二つの武器。
誤字、脱字報告に感謝致します。
マーサって真麻だったんだ!
王国では平民のマーサには、名字はない。
「あの……この記号ですが……何かわかりますか?」
三兄弟が食い入るように記号を見るのでマーサが心配そうに聞いてくる。
「マーサ、これ呪いの記号じゃなくて、皇国語の文字だよ」
「そうそう、皇国語で『おのまあさ』って読むの」
マーサを安心させるように、ゲオルグとウィリアムが漢字を指差して教える。
「ちょっちょっと待ってくださいよ!!!ゲオルグ様にウィリアム様まで皇国語が話せるのですか?しかも複雑過ぎて解読不可能と言われている皇国文字まで???」
ヨシュアが驚きの声を上げる。
「「あっ……」」
せっっかく今までエマだけで止めていたのに何やってんだろう……この兄弟。
しかも、文字まで読めるって自分から言っちゃってるし。まあ、カイロと腹巻きの時点で聞き取っちゃったから誤魔化せないか。
「……『おのまあさ』とは一体どういう意味なのでしょう?」
気まずい雰囲気が漂うなか、おずおずとマーサが尋ねる。マーサも何が何だかわからない内に騒ぎの中心になってしまい戸惑っている。
「これは、マーサの名前を皇国文字で書いてあるんだよ。『おの』は家名だから……ん?」
あれ…そう言えば……マーサのじい様って……?
「マーサって一家でスチュワート家に住み込みで働いてるんだっけ?」
「はい、旦那もパレスの屋敷の使用人でしたし、父も母も早くに亡くなりましたが、ずっとスチュワート家でお世話になっておりました」
マーサの旦那は御者をしており、今はパレスと王都を行ったり来たりでロートシルト商会とパレスの絹を運ぶ仕事をしている。前世で言う長距離トラックの運転手である。
そして、パレスの使用人なんて皆家族だと認識していたので、失念していたがマーサのじい様は、庭師のイモコだ。よく珍しい虫を見つけてはエマに持ってきてくれる優しいおじいちゃん。
今思えば、お茶会で植物に詳しい令息が、スチュワート家の庭は東の植物が多いなんて言ってたような……?
高齢のために王都行きは断念したが、イモコはパレスの屋敷の庭を今も手入れしてくれている。
「……マーサのじい様って……庭師のイモコおじいちゃんだよね?」
一応、マーサに確認をするとコクリと頷く。ゲオルグもウィリアムも同じ様に失念していたらしくはっと顔を上げる。
「「なら、イモコおじいちゃんが皇国人?……え?名字……小野ってイモコって『小野妹子』!?」」
前世の歴史上の人物の名前が浮上する。武田信玄よりも更に更に昔の年代になってしまうのであのスマホゲームとの関係は微妙だ。
「イモコがなんです?」
ヨシュアが全くついていけないと困っている。
「『小野妹子』っていったら『遣唐使』じゃん!」
歴史に疎い航ことゲオルグでも知っている。
お兄ちゃん……小野妹子は遣唐使じゃなくて遣隋使だけどね。相変わらずボケてんな……。
「名前からしても、イモコおじいちゃんが皇国人の可能性あり、だね」
小野って名字付かないとイモコが日本名って気付けなかったのは仕方無い。王国語だとちょっと発音違ってくるし、昔の人の名前だし、マルコ・ポーロだってマルコだし。
「でも、イモコおじいちゃんが皇国人なら私達が皇国語話せてる理由が後付けできるね」
まさか、こんな上手い話があるとは……イモコおじいちゃんに教えてもらったことにしよう。よし、一件落着!っとアイスティーを飲んでふぅと落ち着く。
が、当たり前だがヨシュアは納得していない。
「あの?後付けって実際の所、なんでエマ様達は話せるのですか?それに、イモコおじいちゃん?に習ったと言ったとしても、王国人の脳は皇国語が理解できないと立証されているので無理があるのでは?」
前世の記憶が家族全員あって、皇国語は前世の日本語と同じだから話せるんです……なんて言って信じてもらえるだろうか?いやいや、今でもわりと変人扱いされているのにこれ以上変な目で見られるわけにはいかない。
「皇国語……めっちゃ頑張ったら話せちゃったの」
もう、これで通そう。嘘やら言い訳やらアリバイ工作やら全部、複雑にするとボロが出るのだ。特にうちの家族は。もう、シンプルに頑張った。こうしよう。
「ヨシュアは、信じてくれる?」
こんなのでは納得してなさそうなヨシュアが口を開く前に先手を打つ。
背に腹は代えられない。あれを使う時がきた。
隣に座っているヨシュアをじっと見つめ、軽く握った手を顎の下に当てて、不安そうな笑顔と上目遣いで首を少しだけ傾ける。ローズ様直伝、困った時は笑って誤魔化せポーズだ。
港的には少しあざとくないかと心配になってローズ様に確認したのだが、10代なら100%イケるとお墨付きを貰ったので信じるしかない。
「……っつ……っっっっ天使!!!」
ガタンっと顔が真っ赤に茹で上がったヨシュアが心臓を押さえたまま椅子から落ちる。
「……かっ……かわいい……かわいい……何っ?今のっ天使?あっあんなかわいいっ天使??天界にすらいないはず……唯一、唯一の天使……」
床に四つん這いになって心臓を押さえぶつぶつと呟いている。
流石、ローズ様直伝ポーズ……ヨシュアの意識が完全に皇国語から逸れている。ここまでの効果があるなんて、やっぱりローズ様は凄いな!
エマはあらためてローズへの忠誠を心の中で誓う。
椅子から落ちたヨシュアに生ぬるい視線を送るゲオルグとウィリアム、そしてマーサ。三人そろってため息をつく。
「誰です?エマ様に小細工教えたの?」
ヨシュアのダメージがいつもより大きい。
計算され尽くしたポーズ、完璧な上目遣い、不安げに見つめる緑色の瞳……ヒルダ様にマナーで美しい所作の指導をしてもらっているのは知っているが、アレは、断じて違う。もっと別の方向のプロの技を感じる。
「……俺には全く天使に見えないんだけどな……どっちかと言うと悪魔だろ?」
「いえ、もう、サタンですよ。魔王ですよ?サイコパスですよ?」
ゲオルグとウィリアムの生ぬるい視線が憐れみに変わる。ヨシュアはもう、救えない。完全に堕ちている。サタンのいる地獄の底にまっ逆さまだ。
ヒルダの作法、ローズの処世術。
両極端の二人から直接指導を受けたがためにエマの無双に更なる武器が装備されつつあることにエマ本人は気付かないままであった。