スチュワート家の応接間。
誤字、脱字報告に感謝致します。
とにかく、屋敷の門前で国王陛下を長々と待たせる訳にもいかないので、使用人に命じ応接間に案内させた。
トラブルメーカーのエマは体調がまだ良くならない事にして、レオナルドとメルサの2人が国王を臣下の礼と共に迎えた。
ところでこの応接間、屋敷を買った時に付いてきた家具や美術品の中でも高そうな物をかき集められた物置部屋でもある。
豪邸だけに充分な広さもあり、王城にすら負けない良さげな調度品が溢れているので普段は掃除以外に誰も近づかない。
大枚はたいて買ったこの王都の屋敷も応接間以外はパレスの屋敷同様にシンプルな内装に様変わりしている。
貧乏暮らしの長かった家族が少しでも落ち着ける空間をと、要らないもの(高級品)や心臓に悪いもの(高級品)を普段使わない応接間へと詰め込んだのだ。
結果的に豪華絢爛になってしまった応接間に、国王陛下と皇国のタスク皇子が物置の置物扱いされていた超高級ソファーに座っている。
その後ろにオリヴァー含む外交官が10人程、脂汗を浮かべ立ったまま控えている。
応接間に置かれたソファーには全て汚れない様にと、レオナルドお手製の刺繍が細かく入ったカバーを掛けてあるが、当然の如くエマシルクだ。
スチュワート一家は失念しているが、数々の調度品よりも、エマシルクのカバーの方が遥かに高い価値がある。
国王ですら一瞬、座るのを躊躇ったし、外交官は座る勇気すらなかった。
テーブルクロスはエマシルクの緻密な模様の総レース(レオナルド作、製作所要時間25分)で、出された紅茶にも手をつける事が出来ない。
数々の外交を経験してきた外交官だが、これ程緊張を強いられる応接間は初めてだと語ったという。
こちらはこちらで、臣下の礼を解かれたあと、タスク皇子を紹介され、誤魔化すことの難易度が爆上がりしたことにレオナルドは焦っていた。
よく分からない外国なのだから適当にすれば案外、なんとかなると軽く考えていたのに、まさかの現地人登場である。
既にレオナルドには上手く誤魔化す自信がない。
頼みの綱であったメルサはオリヴァーを見た瞬間から不機嫌になった。本当に昔から仲が悪いのだ。
「先触れもなく、急な訪問で驚いたであろう?私一人で来られればよかったが、そうもいかなくてな」
重々しい空気の中、国王陛下が口を開く。
昨夜、自分の仕出かしたことでエマが倒れたと聞いて申し訳ないやら、心配やらで居ても立ってもいられず、公務の大半を2人の王子に押し付けて城を出ようとしたところを皇子と外交官に見つかってしまったのだ。
「陛下、一言来いと命じて下されば直ぐにでも王城へ馳せ参じましたのに……」
何故?国王が動くのだ?クーデターの時も然り、困ったものだ。
「いや、王城で秘密の話をすることは難しいからね。エマちゃんの体調はどうかな?」
国王の心配そうな表情を心苦しく思いながらも、今さら超元気だと言う訳にも行かずレオナルドも答える。
「はい。朝には意識が戻りまして、一安心したところです。フルッ!……フルーツ?をすっ少しだけ口にして、今は自室で安静にさせています」
嘘が下手なレオナルドは必死である。
危うくフルコース並の量の朝ごはんを平らげたと言ってしまう寸前で、隣のメルサがレオナルドの足を踏んで気付かせる。
「エマちゃんの傷については報告を受けていたにもかかわらず、思いっきり握ってしまったからね。本当に申し訳ないことを……」
「陛下、王族は簡単に謝ってはなりません。そんな事よりも本題に移って下さい」
国王が頭を下げる前に、後ろで立っているオリヴァーが注意する。
「オリヴァー?何を言っている?今日はエマちゃんに謝りに来たんだ。王族であろうとも過ちを犯せば謝罪は必要だ。王城ではお前のように言う者が多いからスチュワート家に足を運んだというのに……」
やっぱり連れて来なければ良かったと国王がため息をつく。
「陛下、エマはもともと内気な大人しい性格ですし、高位貴族の多い晩餐会で緊張したのでしょう。少しびっくりしただけなので、お気になさいませんように」
国王陛下に頭を下げられては申し訳なさすぎるとレオナルドも慌てて謝罪はいらないと申し出る。
「ああ昨日は、エドワードとタスク皇子と四大公爵家のテーブルにいたから気後れさせてしまったのかもしれないね。サリヴァン公爵の連れ扱いだったからエマちゃんは」
「……陛下、そんな話より本題を……」
「まあ、そうだったのですか?私共もあまり詳しい話は聞けておりませんので、その様な格式高い席でエマは粗相致しませんでしたでしょうか?」
オリヴァーの言葉を打ち消すようにメルサが国王に尋ねる。多分、偶然ではなくわざとだ。
「エマちゃんは、気後れする事なんてないくらい完璧な所作だったよ。品のあるドレスに美しい礼は晩餐会で評判だったからね」
思い出したのか、にっこりと国王が笑ってエマを褒める。
その表情でメルサは娘のおじさんホイホイっぷりは、この世界でも健在なのだと確信する。我が娘ながら恐ろしい。
「っ陛下!何故!エマ・スチュワートが皇国語を話せるのか、これが本題です!王国の未来に関わる重大な事なのです!そんなどうでも良い話は後でして下さい!」
焦れたオリヴァーが声を荒げる。
せっかく和やかな雰囲気になっていたのに、空気の読めない男である。
