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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
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王子の我が儘と皇国語。

(注)エマは元気です。

大丈夫と言い張るエマをベッドに寝かせ、そっと汗を拭っている間にすぐに、こてんと眠ってしまった。

相当無理をしていたのだと思うと心が苦しい。

こんなに、こんなに大事にしたいのに、エマはいつも大変な目に遭ってしまう。

周りを気遣い、安心させようと笑顔を絶やさずに我慢する彼女にもっと頼って欲しいと思うのは自分の我が儘だろうか。


今は王城が少しゴタゴタしているために、学園では授業を受けるだけであまり時間が取れない。

それでもこの2週間、エマが徐々に調子を崩しているのが見てとれた。休み時間にはくったりと机に伏せて休んでいることすらあった。


声をかければ、いつもの笑顔で大丈夫と応えるエマに、それ以上その時は追求をしなかったが、今日は誤魔化されてやれるほど大丈夫そうには見えなかった。


突如、皇国語をエマが話した時、あまりの驚きで動くことが出来なかった。



王国民は、皇国語を理解出来ない。



発音も、文法も、文字も、まるで異世界の言葉で、耳が、目が、頭がそれを認識する器官を持ち合わせてないとさえ言われている。

辛うじて、単語が聞き取れることもあるがそれを記憶し続けることも難しい。


それは、王国に限られたことではなく、多くの国は皇国とコミュニケーションが取れずにいた。


皇国は、長らくほぼ鎖国状態だったが、昨年の天候不良により、食物の自給が難しくなった。

数少ない皇国とのコミュニケーションができるバリトゥと呼ばれる島国を介して王国に支援の要請が来たのが数ヶ月前のこと。

王国は広い土地と歴代の魔法使いの恩恵のお陰で資源が豊富なために、白羽の矢が立ったのかもしれない。


謎多き皇国との国交は反対する者も少なからずいたが、国王が独断で面白そうだからと決めてしまった。

第一に問題となったのが、やはり言葉の壁で、間に入ったバリトゥは、王国から遠く、のんびりとした国民性で思ったように話が進まない。


その間にも、備蓄した食糧は減っていくために焦れたのは皇国の方であった。


皇国の皇族は、その血筋を以て国民から神のような存在だと言われている。

その神である皇子が、自ら王国語を覚え、交渉を行うために留学と称して王国に滞在することでなんとか国交を繋ぐことが出来た。


そんな苦労を経てやっとのことで開かれた今日の晩餐会で、エマが皇国語を話したと皇子や国王が興奮するのも仕方のないことだろう。


しかし、戸惑うエマに更に国王が詰め寄った時、一瞬エマの身体が硬直したように見えた。

国王が掴んでいる場所を見て、やっと驚きのショックが解け、正気に戻り国王を引き離したが、遅すぎた事に気付く。


にっこりと笑った顔が、上手くつくれていない。

大丈夫と言う声も震えている。

額に汗が浮き、今にも倒れそうだ。


王国として、何故エマが皇国語を話せるのか、把握することは急務である。

皇国語がどこまで理解できるのか、文字の読み書きは可能か、王国語に訳すのにどれだけの時間を要するのか、国王や事情を知る貴族には喉から手が出る程の情報だ。

国の利益に関わる問題でもあり、他国にも存在が知れればきっと狙われてしまうだろう。


だけど……。


そんな事より、目の前のエマが辛そうにしていることが耐えられなかった。

そんな姿を誰にも見せたくなかった。


…………これも自分の我が儘なのだ。





コンコンと控え目なノックがされ、先ほどのメイドが部屋に入って来る。


「あの、エマ様に着替えを……私の寝衣で申し訳ないのですがよろしければお使い下さい。ドレスのままでは苦しいかと……」


おずおずとヒルダに寝衣をメイドが渡す。

頼んでもいない完全な善意の行動で、普通メイドはここまで世話を焼かないものだ。


エマを着替えさせる間、部屋を出る。


エマは、メイドだろうと王子であろうとも基本的に態度を変えない。

礼儀で呼び方や礼は違うものの、王子だからといって仰々しく畏まらないし、メイドだからといって下に見たりしない。

どちらも人として敬意を以て相対し、分け隔てなく優しく気遣うのだ。


だから、皆に好かれる。


着替えが終わり、再び部屋に入ってもエマは眠ったままだった。

ヒルダも心配そうに手を握っている。


「着替えさせても意識は、戻りませんでした。この子は一体どれだけ無理をしていたのか……」


エマを診た医者も、少し困惑気味に話していた。


「傷跡自体は完全にふさがっていますし、問題ないかと……。しかし、かなり深い傷だったので体内に何か影響が残っているのかもしれません。とにかく今は、無理をさせずに安静にするしかないでしょう」


医者ですら推測しか出来ない傷。

誰にも気付かせない様に一人で耐えていたのだろうか?




