第四回田中家家族会議。
「………で、エマは何で爆睡してたの?」
翌朝、スッキリ爽快に起きて朝食を二回おかわりした後に、人払いをしたエマの部屋で田中家家族会議が開かれた。
「お母様、王城のベッド……すんごいふかふかで、まるで雲の上に寝ているような最高の寝心地でしたの」
メルサの質問に怒られる気配を察したエマが仕方のない事だったと訴える。
「姉様、晩餐会の前の夜は自分のドレスが完成した後、遅くまで刺繍の授業で仲良くなった令嬢のドレスのデザインを描きまくってましたもんね」
「……エマ?」
ウィリアムがエマの書斎机から大量のデザイン画を発掘しながら母にチクる。視線が痛い。
「お、お母様、あの、皆様ほんとうに仲良くして下さるし、お世話になっているんですの。何よりそれぞれ別の魅力を持っているのでデザインを考えるのが楽しくて、楽しくて……つい……」
ずっとずーっと礼儀作法に時間を取られ、やりたいことが出来ずにいたストレスが爆発したのだ。
ハロルドが描いてくれた自分のドレスを見て、この染料はイケると確信してからは、次々とドレスのアイデアが浮かび無我夢中でデザインを描きなぐってしまい、気付いたら朝になっていた。
「あっでもこれ、すげーマリオン様に似合いそうだな?」
ゲオルグが一枚のデザイン画を手に取り家族に見せる。
黒地のワンショルダードレスで肩に大きな花の飾りがあり、そこから流れる様にビーズと刺繍が施されている。
「これは、今までの黒地のドレスだと映えにくかった色を刺繍糸にって思ってるんだけど、あのインクで刺繍糸を染めたら生地に負けずに色が出せそうな気がするの」
「この肩の花は、ブーケみたいに本物に近い造花をインクで刺繍糸と同じ色に染めたら一体感出そう……」
「お兄様!ナイスアイデア!それ頂きます!」
「刺繍の花も本物っぽく刺して……ビーズは大きいものよりは小さいのを沢山散りばめる方が綺麗かもね」
「そうなんですお父様、でもビーズを小さくすると黒地のドレスでは目立たなくなりそうなんですよね」
「では、いっその事、ビーズもインクで色をつけてはどうです?色のコントロールが出来ればグラデーションに配置することでより一体感と華やかさが出るのでは?」
「ナイス!ウィリアム!今後の使い方によって、ハロルドさんに光沢のある色を出せないか相談してみるのもいいかもね」
「では、エマと私はドレスの黒い生地選びと仕立てを、ゲオルグは花の飾り、レオナルドは刺繍、ウィリアムはビーズ担当ね」
「「「「了解」」」」
「では次に、この双子コーディネートのデザインを詰めて行きましょ……う……!?」
「「「「はっ!!」」」」
本題を忘れ、家族全員がエマのドレスのデザインの話に盛り上がる。
盛大な脱線事故を起こしていた。
誰もが楽しい事に無意識に現実逃避?を図っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あー。エマ?いつから皇国?語を話せるようになったんだい?」
一瞬、このままドレスのデザインの話を続けようか悩んだが、昨夜の状況を放って置ける筈もなく、レオナルドが軌道修正する。
はううっとため息をついて、観念したようにエマが答える。
「皇国語……なんですが、私が聞く限りでは、日本語でした。晩餐会で出された皇国料理は和食みたいで、だし巻き玉子しか食べられませんでしたが……昆布だしがきいてておいしかったです」
ぽわんと久しぶりのだし巻き玉子の味を思い出す。皇国語が日本語だった事よりもだし巻き玉子の印象の方が強く残っている。
「え!?じゃあ、もしかして、米も?米もあるの?」
「醤油は?」
「みっ味噌汁のみたい!」
ゲオルグ、メルサ、ウィリアムが和食と聞いて身を乗り出す。
「先付けだけしか見てないので、米と醤油はわかりませんが味噌はありましたよ」
茄子の田楽……食べたかった……っと少し悲しい気持ちになる。
「味噌汁!イエーイ!」
懐かしの味噌にゲオルグとウィリアムがハイタッチして喜ぶ。
「味噌があれば、味噌汁だけでなく鯖の味噌煮も味噌煮込みうどんも肉味噌炒めも作れるわね」
メルサも前世、得意だった料理をリストアップし始める。
「あー食べたい!鯖味噌食べ……た……い?…………!?」
「「「「はっ!!!」」」」
