開店危機とチビッ子名探偵再び。
誤字脱字報告に感謝致します。
それは、開店間近のヨシュアの店で起こった事件だった。
真夜中の人通りのない時を狙い、真っ赤なインクが店の正面にぶちまけられたのだ。
「うわー派手にやられたね」
朝から片付けに奔走する従業員達を横目に、スチュワート三兄弟はヨシュアの店の前で惨状を確認する。
真っ白な外壁が所々で赤く染まり、地面は血の海のような状態で元に戻すのは難しいだろう。
「改装中も度々嫌がらせはありましたが、今日のは中々骨が折れます」
デッキブラシ片手にヨシュアが少し困った様に笑う。
早朝に従業員が発見してから色々試したが、インクが落ちる気配がない。
ヨシュアの店は、学園に通う令嬢にターゲットを絞りアクセサリーや小物といった雑貨をメインで販売する予定だが、こんな店構えでは令嬢どころか誰も足を踏み入れたいとは思わないだろう。
「犯人はまだ捕まってないの?」
ゲオルグがヨシュアのデッキブラシを取り、力一杯擦りながら尋ねる。
「夜中だったので目撃者もいないですし、第一王子派が絡んでいるのでしょうが犯人がわかったとしても追及できるかどうか……」
完全にお手上げですとヨシュアは嘆く。
学園の休日を使って、カフェのスイーツメニューの試食会を予定していたがそれどころではなくなってしまった。
「これは……僕の出番ですね?」
キリリとウィリアムが言い放つ。
「なぜなら……体は少年!頭脳は……」
「「ニート???」」
エマとゲオルグがすかさずに答える。お決まりと言うやつだ。
「相変わらず、二人とも酷い!」
ガックリと膝をつくウィリアムにヨシュアがニートって何ですか?と追い討ちをかける。
ガシガシとブラシを擦っていたゲオルグがこれは無理……と、ヨシュアに首を振る。
「ヨシュア、これ多分落ちないぞ?」
「困りました……壁は塗り替えるとしても問題は地面です。これ…石削るか全部剥がすか……どちらにしろ費用も時間もかかっちゃいますね」
改装も殆んど出来上がっていたところでの嫌がらせは痛い。
「ここまで落ちないインクも珍しいので、調べてみますか」
ふむふむとウィリアムが言い、手っ取り早い手掛かりのインクを調べに行く。
ここ王都の商店街は、見つからないものなど無いと言われるほど多種多様な商品が揃っている。
「でも、どうやって探す?インクを取り扱っている店は沢山あるんでしょ」
スイーツの試食会がインク探しになって、名残惜しそうにヨシュアと別れたエマがチビッ子名探偵ウィリアムに質問する。
「そもそもあの量のインクを一度に買うのは難しいはずです。店を巡って買い集めるにしても、注文して一括で買うにしても足はつくと思うんですよね」
三兄弟がヨシュアの店に行くまでに、従業員もヨシュアも色々試したがインクは鮮やかな赤色のままだった。店前一面が真っ赤になる量も量だし、試行錯誤しても落とせないインクは特別な仕様のものだと推測される。
特定するのは難しくないだろうと適当に店に入って探すのだが、すぐに行き詰まる。
「おかしい。どこのインクも黒しかない」
「そもそも赤色が売ってないっていうね……」
ゲオルグとウィリアムが早々に弱音を吐く。前世の記憶のせいで勝手に赤色のインクも売っていると思っていたが、そもそも商品自体がないのだ。
「この世界での染料ってあそこまで強く色の出る物ってあんまりないから、インクかなって思ったけど違うのかな?」
絵の具だと流せば色が落ちるはずなので、思い付くのがペンのインク位だったのだが、他に何があるのだろうとエマがうーんと腕を組んで考える。
パレスの絹の染色を色々と試した中には、あそこまで鮮やかな色が出せる物はなかった。何度も何度も色を重ねて染色しないと難しい。
それだけに、ヨシュアの店へのダメージは大きくて、目にした人はぎょっとした表情で通り過ぎていく。
「ここに無いってなると、もはやお手上げですよ」
「さすが、チビッ子ニート探偵は諦めが早いな」
