高位貴族の義務とスラム街。
誤字、脱字報告に感謝致します。
いつも、いっぱい間違えてすみません。
侯爵以上の爵位を持った貴族は、持ち回りで貧しい人々に炊き出しを行う義務が課せられている。
それは、大昔からある慣わしで先祖が自主的に行って来たことがいつの間にか慣例化し、義務化したものだった。
「全く、先祖は面倒なことをしてくれたものだ」
イライラとランス家の長男ロバートはスラム街の一画にある広場で炊き出しの様子を眺めている。
働いてるのはランス家の使用人で、ロバートは馬車の中から眺めるだけの割に悪態を吐き続けている。
もう少し先に、ここよりも広くスペースの取れる広場もあるが、道が狭いために馬車を降りることになる。
汚くて、臭いスラム街へ馬車から一歩も出たくないロバートはそんなのは御免だと手前の小さな広場で炊き出しをさせている。
タダ飯が食えるというだけで、どこから湧いて来るのかと長々とできる行列は広場の外にまで続いていて、一体いつになったら帰れることやら……と、ため息をつくと、向かいに座っているブライアンがうんざりした顔でロバートを睨んでいる。
「なぜ、私まで付き合わなくてはならないのですかロバート様。うちは先週済ませたばかりなのに」
いつもは、妹のライラと一緒に来ていたが、今日は外せないお茶会があるとかでロバートだけが来ることになった。
こんなところで一人で待つなんて耐えられそうもなく、急遽ブライアンを呼び出したのだ。
炊き出しは、爵位を継ぐ男子の役目と言われており、仕方なく来ているだけで、働く気もない。
ノブレス・オブリージュなんて考え方はロバートの辞書には載っていない。
「ロバート様、申し訳ございません。パンとスープの方が残り少なくなってしまいました。追加分を屋敷に取りに行って参ります」
使用人の一人が、馬車の外からロバートに声をかける。
「何をバカなことを、無くなったのならば今日は終了だ。帰るぞ」
今から食料を追加してしまえば、帰る時間が遅くなる。
そもそも食料を取りに行くために、警備の人数が減ってしまえば、身の安全も心配だ。ここは、治安の悪いスラム街なのだから。
「いえ、なりません。ロバート様。集まった者、全てに食事を提供する決まりでございます」
使用人が食い下がるが、ロバートの意見は変わらない。
「ふん、そんなもの守ったところで誰が見ていると言うのだ?」
さっさと帰るぞっと使用人を怒鳴り付ける。
「ロバート様、スラムの奴らに陳情でもされたらどうするんですか?」
ロバートの横暴な振る舞いに恐る恐るだが、ブライアンが心配そうに尋ねる。
「ブライアン、お前もバカなのか?あんな奴らの言うことを、誰が信じるというのだ?」
俺様は次期ランス公爵だぞ?
ロバートだけに通る理屈でさっさと帰り支度を始めさせる。
まだまだ長い行列からは、当然のことに不満の声が上がっている。
「そんなっもう終わり?」
「僕、まだ食べてないよー」
「お腹すいた」
ここのスラムは子供が多い。
ご飯が食べられないとわかり、泣き出す子や使用人にすがりついて何とかならないかと頼み込んでいる子もいる。
「ふん、くず共め」
あろうことか、ロバートは不快そうにその光景を見て、またひとつ悪態を吐く。
阿鼻叫喚と化した行列の中から、一人の男が歩み出て、ロバートの馬車に真っ直ぐ向かって来る。
「おい!話が違うだろ!なぜ食事が行き届いていないのに炊き出しをやめるんだ?」
ロバートは答えない。
施しをしてやっているのだ。感謝されることはあっても文句を言われる筋合いはない。
男の形相を見て、怖くて答えられなかっただけとも言える。
「頼む、せめて五歳以下の子供だけでも何か食べさせてやってくれないか?」
無理やり怒りを抑え込み、男はロバートに頭を下げる。
この炊き出しで何も口に出来なければ、次の炊き出しまで一週間だ。命を落とす子供も出て来てしまう。
「ロバート様……可哀想ですよ?ちっちゃい子供だけでも……」
男の必死の願いにブライアンが同情して何とかしてあげましょうとロバートを伺う。
「馬鹿か?こいつらタダで飯が食えるのなら、頭くらい簡単に下げるんだぞ?いちいちそんなもんに構ってやったらキリがないだろう」
最近のロバートはずっと虫の居所が悪い。
学園で受けた屈辱を未だに根に持っている。
父親に泣きついて、スチュワート家に苦情の手紙を出して貰ったが帰って来た返事は、長々と書かれていたが要約すると、え?それうちの子悪くなくね?であった。
子が子なら、親も親である。伯爵ごときが公爵に反論するなどあってはならないことなのに。
忌々しいエマ・スチュワートの顔を思い出しイライラ……と?…………スライムゼリーを頬張るエマ・スチュワートの顔が不意に浮かんで心臓がドクンと不自然に跳ねる。
あそこで謝っておけば、少しくらい仲良くしてやっても良かったのにバカな女だ。
頭の中で、アーサーと話すエマ・スチュワートが、第二王子と話すエマ・スチュワートが、そばかす顔の商人の息子と話すエマ・スチュワートが次々に浮かび上がって来た。
少し遅れたがここで、今までに感じたことないほどにイラァっときた。
普段のロバートなら、男の形相に少なからずビビッたこともあり、炊き出しを続けていたかもしれないが、この瞬間でイライラがMAXに押し上げられてしまった。
「お前らに、食わせる物は無い。目障りだ!」
ダンっと馬車の扉を開け、叫んでいた。
使用人も、炊き出しに集まった子供達も、頭を下げている男も驚いて、ロバートを見る。
わざわざ顔を晒し、激昂する貴族の令息に男はそれでも食い下がる。
先週、今週の炊き出しは、一年の持ち回りサイクルの中で、スラムでは魔の二週間と呼ばれていて、他の貴族の提供してくれる食事より、著しく量も質も悪い。
他の貴族は、日持ちのするビスケットなどを土産に持たせてくれるが、この魔の二週間では一度もそんなことをしてくれることは、無かった。
スラムでは、炊き出し以外でまともな物が食べられる保証がない。ここでキレてしまえば、本当に、本当に子供が死んでしまう。
「たっタダでとは言わない!特別なインクと交換だ!絶対に消すことが出来ない真っ赤なインクだ」
男の言葉にロバートは、にやりとお決まりの嫌な笑みを浮かべる。
そろそろ、そばかす顔の商人の店が出来上がる頃だったと思い出したのだ。