デザート。
誤字脱字報告感謝致します。
「エマさま、この食堂には趣向を凝らした中庭がありますよ。食休めに行ってみませんか?」
満腹のお腹を抱え、満足そうにしていたエマにヨシュアが提案する。
もともとは、王族の屋敷だったらしいこの広い建物には、それに見合う見事な中庭があるそうだ。
「ヨシュアが奨めるならきっと凄いとこなのね?行きましょう!」
エマの好みを網羅したヨシュアへの信頼は、厚い。
食堂を出て、中庭に向かう。
「中庭なんて素敵ねケイトリン」
「中庭なんて素敵だわキャサリン」
双子も興味津々といったように目を輝かせている。
双子はエマと同じ13歳で今年から入学。
フランチェスカとマリオンは、17歳で学園4年目。
アーサーは18歳で学園5年目と言うことだった。
アーサー曰く、魔物学を初年度から選択する生徒は珍しいとのこと。
「そもそも一番難しい科目だからね、ある程度学園に慣れた2、3年目に受けることが多いよ」
狩人の実技は体力作りも兼ねて、毎年必須だが魔物学は領地に合わせたクラスが卒業までに合格出来れば良いのだそう。
「し、知らなかった……」
ゲオルグだけがショックを受けている。
「お兄様は合格出来るか怪しいから受講回数で勝負よってお母様が言ってましたよ?」
「魔物学初級は一年で合格したいところですが……」
エマとウィリアムがゲオルグに追い討ちをかける。
ウィリアムは次男なので初級だけ合格すればいいし、エマに至っては受けなくてもいい。
「なんで、長男に生まれたんだ……」
「大変だな……」
嘆くゲオルグをアーサーが労う。ベル領は、王都に近いので初級だけ合格出来れば良いのだが、2年連続不合格で今年こそはと思っている。
「そうね、私がお兄様より早く男に生まれていたら良かったのかも?」
勉強嫌いの兄に立ち塞がる壁を思い、エマが同情する……が。
「お前……スチュワート家潰す気か?」
「姉様……パレスが崩壊します!」
二人の兄弟から散々な言われ方をした。
「着きましたよ」
談笑?も一区切り着いた頃にヨシュアが中庭への扉を示す。
扉の前にも給仕がついており、エマたちを見るとスッと扉を開けてくれる。
さわさわと気持ちの良い風と共に眼前に拡がる緑が眩しい。
南国を思わせる木々に点在する四阿の中にはラタン編みの様な机とソファー。
「なんか……バリ島みたい!」
エマは、前世のリゾート地を思い出す。
ソファーの上にはクッションがたくさん並んでおり、色味を抑えた四阿の中で一際カラフルで目立っている。
「まあ、エマ様はバリトゥをご存知なのねケイトリン」
「まあ、エマ様はバリトゥをご存知よキャサリン」
双子が嬉々として話し始める。
「バリトゥは、王国からとても離れた島国なのよねケイトリン」
「バリトゥは島国だから魔物の被害がないのよねキャサリン」
「まあ……魔物が出ない国もあるのですか?」
フランチェスカが驚く。
「海には魔物が出ないから島国は安全だって聞いたわよねケイトリン」
「でも、島国は狭いから安全だけど移住は断られるって話よねキャサリン」
どうやらこの世界、バリトゥというバリ島みたいな国があるらしい。
エマ達は四阿のソファーに座り、双子の異国の話を聞く。大きな港のあるシモンズ領で育っただけに、外国に詳しい。
給仕が、紅茶を持って来たタイミングで、会話が落ち着く。
中庭利用者には紅茶のサービスが付くらしく、甘いものがないのは寂しいと、さっきお腹いっぱい食べた後のエマが呟く。
「明日からはおやつを持ってきますね」
ヨシュアがエマに約束する。
「そうだ、ヨシュアこれを……」
