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田中家、転生する。  作者: 猪口
王都 三兄弟学園に行く。
62/198

男の怪我。

誤字、脱字報告に感謝致します。

「足元、気を付けろよ」


薄暗い建物に入り、少年が彼の兄の元へ案内をする。

階段を上り、ギィギィと軋んだ音を奏でる床に注意しながら上の階へと進む。


「怪我してるなら、一階にいればいいのに」


ゲオルグが不思議そうに呟く。


「一階だと、夜になると何も見えなくなるからな。一番上の階は屋根が部分的に崩れてるとこあるからちょっとは明るいんだ」


それはそれでどうなんだ?と思いながら三兄弟は少年に続く。

階段は壁と同じレンガで出来ているが、各階の床は木なので所々腐っていたり、穴が空いていたりする。少年の踏んだ場所に倣うように歩み進める。


「兄貴、入るよ」


最上階にあたる3階の手前の部屋の入り口の前で少年が声をかける。


「……………」


返事は無かったが、構わずに部屋へ入る少年の後に続くと、中は下の階よりは少し明るい。屋根の真ん中がぽっかりと空いて、夕闇の空が覗いている。


一人の男が横たわっていて、眠っているのかピクリとも動かない。

たたたたっとエマがその男に走り寄って怪我の確認を始める。


「おおおっあんまり下手に動くと床抜けるからな!」


エマに注意しながら少年とゲオルグ、ウィリアムも向かう。

依然、男は動かずエマに触られるがままで動かない 。


「昨日まではちゃんと喋ってたし、自分で歩いてここまで来れたのに……」


あまり、清潔とは言えない布を足に巻いて止血を試みたものの、上手くいっていないのか、じわじわと布が赤く染まり始めている。


エマが一旦、巻かれた布を剥がして怪我の具合を見る。


「……」


「…………」


「…………」


三兄弟が目を合わせる。これは……。


「なっなあっどうなってんだよ!大丈夫なのか!?」


男の足に手を伸ばし、エマが更に確認し、少年に告げる。


「そこまで酷い傷じゃないよ。骨も折れてないし」


出血はあるものの、ちゃんと傷口を洗って化膿しなければ直ぐ良くなるはずだ。少年が泣き出すほどの大きな怪我ではない。


「じゃっじゃあなんで兄貴は、こんな……」


混乱した少年がぐったりした男を見て、エマに答えを求める。

4人が周りを囲んで痛むはずの傷を確認されても全く動かない。

エマも、専門家でもないし確実なことは言えないけど……と前置いてから、


「多分……お腹空いてるのかな?」


男の足は細く、肌もかさかさしてどう見ても栄養が不足していた。

お腹が空くと力が、出ない。エマも知っている。

この状態からの出血で、脱水も起こしているのかもしれない。


「この人、最後に食べたのいつ?」


ウィリアムの質問に少年が考える。


「えーと……炊き出しが昨日の昼だから……でも兄貴はいつも一番最後に食べるから、全員分なかった昨日は食べてない。……その前の炊き出しは一週間前で、いつもなら貰える土産のビスケットとかはなかったから……」


最悪、一週間食べ物らしいものは口にしていないかもしれない。


「怪我よりもそっちのが問題だよ!」


思わずウィリアムが叫ぶ。


「あ、兄貴は木の実とか見つけても他の子供にあげちゃうし、炊き出しだって一人前全部食べずに分けちゃうから」


大の男がそれでは全く足りないのはわかりきっている。

よく今まで生きてこれたものだ。

スラムってもっと殺伐としたところかと思っていたが、ここまで世話好きの男がいるとは……イメージだけではわからないこともあると気付かされる。


「とにかく今、必要なもの……」


財布の中身と相談しながら、考える。

まずは、脱水が心配だから……


「お水……塩と……砂糖?」


「塩も砂糖も高いよ!」


少年が嘆く。


「大丈夫、そんなに沢山はいらないから……多分?計り売りで銅貨1枚分ずつ買って、残りは消化に良さそうな食べ物を……なんかお粥……じゃなくてオートミール?的なやつミルクで煮ると柔らかくなるかな?」