項垂れるウィリアムにエマがにやりと笑う。
「姉様、何か良い案でもあるの……です……か?……その顔を見る限りろくな案じゃ無さそうですけど?」
エマを見上げて、ウィリアムはこれは何か企んでいる顔だと確信する。
「取り敢えず、お昼ご飯食べて着替えてからね」
沢山歩いたからお腹すいたわ……とエマはスチュワート家の屋敷に向かって歩き出す。
小一時間後、エマの言う通りに一度屋敷へ戻り、お昼ご飯と着替えを済ませたゲオルグとウィリアムが頭を抱えている。
「エマ……」
「姉様……」
着替えろと指定された服は、屋敷内で過ごす時にいつも着ている普段着で、流行もお洒落も関係ないシンプルかつ質素な庶民スタイルである。
スチュワート家では、動きやすくて楽だからと来客の予定がないときは家族全員この格好で過ごしていた。
何か汚れ仕事でもするのかと思っていたところに、遅れて現れたエマは長い髪を大きめの帽子に詰め込み、ズボンを穿いている。
男装の麗人マリオンの様に格好良くは着こなしていないが、細い手足と存在感の無い胸のお陰で下町の少年にしか見えない。
「まさかと思うけど……臣民街へ行くつもりか?」
髪を隠してわざわざ男装しているエマを見て、ゲオルグが恐る恐る聞く。
王都は王城を中心に学園、商店街、貴族街、臣民街と綺麗に区分けされている。
臣民街は、庶民の暮らす街で王城から遠いほど治安が悪い。もちろん貴族が足を踏み入れることは滅多にない。
「王都の商店街で無いものは臣民街で探すしかないでしょう?」
にっこり笑ってエマが二人にも帽子を被せる。金髪は臣民街では珍しく、悪目立ちしてしまうのだ。
「この格好でも裏口から出ればすぐに臣民街に入るから大丈夫」
スチュワート家の屋敷の広大な面積のお陰で、王城から遠い方の裏口は貴族街と臣民街の境目にあたる道に出る。スチュワート家の使用人で臣民街から通いで来る者は、この裏口を使っているらしい。
「にゃん♪」
首にリボンをつけたコーメイさんと、かんちゃん、リューちゃんがエマの後ろに控えている。
「裏口までコーメイさん達が送ってくれるって」
ヨイショっと13歳とは思えない掛け声と一緒にエマがコーメイさんの背に乗り、首元のリボンを掴む。
チョーちゃん以外は毛が短いので、乗せて貰うときは掴みやすい様に首にリボンを着けるようになった。
チョーちゃんには父と母の見張りをお願いし、抜かりはない。……はず。
「駄目に決まってるじゃん!」
ウィリアムが反対する。臣民街はこの辺りに比べれば治安が悪いので、危険なのだ。
「なんで?誰からも臣民街に行ってはいけないって言われてないよ?」
涼しい顔でエマが答える。
当たり前過ぎて今まで誰も注意しなかったのを逆手に取ったエマの言い分に、ゲオルグもウィリアムも呆れ顔だ。
「それに、ヨシュアには普段からお世話になっているしね」
たまには恩返ししないと……と言われると止め辛い。
ここで駄目だと言って突っぱねても、勝手に一人で行動するのがエマなので、兄弟は折れるしかない。
渋々といった動きで、二人もそれぞれ猫に乗り、いつも猫に乗って遊ぶ時に着けているゴーグルを装着する。
使用人に、庭で猫と遊んで来るねっと声を掛け、真っ直ぐに裏口を目指して猫を走らせる。
猫がいなければ庭の端まで行くのに小一時間はかかる。
広すぎる庭なので三兄弟の姿が見えなくても心配されることはないだろう。未だに住み慣れない広い屋敷に初めて感謝する。
使用人は、この屋敷でしか見ることの出来ない猫ライダー達を何の疑いもなく笑顔で行ってらっしゃいませと見送った。
猫の首にリボンをつけることにより短毛でも乗ることが出来るようになりました。
エマにはコーメイさんに乗って欲しかったのに何でチョーちゃんだけ乗れる設定にしてしまっていたのか自分でも謎です。
猫にリボンをつけることにより、単純に可愛さが倍増する効果もあります。
もちろんリボンはエマシルクです。