晩餐会。
……どうしてこうなった。
残り5日でなんとかドレスを仕上げて出席した夜会。
黙っておばあ様の後について、ご飯食べて終わりのはずだった。
「エマ、今日のドレスとても似合っているね」
第二王子のエドワード殿下がにっこりと話しかけてくれる。
慣れない夜会に気を使ってくれているのだ。
「ありがとうございます、殿下」
おばあ様の視線が痛い。
「本当に可愛いドレスだねエマ嬢。瞳と同じ色の若草の模様が新鮮で新しいデザインだ」
ベル家として出席したアーサーもマリオンが頼んでくれたのか、いつもの倍の甘いマスクで褒めてくれる。
今日のエマのドレスは白地に若草と小花をあしらったボタニカル柄である。
ヨシュアの店に絵を描きに来たハロルドを捕まえて直接ドレスに例のインクで描いてもらった。
地震で一家全滅するちょっと前の前世でボタニカル柄が流行っていたのを思い出し、デザインが思いつかないエマが苦肉の策で考えたのだ。
プリントの技術のないこの世界で、ここまで色鮮やかな模様の生地は無かったので評判は上々だ。
エマの瞳と同じ色を出すためには、今までなら30回程の染めて、洗ってを繰り返さないといけなかったのに、ハロルドは持って来ていたインクを何色か混ぜ合わせるだけで簡単に色を作ってしまった。
そのまま筆で直接ドレスに描いてしまう。
時間が無くて試作すら作ってなかったが、もうこれ完成じゃん!!!!と家族で脱力したのだ。
例によって、エマのドレスは露出度が低いのでおばあ様にも合格点を貰えている。
何よりここにはニ◯リがないので、ボタニカル柄を着ても「ニ◯リのカーテンみたいな柄だね?」なんて言われることもない。これ大事。
しかし、ネックだと思っていたドレスが褒められていようと、エマの緊張は解けない。
給仕に案内され座ったのは、おばあ様と別の机の席だった。
初めはラッキーと思っていたが……。
後からアーサーが左隣に座り、次にエドワード殿下が右隣に座った。
そして今、物凄い不機嫌な顔で正面にロバートが給仕に案内され座った。
「……」
スチュワート家は、伯爵だ。
王族の下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順で貴族だって位がある。
なのに、どう見ても不釣り合いな席に座っている。
ベル家のアーサーもランス家のロバートも共に公爵家だ。
そして、ロバートの隣にきらびやかな、胸を盛りに盛った今の王都の流行りを全て体現したデザインの令嬢が座った。
「やあ、ベアトリクス様。今夜も輝いているね」
言い得て妙な褒め言葉を礼儀としてアーサーが令嬢に向ける。
令嬢は胡散臭そうな視線をエマに投げる。
「ああ、こちらはエマ・スチュワート伯爵令嬢だよ。今年から学園に通っているんだ。エマ嬢、こちらはベアトリクス・スペンサー公爵令嬢だよ」
気を利かせて、アーサーが紹介してくれるがベアトリクス嬢はツンとそっぽを向いてしまう。
明らかに身分の低いエマからは話しかけることも出来ないので、おばあ様に習ったばかりの【椅子に座った状態での最上級の礼】を返す。
スッと目を伏せて長い髪がテーブルにかからない絶妙な角度の礼に、王子やアーサーだけでなく、別のテーブルからも感嘆のため息が漏れる。
王子と公爵家の令息、令嬢の中で一人だけ場違いの様に座っていたエマは、本人の意図しない所で少なからず注目されていた。
マナーの鬼と呼ばれる祖母、ヒルダから付け焼き刃とはいえ、直接手ほどきを受けたエマの礼は完璧だった。
「何故、あそこに伯爵家の令嬢がいるのかと思ったがなんて美しい所作なのだ……」
「あら、ご存知ありませんの?エマ嬢の母親は、あのサリヴァン公爵家の出なのですよ?もし、第二王子とご婚約なんて話になりましたら、伯爵家では家格が釣り合いませんもの。きっと公爵家に養子という形で迎えられるのでは?」
「そういえば、エドワード殿下がエマ嬢にご執心だと噂を聞いたことがある。まさかとは思ったが、あの作法なら納得だな」