メルサは誰もが恐れるマナーの鬼そっくりのため息をついた後でオリヴァーを見据えて質問する。
「逆に、お聞かせ願えますかしら?何故?貴殿方は外交官の癖に皇国語を話せないのですか?言葉は外交の要。職務怠慢ではなくて?」
偉そうだが実際、誰も話せないからスチュワート家まで来ているのだろうし、言葉が通じなくても、国交を結びたいと思えるほど皇国が王国にとって重要な国でもあるのだろう。
しかし、オリヴァーの手前何も知らないから教えてなんて、口が裂けても言えないメルサは挑発して情報を引き出そうと試みる。
「皇国語は王国だけでなく殆んどの国が言葉を聞き取れないのは周知の事実だ!別次元の発音、文法……文章に至っては古代文字よりも解読できない。職務怠慢では断じてない!」
面白いようにオリヴァーが説明してくれる。
日本語は確かにこことは違う世界で使われていた言葉だし、何故そこまで難しく感じるのかはわからないが、そんな事も在るのかもしれない。
「これまで皇国は、国内で生活が成り立っていたので、外交はしてきませんでした。皇国人が外国語を勉強する必要もなく、旅行で訪れるバリトゥ語が話せる者が少しいるくらいなのです。皇国は今、食糧不足に悩んでおります。どうか、エマさんにご助力しては貰えないでしょうか?」
それまで黙っていたタスク皇子が、自国の窮状に王国に支援を求めていること、自分一人では外交も話し合いも限界があり、エマに手伝いを頼みたいと慣れない王国語で一生懸命に伝える。
「国に務めるのは国民の義務。ましてや貴族階級の者は断る権利なぞありません。皇国の皇子ともあろうお方が何をそんな下手にお話になられるのですか?たかだか伯爵家の娘一人くらい好きなようにお使い下さい」
オリヴァーが皇子に媚び、勝手にスチュワート家の意見も聞かずにエマを差し出す発言をする。スチュワート家は協力するとも言ってないし、外交官側はお願いする立場にあるはずだ。それなのにここまで偉そうにしているのは王国のためという大義名分があるからだろう。
オリヴァーの頼んでいる側とも思えない態度でメルサの怒りが最高潮に達する。
「我がスチュワート家は、辺境の地にて王国全体の魔物出現地域の半分以上を守っております。更に、養蚕業に従事し莫大な税も納めております。この上、体の弱い、内気な性格の娘を外交の道具に差し出せと仰るのですか?……別に、良いのですよ?王国以外の国に引っ越ししても。まあ、その時は……ロートシルト商会も一緒に出ることになるでしょうけど」
サーと国王と外交官全員の血の気が下がる。
今の王国にスチュワート家を除いて広大な魔物出現地域を任せられる貴族も狩人も存在しない。
スチュワート家の納める税金は国家予算の主軸となっており、これが失くなるとあってはガチに国が滅びる。
そして、ロートシルト商会。王国全ての流通、貿易を牛耳って、酸いも甘いも経験した従業員が円滑に利益を上げ、王国の商業の要となっている。
そもそも、パレスの質の良い絹が手に入らなくなったとあっては、嫁や娘に叱られてしまう。
「「「「っす!っすいませんでしたーーーーー!!!」」」」
一斉に外交官が土下座し、国王も頭を下げる。
なんで?なんでここまで王国の保安と経済を握っておきながら伯爵位なんだと外交官達が混乱する。
「ああああっ国王陛下までっ頭を上げて下さい」
レオナルドが焦った様にワタワタする。
メルサを怒らせると恐いのだ。オリヴァーも学園時代から散々怒られてきた割に学習しないのだから困ったものだ。
「いや、やはり、スチュワート家の王国への貢献を考えればもっと高い爵位を……」
頭を上げた国王が前回断られた褒賞の話を蒸し返し始める。
「いえ、陛下。それについてはお受け出来ません!!本当に今のままで充分ですので!」
体格の良いレオナルドが更にワタワタおろおろと事態の収束をはかろうと頑張る。体はデカいが本来平和主義のために強くも出られない。
「やはり、ここは……うちのエドワードとエマちゃんの婚約を……」
「エマは嫁にはやらん!!!!!」
それまでおろおろしていたレオナルドが国王が言い終わらないうちに被せ気味に立ち上がって叫ぶ。
殺気を含んだ目で国王を見下ろし、人ってこんな低い声でるのかという声で、大事なことなので二回言う。
「エマは、嫁にはやりませんよ?たとえ王命であろうとも絶対に」
数々の魔物を葬ってきたレオナルドの殺気は、戦闘とは無縁の外交官達には耐えられるものではなかった。
土下座姿のまま、ガクガクと震え動けなくなっている。
自然と両目から涙が溢れ止めることも出来ない。
ポタポタと応接間の敷物に涙が落ちるものの、染み込むことなく水滴の粒となって真っ白な敷物の上を飾り始めている。
あまりの恐怖の中、それでも外交官達は気付いてしまう。
この、広い応接間一面に敷かれている敷物……真っ白でふかふかモフモフ……この手触り、水を弾く毛並み……王都で大人気で希少価値の高い一角うさぎの毛皮だ……!
去年嫁や娘にコートをねだられた時に、値段を見てふざけるなと叫んだあの一角うさぎの……敷物?
一面……一角……うさぎ……だ……と……!?
もう、早く、何が何でも応接間から出たい。
外交官達の気持ちは一つになっていたが、恐怖で全く体は動いてくれないのであった。
どうしよう……全然、話進んでない(苦笑)