王都の相場はわからないが、パレスなら塩が100gで銅貨1枚、砂糖が50gで銅貨1枚くらいだった。

取り敢えず、行ってくる!と少年とウィリアムから財布を受け取ったゲオルグが買い物に走る。


残されたエマとウィリアムは前世の記憶を総動員した話し合いを始める。


「ウィリアム、ポカリってさ……塩分濃度どのくらいだっけ?」


「え??知らないよ?」


「何かで見た記憶があるんだけどどうだったっけ?何か甘いから砂糖も頼んだけどあってんだっけ?」


「え??知らないよ?頑張って思い出して!」


「ぺぇ太は役にたたんな……」


「いやいやいや!急にそんな事言われても!」


「多分、海よりは薄いはずなんだよね……スプーン一杯とかより少なかったと思うんだけど……あー全然思い出せない!」


「僕が解るのは、素肌は弱酸性ってことくらいだよ?」


「ビ○レかよ!」


不毛な会話を続けている内にゲオルグだけが水の瓶数本と塩と砂糖を持って帰って来た。行きは、少年を担いで走り、帰りは荷物を持って走って来たらしく思ったより早かった。


「脱水の分だけ先に走って持ってきたよ。他のもちゃんと買ってあるけどあの子に持たせてるから後で来るはず」


そう言うとさっさと瓶を開け、塩と砂糖を入れる。


「「あっっっ!!」」


エマとウィリアムの声に、瓶を振って混ぜていたゲオルグの動きが止まる。


「え?何?なんかした?」


「兄様……塩分濃度とかは?」


恐る恐るウィリアムが聞く。結局2人の間で答えは出ていないが、あまりにゲオルグがあっさりと塩と砂糖を入れるので驚いている。


「水1Lに、塩2~3gと砂糖20~40gって昔、現場で作業員が熱中症で倒れたときググったやつの配合入れてみたけど違った?」


「兄様……最高です……」


一番、そんな知識が遠そうだと思っていた元現場監督の兄に感動する。

あの日の現場、自販機なかったからなと懐かしげに目を細めているゲオルグは妹と弟からの尊敬の眼差しに気付かない。


即席の経口補水液をウィリアムがスプーンで少しずつ、ゆっくりと男に与える間にゲオルグとエマが丁寧に傷口を洗う。


「あの子が来る前に……ヴァイオレットよろしく!」


大きな帽子を脱いで、そっと蜘蛛を床に降ろす。

夜が近づき、暗くなった部屋でもキラキラと円らな8つの瞳が光る。

いつ見ても綺麗な紫色でかわいい。


以前、エマに施したように蜘蛛が男の傷に向け、紫の糸を吐く。


「ありがとう!ヴァイオレット」


エマが礼を言うと、またいつでも言いなっと伝える様にヴァイオレットがカサカサと動く。なんて、男前な蜘蛛なんだ。雌だけどね。

そのまま、スススっとヴァイオレットが自らエマの腕を登り、帽子の中に入ると同時に少年が戻ってきた。


「兄貴の具合はっ?」


少年の後ろから、わらわらと少年よりも更に小さな子供達が現れた。


「こいつら、この辺のスラムのガキ共なんだけどついてきちゃって……」


横たわっている男に向かって子供達が心配そうに駆け寄る。

ちょっと床が抜けないかドキドキする。


「大丈夫だよ。怪我の手当ては終わったし、水もちゃんと飲めてるみたいだから、これから起きたら食べられるようにご飯作ろう」


少年からオートミールとミルクを受け取りながら、安心させるようにエマが答える。

そう言えば鍋とかあるのかと聞けば、奥の部屋から大きな鍋とお玉を少年が持ってきた。


「昔、炊き出しで忘れてったやつがあるよ。拾っておいたのは良いけど中に入れる食べ物なんかないから使ったことないけど」


「ん?じゃあここ、料理出来ない?」


オートミールだし、そのままミルクをかけて食べれないこともないが、温かい方が好ましい。


「姉様、あれは?」


ウィリアムが指差す方を見ると暖炉がある。

そこなら火を使っても大丈夫そうだし、崩れたレンガを使って鍋を置く所も作れそうだ。


「じゃ、あとは燃えそうな木……はその辺の床剥がすとして。そろそろ臣民街でも明かりが灯る頃だから、火貰いに行ってくるよ」


ゲオルグがまた元気に部屋を出て、階段を降りる。

王都では暗くなると仕事から帰る人々の為に、主要な道には松明が灯る。

その松明から、庶民は火を移し煮炊きに使ったりすると買い物をした店主に聞いていたのだ。


「兄様のサバイバル力……ハンパない」


パレスで狩りに連れていって貰っていただけに、野宿に必要な火と水の確保は完璧である。


「あれで、あともうちょい勉強してくれたら……」


田中家は、いつだって残念だ。



この暗さと、意識のない怪我人、小さな子供達を残して家に帰る選択肢は三兄弟にはなかった。

体は子供だが、中身はアラフォー&アラサー、放っておけるわけがない。


















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― 新着の感想 ―
経口食塩水の濃度をちゃんと覚えてるのすごいなぁ…命に関わることだと覚えられるのかな
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