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田中家、転生する。  作者: 猪口
王都 三兄弟学園に行く。
64/197

インク。

「つまり、君たちの友達の店の前にこのインクがぶちまけられていたと?」


ゲオルグとウィリアムも起きて来たので、インクの話をハロルドに相談する。


「真っ赤なインクでした。どんなに擦っても全く色が落ちることもなく、困っているんです。何か良い方法はないですか?」


「赤……炊き出しの時に貴族のガキにやったインクと同じ色だな……。すまない、あのインクは消すことが出来ないんだ。ここに描かれた絵も全て同じインクを使っているが、褪色どころか、滲んでもないだろう?」


一面の壁が崩れている部屋で、雨風にさらされているはずの絵は見事な保存状態を保っている。何か方法があればと期待したが、インクを消すことは不可能らしい。


「炊き出しをケチって、インクを奪ってヨシュアの店にぶちまける奴……犯人の心当たりが一人……」


こんなダサい行動に出る人物に、最近出会った覚えがある。

ゲオルグも、ウィリアムも思い浮かべる顔は同じだ。


「このインクはどこで売られているものなのですか?」


商店街でも、臣民街でも見つけられなかったインクが、まさかスラム街で各色揃って見つかるとは想定外であった。もしかしたら外国製かもしれない。


「どこにも売ってないに決まってるだろ、これは俺が作ったんだから」


ハロルドが、インクを自慢気に並べ見せてくれる。どれも鮮やかな液体のインクが簡素な入れ物に入っている。


「手作り!?ハロルドさんの?」


まさかである。手作りのレベルを越えている。あれほど消えずに鮮やかな色を保っているインクなんて前世ですら見たことがないのに。


「俺は、元々放浪しながら絵を描いて生活してたんだけど、稼ぎよりも画材のが高くてな。仕方ないから自分で色々工夫して作ったりしてたら、何かハマっちまって、色んな物片っ端から試すようになったんだ。まあ、最近は、放浪せずにここでガキの面倒見ながら壁に落書きしてるだけだけどな」


何でもない様に笑ってハロルドは言うが、急な好景気で、働ける者はスラムから出ていく中、取り残されていく子供達を放っておくことが出来なかったのだろう。

一人暮らすのならば、こんなガリガリに痩せて倒れることはないのに、このお人好しのイケオジは、ヒューから聞いた話によればスラムの子供全員をなんとか救おうとしている。自分のことは後回しで。