転生してから諦めていた前世の料理が食べられるかもしれない、本題より遥かに魅力的な話題にまたまた飛び付いてしまった。
家族全員の本能が、面倒だろう本題から逃げようとしている。
「……あー、その皇国?語?話したからってなんで騒ぎが起きるのですか?」
鯖味噌に心引かれながらウィリアムが、残念そうに軌道修正する。
皇国との国交は始まったばかりで家族の誰もがその存在を知らない。
「皇国の皇子曰く、王国人は皇国語が出来ない?らしいのです」
エマの手を握り、興奮した様子で話す皇子を思い出す。
人目のある晩餐会であそこまで喜びを隠せないなんてよっぽど王国人は皇国語が出来ないのだ。
「そうそう、エマを迎えに行った時も外交官が話を聞きたいって集まって来て危うく帰れなくなるとこだったんだよ?お義母様が、間に入ってくれて助かったよ」
レオナルドがにっこりと外交官との騒ぎの話をする。
「おっお父様!?私が気持ち良く寝ている間に外交官にケンカ売ったんですか?」
初めて知らされる事実にエマは驚く。
いつも騒ぎを起こすなと言われているのに、これでは油を注ぎまくって爆発寸前じゃないか、こうなると確実に怒られると首をすくめて母を見ると、最恐に怒った時にだけ額に現れる青筋が2本も並んで浮き出ていた。
「おっお母様!ごっごめんな…………さ……」
「…………外交官?オリヴァー・デフロス?」
とにかく早めに謝ってしまおうと口を開いたエマの声を遮るようにメルサが呟く。
「ああ、お義母様がそう呼んでいたよ?知り合いかい?」
一番、面倒な男の名をヒルダが呼んだのを覚えていた。年頃はレオナルドと同じくらいで、神経質そうな男だった。
「あのくそやろう!外交官になってたのね!」
ダンっと机を叩き、メルサがメルサと思えないような悪態を吐く。
「お、おかあさま?」
「めるさ?」
最恐の青筋を立てて笑うメルサは、はっきり言って超恐かった。
「あいつは、私が学園に通っていた頃に何かと女は勉強なんか必要ないとか女の癖に男を立てないだとか、教師に色目を使って良い成績を取っているだとか……あー思い出しただけで腹が立つ!!」
「ああ!いたねそんな奴!!メルサの魅力が全くわからない可哀想な奴が!」
どうやら二人の学園時代の知り合いらしい。レオナルドは顔を合わせても忘れていたようだったが。
「うちの可愛いエマが体調が悪く、意識もない状態だというのに、自分の話を優先させようとするなんて、相変わらず礼儀がなってない!!」
一つ思い出すと次々と思い出が浮かんで来るのか、メルサの怒りは収まらない。
「あ、お、お母様、私はあの?元気ですが?」
エマの言葉は、メルサに全く届かない。
「これは、スチュワート伯爵家として……いえ、お母様にも協力してもらってサリヴァン公爵家からも直々に抗議しなくては!!」
「お、お母様?……私?元気だよ?」
どうしよう。
いつも、いつも騒ぎを起こすな、大人しく、目立つなと言い聞かせてくる筈のメルサが既に油を注ぎまくった火にダイナマイトを投げ入れようとしている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんとも言えない空気の中、人払いをしたはずのエマの部屋へ忙しなく足音が近づいて、コンコンとノックされる。
「この部屋には暫く人を寄せないでと言った筈なんだけど?」
レオナルドが扉を開け、使用人を迎える。
「申し訳ございません!あの、こっこここここっこ国王陛下がお見えです!」
使用人は息を切らして、青い顔で衝撃的な報告をする。
「今……なんて?」
国王は、おいそれと伯爵家に遊びに来れる身分ではない。
聞き間違いに違いないとレオナルドが尋ねる。
「国王陛下が、や、屋敷の門前に、中に入れて欲しいと!」
使用人がもう一度、わかり易いようにレオナルドに伝える。
何がどうなってこうなった!?
ダイナマイトを投げ入れる直前に、後ろで火山が噴火していたくらいの衝撃である。
エマの晩餐会の騒ぎは、どこまで大きくなるのか……。
大して実のある話をしないまま、田中家家族会議は国王の来訪によってお開きとなってしまうのだった。
一番可哀想なのは、国王陛下の来訪に震え上がりつつも、頑張って仕事してる門番のエバンじいちゃんだったりする。