしまいますから。空いた部屋に全員詰めときましょう」
使っていない部屋(注:使っていない部屋の方が多い)へ忍者達を運ぶ途中で、追加の忍者を咥えた、かんちゃんとチョーちゃんに出くわす。
「……忍者一体何人忍び込んでんの!?」
晩餐会でも、今日の訪問でもタスク皇子に付いている皇国人はいなかった。
まさか単身で王国へ来てはいないだろうとは思っていたが……見えなかっただけで忍者がうじゃうじゃ一緒に付いて回っていたのだろう。
「……この忍者、うちに来なければ誰にも見つかることなく王国で忍んで仕事完遂できたのに……」
気配には敏感な、レオナルドやゲオルグにも全く気付かれることなく屋敷内に侵入しているのだから相当な手練れであることは間違いない。
「多分、陛下も外交官も王城の誰一人として知らないんだろうな……」
出来れば知らないままでいたかったとウィリアムが空き部屋に寝かされた忍者を見ながらどうしたものかと考える。
マーサの機転で忍者を運ぶ男手は、パレスからついてきた信頼できる、エマが起こす騒動に慣れた使用人達だったのでスチュワート家から外部に漏れることは今のところは防げる。
しかし、おそらく皇国では、忍者は機密事項。隠密だもの。
それを知られたとあっては、スチュワート家が今後無事でいられるのか不安しかない。
「一人、二人ならどうとでも出来るけど、今、屋敷で見つけただけでも17人?ごはんとかどうしてるんだろう?皇国は食料難だし……」
揃いも揃って忍者たちは、ヨシュアでも運べるくらい軽く、痩せ細っていた。忍者だから身軽でないといけないとは思うが、17人分の食事を誰にも気付かれずに確保するのは難しそうだ。
ましてや、国家間の移動は100%船である。水も食料も貴重な環境では、忍者と言えども大変な思いをしているのではないだろうか?
「姉様……気になるのソコですか?」
ウィリアムの視線が冷たい。でも、お腹が空くのはとっても辛いのだから、心配するのは当然だ。
「エマ様は優しいですね」
会心の一撃を受けてヨシュアの色眼鏡もバージョンアップしている。
「マーサ、何か栄養があって消化に良さそうなものを厨房から頼んでもらえる?」
ごはん大事だから。
マーサが厨房へ行くのと入れ替わりで、リューちゃんが忍者を二人まとめて咥えて入ってきた。
「にゃん!にゃ、にゃーん!」
得意気な顔はコーメイさんそっくりである。ウィリアムにすり寄って頭を撫でろと頭突きしてくる。
「また、増えた……あとどんだけいるの?」
わりと強めの頭突きに耐えながらウィリアムが、リューちゃんを撫でる。うちの猫はかわいいだけじゃない。
「にゃん♪にゃーん!」
リューちゃんは満足そうな表情で大人しく撫でられウィリアムに答える。
「あと一匹だって。応接間の外交官の一人に変装してるって言ってるよ」
リューちゃんの言葉をエマが通訳する。
「あと一人……全部で20人か。しかも、応接間の外交官に変装……ってリューちゃんのあの二言でそんな意味になるの!?」
皇国語が話せるよりも、猫語が出来るのがまず、おかしくないか?
ゲオルグが妹の翻訳を疑っている。最近ではほぼ全会話を把握しているようにも見えるが、一貫して猫はにゃーにゃーとしか鳴いていない。
「猫語はフィーリングだから」
「「「「うにゃっ♪」」」」
屋根裏の忍者が、ヴァイオレットの糸でぐるぐる巻きの状態で部屋に運ばれる中、猫語講座が開かれるも誰にも理解出来なかった。
うちにもニャコムが欲しいと思っちゃう今日この頃。