「お前達も、行くところが無くなったらここに住めば良い。直ぐに働ける年になるし、読み書きくらいなら教えてやれるぞ」


三兄弟のツギハギだらけの服とエマの傷跡を見て、ハロルドが面倒を更に請け負うと言い出す。


「いえ、俺たちは大丈夫です!」


慌ててゲオルグが答える。


「そうか?無理しなくていいんだぞ?」


そんなに、困っているように見えるのか……。ハロルドだけでなく、周りに集まって来ていた子供たちにも、遠慮しなくて良いんだぞ?なんて声をかけられてしまう。

一度染み付いた貧乏臭は、なかなか落ちないのかもしれない。

三兄弟がそれぞれ、お互いの顔を見合せ首を捻る。学園の友人達にもこの兄弟貧乏臭いな、なんて思われていないだろうか、心配になってくる。



「あれ?」


一瞬、壁の崩れた面からの光が遮られる。


……ったしん。


軽やかな着地音に何者かが部屋に侵入したことに遅れて気づき、音の方へ皆が目を向ける。

光が遮られるほどの大きな獣がそこに……いた。


「え???」


「なっっ化け物!!」


「うわー!!まっ魔物??」


突然現れた大きな獣に子供達が叫ぶ。

3階の高さをものともせず、壁の崩れたところまでジャンプして入ってくるなんて人間では無理だ。

スラムと言えど、王都で暮らす子供達がここまで大きな獣に出くわすことはまず、無い。走って逃げたいのに、凍りついたように動けなくなってしまっている。


「にゃーん♪」


大きな獣は、三兄弟を見つけると狙ったように一直線に向かっていく。

あんなに大きいのに、殆んど足音もなく跳ぶように動く。


「おっおい、危ないぞ!こっちに来い!逃げろ!」


ハロルドが気づいて、三兄弟に手を伸ばすが間に合わない。

獣は一瞬で三兄弟の元へと到達する。驚いた三兄弟が獣を見て叫ぶ。


「「「コーメイさん!?」」」


「にゃーん♪」


エマにすり寄って喉をゴロゴロ鳴らし始めている、大きな獣は三毛猫のコーメイだった。


「どうして外にいるの?」


エマのほっぺたをザリザリ舐めだした猫を撫でながら聞いてみるが、答えはない。エマを見つけて夢中で甘えている。可愛い。


「おっおい?大丈夫なのか?」


ハロルドが恐る恐るだが、近づいて来る。

一見して、化け物がエマを襲っているようにも見えなくもないが、三兄弟は笑顔でその化け物を撫でていた。


「この子は、家で飼っている猫ですよ。コーメイさんって言います」


じりじり近づいて来たハロルドにウィリアムがコーメイを紹介する。

コーメイも自分の話をしていると気付き、エマを舐めるのをやっと中断してハロルドの方へ顔を向ける。


「にゃん!」


「コーメイさんがよろしくって言ってます」


エマがハロルドに慣れた様子で通訳する。


「……猫?いやいやいや!!猫ってそんなでかかったっけ?あれ?いやでも……にゃんって言ったな今……いやでもデカ過ぎるだろ!」


至極真っ当な意見である。

フォルムは、猫と言えば猫。鳴き声も猫。ただ、デカい。


「猫ってなあに?」


「猫?」


超高級品ペットとなってしまった猫の存在自体、スラムの子供達は知らないので、ハロルドに説明を求めるような顔をする。


「金持ちが飼う動物の中でも一番高いやつだ。一匹で家一軒買える値段がするらしい……でも……こんなにデカくない筈なんだが……俺が知らないだけなのか?」


ハロルドの知っている猫は、膝に乗るくらいのサイズのはずで、目の前の猫と呼ばれているのは、エマよりもデカい。


「高級品!?すげー!!」


「家一軒!?って動物に?金持ちわけわからん!」


緊張の解けた子供達が、コーメイを触ろうと近づいて行く。


「おっおい!危ないぞ!あんまり寄っていくな!」


まだ、猫と確信出来ないハロルドが子供達を止めるが既にコーメイの周りを取り囲んで触り始めている。


「もっふもふだ!」


「なんかゴロゴロ言ってるー」


「でっかいけど、かわいい!」


コーメイさんは、子供達に触られるがままに大人しくしている。子守りは得意なのだ。


「でも、高級品の猫?ゲオルグ達はどうやって手に入れたんだ?盗んだのか?」


ヒューが不思議そうに聞いてくる。

高級な猫を飼っていると言っても三兄弟が伯爵家の令息、令嬢とは思い至ることもなく、あくまで貧乏なのは変わらないらしい。


「コーメイさんは野良猫だったんだよ、他にもあと3匹いるよ」


「野良猫?それって野良犬みたいなの?」


スラムでは野良犬はよく見かけるらしい。この世界でも犬は狩りでもよく使うし庶民のペットとしてもお馴染みの存在であった。


「でも、コーメイさん?どうやって来たの?」


屋敷の扉を開けたり、壁を飛び越えたりはコーメイさんにとって朝飯前ではあるが、外に出てはいけないよと約束しているのでコーメイさんが単独でここまで来ることはない筈なのだ。

三兄弟に危険があれば話は別だが、今のところ三人とも元気だし、危ない目にも合っていない。

ゲオルグに嫌な予感が押し寄せてくる。

コーメイさんが一匹でここまで来ることは無いとすれば、誰かが連れてきたんだ。


そんなの思い付くのは一人だけなのだ。








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― 新着の感想 ―
やべぇ、お説教タイムだ……。
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