暫くすると、レオナルドが王城までエマを迎えに来た。


「レオナルド、申し訳ありません。私が付いていながらエマがこんな事に……」


ヒルダがレオナルドに事情を説明し、謝る。


「お義母様、エマなら大丈夫ですよ。うちの猫が騒いで無かったですし、取り敢えず連れて帰りますね」


「…………猫?え?ねこ?」


エマ……とレオナルドが声をかけるがエマに反応はない。

見る限り物凄く気持ち良さそうに爆睡している。起こすこともできるが可哀想なので抱き上げ、持ってきていたブランケットでくるんでやる。


「それでは、殿下もお義母様もエマがお世話かけまして申し訳ございませんでした」


失礼します……と部屋を出ようとするレオナルドに王子が慌てて、付いて行くが扉を開けたところで、足が止まる。

十数人の男達が立ち塞がって進路を邪魔していた。


「スチュワート伯爵、少しエマ・スチュワートについてお話があります」


一番前にいた神経質そうな男がレオナルドに抱かれたエマを横目に見ながら話しかける。


「今?取り込み中なんですけど……」


困ったようにレオナルドが答えるが、男は引き下がらない。


「これは、王国にとって重大な問題です。早急に事態を把握しなければなりません」


だんっと男達が一歩前に出て圧力をかける。


「早く娘を家に連れて帰って休ませてやりたいのだが、明日ではいけませんか?」


圧力に全く屈せずにレオナルドがにこやかに言う。

そもそも男達より頭一つ分、背が高く狩人として魔物と対峙して来た鍛え上げた肉体を持つレオナルドの方が、物理的に強い。

人数があと2倍増えたとしても、結果は同じなのではと思うほどだ。


「お前たち、何をしている!さっさとそこを退るんだ」


後ろにいた王子が顔を出して男達を一喝する。


「殿下、これは、国の外交の根幹を揺るがす事。色恋が優先される場ではありません。とにかく、我々外交官にお任せください」


ふんっと鼻で笑い、外交官だという男が王子の制止すら意に介さぬ態度でまた一歩前に進む。

エマが皇国語を話す様子を見ていた外交を務める貴族が慌てて集まって来たようだ。


「これはこれは、オリヴァー・デフロス外交官。なんと無礼な!王国の第二王子に対する言葉としては、些か礼儀に反するのでは?」


ヒルダが後ろから加勢する。


「ひぃっヒルダ・サリヴァン公爵!……何を言われようとも我々は職務を全う致します!」


マナーの鬼と恐れられるヒルダに一瞬怯むが、外交官は国のためという大義名分を使い、引き下がらない。


「はっ面白い。エマはまだ13歳の女の子ですよ?意識もなく、苦しそうにしているのに何故国のために務める必要があるのです?そもそも外交官たる貴殿方が誰一人として皇国語が出来ない尻拭いをうちの孫に押し付けるおつもり?」


気持ち良く爆睡しているだけとは、今のところレオナルド以外知る由もない。


「なっなにを!?我々は、王国の為に動いているのです!これ以上は、サリヴァン公爵と言えども……!」


必死に言葉を重ねる外交官の口を止めたのは、ヒルダの大きな、大きなため息だった。マナーを習う令嬢が震え上がる、国王ですら一瞬どきっとして動きを止める、マナーの鬼のため息だ。


「オリヴァー、それに後ろは、コナーにロビンソン、ブラン、メイソン、クリステン、モリスン、オースチンに………。はぁ……親である貴殿方がこれ程までに礼儀がなっていないなら、そのご令嬢のマナーも期待できませんわね?そろそろ……婚約者を探すお年頃と伺っておりましたが……?今度のお茶会の話題になりそうです」


「なっ脅すのか!!?」


マナーの鬼に睨まれた令嬢に、嫁ぎ先はない。


「国を盾にして脅しているのは貴殿方でしょう。私はただ個人的にマナーの悪いご家庭を把握したに過ぎませんが?」


「「「ひぃっ!」」」


「「「もっ申し訳ございませんでしたぁー!!」」」


バラバラと先頭にいた男以外が去っていく。


「おっお前たち!逃げるな!おい!」


一人になった外交官は、それでも扉の前に陣取りレオナルドを睨む。


「残念ですが、王国よりも私にとっては娘の方が比べるまでもなく大切なのです。この行動で罰せられるなら幾らでも罰してもらって結構です」


上から見下ろすように、にっこりとレオナルドが笑いかけると外交官はビクッと体を震わす。そのまま、気圧されトンっと尻餅をつく。

笑ってはいるが、ピリピリとした空気が周囲を包んでいた。


「わかって頂けたなら、ありがたい」


尻餅をついた事により、塞がれていた扉の前が開け、レオナルドは部屋を出て、王子とヒルダに一礼し王城をあとにした。






レオナルドが迎えに来たことで、騒ぎがまた一つ大きくなってしまったことをスッキリ爽快目覚めたエマは知ることになる。






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― 新着の感想 ―
外交官が無能だと大変だな
[気になる点] あまりにも外交に向かな過ぎる外交官ェ 欲しいものを欲しがる態度をあからさまにし、礼節の無い言動。 これじゃあ相手に足元見られるか喧嘩売ってると判断されるかで、なんでこんなのに外交官やら…
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