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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
66/197

罪と罰とおばあ様。

毎日暑いので、熱中症にはお気をつけください。


「はうぅぅ」


スラムに行ってから2週間が経った。

刺繍の授業中にも拘わらず、ずっとエマの大きなため息が止まらない。


「エマ様、今日も学園が終わったら行かれるのですか?」


ぐったり生気のないエマを心配して、フランチェスカが気の毒そうに話かける。


「ええ。今日も、ですわ……」


大きなため息をまたひとつ吐き出して、出来上がったコースターをそっと重ねる。ダルダルな表情のわりに、刺繍されたコースターはどんどん積み上がっている。どんなときでも手は動かすのがスチュワート家の鉄則だ。


無断外泊の罰として1ヶ月、エマは放課後の4時間を母親の実家であるサリヴァン公爵家で過ごすことになった。

メルサの母親、エマにとっては祖母にあたるヒルダ・サリヴァンは、礼儀作法に厳しいことで有名な婦人である。


無事に新装開店したヨシュアの店でおやつタイム、新しい染色素材の試作、イケオジのハロルドとの交流、猫とモフモフ、虫の世話……やりたいことが沢山あるのに、その時間が祖母とのマンツーマンでのマナー教室にあてられてしまい、何も出来ない。


「おばあ様……お母様の100倍厳しいんですの……」


エマだって前世の記憶もあるので、必要最小限の作法は身につけてある。

身につけてはいるが、ヒルダは厳しい。恥をかかない程度の作法さえ身に付いていればと思っているエマとは求めるものが違うのだ。


夕食は、スチュワート家で食べるものよりも高級で、どこの結婚式だと疑いたくなる程のフルコースを食べさせて貰えるが、食事の際のマナーにもうるさい。せっかくのステーキが冷めるまでナイフとフォークの優雅な持ち方について語られてはたまったもんじゃない。


「週末には夜会に連れて行かれそうなんですの」


ずっと断り続けていたお茶会も夜会も、少しくらい参加をしないと失礼だと、昨日祖母に叱られたのだ。王城で開かれる晩餐会らしいので、ダンスが無いのだけが救いだ。


「まあ、週末の夜会なら私達も行きますわよねケイトリン」


「まあ、週末の夜会は私達も行きますわキャサリン」


双子も同じ夜会に招待されているらしく、エマが夜会に出るなんて珍しいと言い合っている。


「はうぅぅ、キャサリン様もケイトリン様も夜会はよく行かれるんですか?」


入学時以来の社交に、エマの気は重い。夜会にはおばあ様も同行するので尚更だ。同い年の双子が既に夜会慣れしている様に見えて驚く。


「私達は月に2度くらい行ってるかしら?ケイトリン」


「私達は月に2度くらい行ってるわね、キャサリン」


双子は貿易の盛んな領出身のため、王都で催される夜会やお茶会の中でも、外国からのゲストが出席する時の案内役として一緒に参加する事が多いらしい。ちゃらんぽらんだと思っていた双子でさえ、ちゃんと仕事しているのだからエマも行きたくないなんて言ってられない。


「週末の夜会は、隣国の王子も出席されるそうなので、規模の大きいものになると聞いているわよねケイトリン?」


「週末の夜会は、隣国の王子も出席されるから、規模が大きいと聞いているわキャサリン」


「はうぅぅ……」


よりによっておばあ様も、そんな大変そうな夜会に出席すると決めるなんて嫌がらせとしか思えない。

新しいインクでローズ様のドレスを染めて過ごしたい……。

頭の中にはアイデアがいっぱいあるのに、時間が足りない現状にまた一つため息が溢れる。


「ベル家からは兄が出席するから私は行かないんだ。ひらひらのドレスは似合わないし、男装が許される場でもないからね」


お気の毒に……と上手く夜会を断ったマリオンがエマに同情してくれる。


「そんな事ないですわ、マリオン様は、背も高くて姿勢も良いですし、ドレスお似合いになると思いますわ」


男装ばかりしているマリオンだが、スタイルは抜群なのだ。

胸も無いように見せているだけで、何気にデカい。エマは一目見ただけでサイズがわかるので間違いない。

体にぴったりしたデザインのドレスとか絶対に似合う。ざっくり胸の開いた漆黒のドレスがポンと浮かぶ。


「はうぅぅ。マリオン様に似合うドレス作って差し上げたいっ」


普段から鍛えてあるマリオンだからこそ着られるちょっとエロかっこいいドレスのデザインが更に続けてポンポンと浮かんでは消える。


「これ以上忙しくしてどうするんだい、エマ様……私のことより自分のドレスを心配しないと」


普段から夜会に行かないエマにドレスのストックなどない。専らローズ様のドレスばかり新調している。


「私、前の時に着たドレスがあるから大丈夫ですわ」


成長期と言えど、この前作ったばかりのドレスが入らなくなっていることはないだろう。胸だって絶好調になんの変化もない。


「ダメですわ!エマ様!同じドレスで夜会に行くなんて。今回の方が格式が高いのですから尚更です」


フランチェスカが驚いた様子でエマに注意する。

同じドレスで社交界に出るなんて、年頃の令嬢がする事ではない。確かにあの時のドレスも素敵だったが、その分記憶に残ってしまっているからと。


「ええー!そんな決まりあるのですか?」


なにその付き合いたての女子のデート服みたいな発想。

それならもうちょっとファストファッション的な値段のドレスとかあっても良さそうなのに。ん?作ったら売れるかな?


……いや、なんか貴族って高級志向だから安かろう悪かろうって買ってくれないか。なら庶民のみなさんは……夜会行かないな……。


パレスの絹が一回しか着れないドレスになっていたなんて勿体ない話である。あんなに、丈夫で、洗濯にも耐えるように品種改良を繰り返してきたのに……。


「はうぅぅ。とりあえず自分のドレス作りますわ」


とは言っても時間がない。ローズ様のドレスなら湯水の如くアイデアが湧くのに自分のドレスとなると、デザインに少々時間がかかる。


残念なことにエマは、出せる肌も限られている。出せる胸など皆無。お尻も無いし、足だって細すぎるので見せびらかすようなものでもない。

結局、代わり映えのしないデザインを父のレースやら刺繍やらで個性を出すしか無いのだ。


高速で、コースターの刺繍を重ねていく中で頭ではドレスのデザインを考え出すが、全然上手くいかない。雑念が押し寄せてくる。


なぜなら同じ席に、男装の麗人マリオン、あこがれの銀髪褐色肌の双子、勝ち気な酒豪フランチェスカと個性豊かな美少女に囲まれていては、ついついそちらの方へデザインが片寄ってしまう。

マリオンはエロかっこよく、双子は勿論、双子コーデの色彩反転のデザイン、フランチェスカはレースをいっぱい使った柔らかいデザインで新たな魅力を……。


「はうぅぅ。皆さまが可愛い過ぎて、自分のドレスなんて考えられませんわ……」


エマのため息が止まらない。




おばあ様のマナー教室より、げんこつの方が100倍ましだと思うエマなのでした。

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― 新着の感想 ―
そろそろ酒豪は忘れて差し上げろw
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