元貧乏貴族とスラム街。
誤字、脱字報告に感謝します。
「あの建物に繋がってますよ」
糸を辿って三兄弟は、今日、明日に崩れても不思議では無さそうな、ボロボロの手入れの行き届いていない建物ばかりが並ぶ地域に来ていた。
「魔物かるた、頼む、無事でいてくれ……」
ゲオルグは祈るような気持ちで建物を見る。
この国ではよくあるレンガ造りで、木で出来ていたであろう扉や窓は、朽ちてしまったのかぽっかりとくり貫かれたような状態だ。
屋根ですら所々崩れ落ちている。
ノックは必要なさそうね……なんてエマが呑気に考えていたら、当の少年が勢いよく飛び出してきた。
透明な糸に気づく様子もなく、怒気を孕んだ声をあげる。
「なんで財布じゃねーんだよっ」
少年が持っていたものをバシッと地面に叩きつける。
「どうすれば良いんだよ!このままじゃ、このままじゃ……」
三兄弟の存在に気づいていないのか、その場にうずくまり泣き出してしまう。
ゲオルグとしても、財布を盗んでくれた方が良かったのだが、何やらお取り込み中のようで言い出せる雰囲気でもない。
ウィリアムも突然の癇癪に驚き固まっている。
その内に、少年は自分の頭をポカポカ殴り出し、俺のバカ、バカ、バカーと盛大に一人反省会を始めてしまった。
エマは、てってってっと軽い足取りで少年の前にしゃがみ、涙でぐちゃぐちゃになった顔を覗き込みながらふんわりと話しかける。
「ねえ、その魔物かるた、返してもらっても良いかな?」
空気を読まぬこと山のごとし。
それが、エマである。
少年が地面に叩きつけたものこそ、間違えようもない大事な魔物かるただった。雨の日じゃなくてよかった。
急に目の前に現れたエマに驚いた少年が、後ろに下がり、逃げようとするも、ゲオルグとウィリアムに阻まれる。
「なっなんでここがわかったんだよ!!」
慌てて少年が涙を拭う。
「悪いことってのは、見つかるもんだからな」
ゲオルグが地面に散らばった魔物かるたを丁寧に拾い集めてゆく。
数を数えて安堵のため息を溢す。
「よかった、ちゃんと全部ある」
心底ほっとした声を出し、少年を見る。
前世を含めて初めてスリに遭ったが、エマに言われるまで盗られた事を気付けなかった。うまい下手があるなら確実にこの子は、前者だ。
「なんなんだよ!おまえら!どこのスラムの奴だよ?こんなとこまで追いかけてきて、縄張り侵略だぞ!」
一瞬、少年の言っている意味がわからずに三兄弟は怪訝な顔をする。
「臣民街を歩いてても、俺くらいになればわかるんだよ!そんなツギハギだらけの服着てる奴、あの辺じゃいないからな、そんなんスラム住みだけだぞ?」
どうだ!参ったか!と少年は勢いよく立ち上がる。
三兄弟の普段から自宅で着ている服は、庶民よりもボロいと言われてしまった。
確かに、猫と遊ぶと不意に爪がひっかかり、服が破れることが多々ある。
猫といっても、あの大きさで、4匹とじゃれるので楽しいのは楽しいがモフモフと引き換えに服を傷めるのは致し方無い。
特にここ半年は、猫に乗る練習ばかりしていたために、派手に振り落とされる日もあった。
破れたって、勿体ないじゃん?
見られるのは、屋敷の中の家族と使用人くらいだし?