「つまり、あの席は未来の王国を担う若者が集められている席ということか。第二王子、四大公爵家の令息、令嬢。その中には王子の伴侶もいるなんて……」
ヒソヒソと大人達の話す声はエマには聞こえていない。
ただ、遠くに見えるおばあ様が、まあ、合格でしょうと頷く様子を確認して安堵していた。
「エマ、あまり緊張し過ぎては疲れるよ。食事を楽しみに来たと思えば良い。今日は王城のシェフが腕によりをかけた料理が出てくるからね」
ヒルダの視線を気にするエマに王子が優しく話しかける。
かしこまった晩餐会も、大人達の視線も慣れっこの王子が何があってもフォローするから安心しな……と笑う。
「ありがとうございます殿下。お料理楽しみですわ」
普段の三倍大人しいエマが、正式の場で王子に対する返事にふさわしいように伏し目がちに答える。
伏せた色素の薄い長い睫毛が白い肌に影を落とし、細い首筋と相まって儚げなエマの姿に思わずコクンと喉が鳴る。
王子だけでなく、アーサーも、うっかりロバートも、周りで様子を窺っていた貴族紳士ですらもだ。
蝋燭の火に照らされた肌には大きな傷跡が可哀想なくらい目立っていたが、それすらもエマの儚げな美しさに花を添えていた。
エマはやればできる子なのだ。
会場に音楽が流れ始め、顔を上げると国王と王妃が隣国の王子を連れて現れたところだった。
公式のイケオジ王の装いに、今度はエマがコクンと喉を鳴らす。
いつ見ても国王は最高峰のイケオジだった。
「皆、今宵はよく集まってくれた。皇国のタスク・ヒノモト皇子を紹介しよう。皇国は、知っての通り我が王国と国交を始めたばかりだが、この度、このタスク皇子は我が王国の学園に留学して両国の親善を深めることに尽力してくれることになった」
タスク・ヒノモト……なんか凄い日本を匂わす名前……。
そうそう、国王陛下って声まで良いのよね、なんて思っていたエマが皇子の名前に正気に戻る。
「ご紹介、痛み入ります。まだ、こちらの言葉は勉強中で不慣れなこともあると存じますが、皆様どうぞ、よろしくお願いいたします」
そう言って綺麗に日本的なお辞儀をした皇子は、拍手と共に迎えられ、席に案内される。
エマの机で最後に一つだけ空いていた、エドワード殿下とロバートの間の席だ。
……いや、もうこの机……この晩餐会のメイン席やん。
メジャーリーグの選手の中に一人だけ公立高校の野球部の少年が混ざっているような気分になる。
「同席の皆様、よろしくお願いいたします」
席に座る前に少しはにかんでからお辞儀した皇子は、まさに野球部の少年のような好青年ぶりだったが。
「ようこそ、王国へ。私は第二王子のエドワード・トルス・ロイヤルです。同席の者を紹介しても?」
慣れたように王子がホスト役をかって出る。タスク皇子が頷くのを確認してから如才なく王子が紹介してくれたので、エマは先程のように礼をするだけで済んだ。
ツンとしていたベアトリクス嬢も流石公爵令嬢、皇子には完璧な礼をした後ににっこりと笑う余裕まで見せていた。
ロバートもアーサーも慣れた場の様で全く緊張していない。
ううう……場違い辛い。
国王が席のメンバー紹介が終わったことを確認してから晩餐の始まりの挨拶をする。
「では、今日は特別に趣向を凝らし皇国の料理を用意した。皆もタスク皇子同様に異文化交流を楽しんでくれ。……タスク皇子?皇国で、食事の前にする作法はありますかな?」
国王に話を振られ、タスク皇子がシャキンと直立して答える。
「はいっ。両の手の平を合わせ、『いただきます』と言います」
「イタタキマス?」
「あ、いえ、『いただきます』です」
「なるほど、では皆も一緒に、手を合わせて……イタダキマス」
国王に従い、皆が手を合わせ一斉に声を合わせる。
「「「イタダキマス」」」
皆に合わせながら、エマはたらたらと冷や汗を流す。
……バリバリ日本語じゃん!!!!
『』は日本語で話していると思って下さい。
隣国の王子のキャラをノープランで書き始めたらこんなことになりました。
冒頭の、どうしてこうなった。に、ホントにねってビックリした。