貧乏性を長く患っているスチュワート家に服を新しくするなんて発想はない。
当て布も柄や色を合わせることなく、ローズ様のドレス作りの際に余ったものを使っている。
ベースが地味な服に、色鮮やかな当て布は、裁縫の技術だけではカバーできないツギハギを生み出し、少年が言うことも一理ある見た目に仕上がっていた。
生地自体はエマシルクで出来ているので、決して安物ではなく、最高級品なのだが。
「いや、スラム住みではないんですけど……」
何か、この辺落ち着くーなんて言ってた時、周りの臣民街の皆さんは、三兄弟をスラムの子と認識していたかもしれないと思うとなんだか居たたまれない。てか、ここ、スラム街だったのか……。
「いいって。これ以上は何も聞かないでやるから……。悪かったな、それ、返すから勘弁してくれよ」
生ぬるい笑顔を少年に向けられ、複雑な気持ちになる。
「なんで泣いてたの?」
再びエマが空気も話の脈絡も読まずに、頭に浮かんだ質問を口にする。
「なっ泣いてねーしっ……ってお前、よく見ると酷い傷跡があるな?貴族にでもやられたのか?痛くないか?」
少年がエマの傷跡に気付き、心配そうにエマを見る。帽子を被っていても目立つ傷跡が、少々ぽけっとしてはいるが、かわいい顔に無慈悲に刻まれている。
もしかしたら、かわいいというのが仇になったかもしれない。男だろうが関係なく酷いことをしてくる奴もいるらしいし。自分よりは年上みたいだが、まだまだ子供に見える。
あそこまでの傷を負って、よく生きていられたものだ。
「炊き出しの日は要注意だぞ?親切な奴もいるけど、酷いこと平気でする奴もいるからな?」
特に、お前みたいな細っこい弱そうなやつは狙われやすいからなっと少年は、勝手に勘違いをした挙げ句、忠告までしてくれた。
スラムの人間は、貴族に酷いことをされる事があるのかと王都事情に明るくない三兄弟は首を傾げる。炊き出しはボランティア的なものと認識していたが、違うのだろうか?スラムの抗争とかに巻き込まれたとかではなく、一番に疑われるのが、貴族なんておかしな話ではないか。
「昨日の炊き出しだって……最悪の貴族の週でさ、全員に食事がまわる前に終わらせて帰ろうとしたんだ!俺の兄貴がさ、とっておきの宝をやるから全員に食事をくれって頼んだんだけど……」
先ほど泣いてないと言った割に、少年の瞳が濡れ始めている。
王都で高位貴族が義務付けられている炊き出しのシステムは、三兄弟は詳しくない。集まった人々全てに賄うのが当たり前ではないのか。
傾いた首の角度がどんどん深くなる。帰って母様に教えてもらおうと頭の片隅においておく。
「宝物?」
宝物にいち早くエマが反応する。心なしか目が光っている。
スラムで宝物って何だろう。お金なら自分たちで使うだろうし、食べ物ならわざわざ炊き出しに並びに来たりはしないだろう。
「あいつら、宝物だけ受け取って帰りやがった!」
ギリギリと歯を食い縛り、少年は震えるほどに怒っている。
「それは……泥棒じゃない?」
貴族としてどころか人としてどうなのかという話だ。
そして、貴族が持ち帰るほどの宝物とは何なのか。
「泥棒どころか、走り去る馬車を止めようとした兄貴が……馬車に……轢かれて……」
とうとう、グジグジと少年が泣き出す。
貴族ってそんなことしても許されるのか?
身分制度なんてない日本と、辺境の少し前まで手を取り合わないと生きていけなかったパレスしか知らない三兄弟に衝撃が走る。
「お兄さんは?」
エマの問いに少年の泣き声が大きくなる。背中をポンポンと落ち着くまで優しく叩いてあげると、つっかえながらも話を再開する。
「ずっと……寝てる。ぐったりしてて、ちっ血が止まらなくて……だから、薬買おうと思って……」
スリをしたのだと。
少年は少年で、切羽詰まった事情があったようだ。
「途中、薬局に寄ったけど……金がないって気付いて……」
少し可哀想になってきた。
三兄弟は顔を見合せ、同時に頷く。
「俺達、沢山じゃないけど幾らか持ってるから、今から薬局行こう」
ゲオルグがスリのことは水に流し、少年を助けると兄弟の総意を少年に伝える。このまま、放って帰るなんて出来ない。
日も暮れ始め、親が心配する時間になってきていたが、もともと、アラフォー&アラサーなんだから大目に見てくれるかもしれない。
「いいのか?」
救世主を見るような目で少年は兄弟を仰ぐ。
どう見ても、自分の服よりも多いツギハギ、なけなしの金を兄の薬に使ってくれるなんて……特に、自分が落ち着く様にと肩を叩いてくれた、顔に傷跡がある少女など、天使にすら見える。
「んー……取り敢えず、お兄さんの怪我の具合を見に行きましょう?必要なものを優先的に買わないとね」
天使のにっこりと笑った顔は、トゥンクと少年の胸に何故かときめきを与える。まるで、天使の矢が刺さったのかと疑うほどに。