ヨシュアの約束で思い出したエマは、鞄を探って刺繍の時間に作ったカフリンクスを取り出す。
今日作った中で、一番細かく、一番時間がかかったものをヨシュアに渡す。
「ありがとうございます!家宝にしますねエマさま!」
嬉しそうにヨシュアは早速袖に付ける。
アーサーがそのカフリンクスを覗き込んで驚きの声をあげる。
「何この刺繍!細かい!細かすぎる!」
カフリンクスには、ロートシルト家の紋章が刺繍されている。
「ライオンに、ユニコーンに…矢?」
凝視するようにアーサーが刺繍を見ている。
「うちの紋章は商人魂で縁起物満載でぎゅうぎゅう詰めなんですよね」
苦笑しながら、ヨシュアがカフリンクスを撫でる。
「ヨシュアにはカフリンクスの台座を安く売って貰ったから、お礼に紋章が入ったやつを作ったの」
カフリンクスの台座を100個、見つけるのも大変だったのでヨシュアに用意してもらった。破格の値段にしてくれた代わりにヨシュアにも1つプレゼントすると約束したのだ。
「うちではカフリンクスなんて刺繍しないもんな」
ゲオルグもヨシュアのカフリンクスを見ながら何もついていない自分の袖を示す。
貧乏性が板に付きすぎて、スチュワート家の普段着には装飾品が殆んどない。
壁の染みを隠すためのタペストリー、テーブルの傷を隠すためのクロス、自分達や使用人の衣服は沢山作ってきたが、ローズのドレスを縫うまでは、装飾の類いを作ることは稀であった。
「あっお兄様とウィリアムにもあるよ」
せっかく作ったので使ってもらえる方が有難いと鞄からまた、カフリンクスを出す。
ゲオルグ用の、スチュワート家の紋章の中の4匹の猫のデザインの内、黒猫だけを使ったデザインを渡す。
ウィリアムには、ゲオルグと同じ紋章だが、三毛猫を使ったデザインのものを渡す。
「……刺繍が得意なんだね、エマちゃん。二時間の授業でこんなに作ったの?」
ヨシュア、ゲオルグ、ウィリアムのどれも細かく、難しいデザインのカフリンクスを見て、アーサーが感心する。
刺繍の時間に出来た作品は、自分で使う、友達と交換、令息へプレゼントの三択が基本で、公爵家で身長も高く、顔も良いアーサーは毎年色んな令嬢からカフリンクスをプレゼントされてきた。
その、どれをとってもエマの作品に敵うものはなかった。13歳の少女の作品とは思えない。
あまり、女の子らしい事が苦手なのかと勝手に思っていたが素晴らしい腕だった。
「そんな事ないですよ!私は絵柄をデザインするのは好きなのですが……刺繍だけなら兄や弟のが早くて上手なんです」
エマが謙遜する。スチュワート家の作品はエマがデザインしたものを皆で作るスタイルなので縫い物の技術だけなら、ゲオルグとウィリアムの方が上手いのだ。
何故?伯爵令息が刺繍を?
アーサーだけでなく、双子もマリオンもフランチェスカも不思議そうにゲオルグとウィリアムを見る。
「いやいや……俺の技術なんてお父様のレース編みに比べたらまだまだだよ」
「家で一番の縫い手はお父様ですからね」
急な注目にゲオルグとウィリアムが照れながら、エマと同じく謙遜する。
その謙遜は新たな謎を呼ぶ。
――なぜ?スチュワート伯爵がレース編みを?
貧乏だった時間が長いほど腕は上がるのであった。
「よろしければ、アーサー様もいかがですか?」
エマが鞄からまた、カフリンクスを取り出す。
クローバーとてんとう虫の一見、可愛いデザインだが、刺繍が細かく、リアルな為に男性が着けても違和感が無さそうだ。
「いっ良いのかい!?てかエマ嬢、一体何個作ったの?」
嬉しそうにアーサーもカフリンクスを受けとるが、謎は深まる。
ふふふとエマが笑っていると、見覚えのある令息達が近づいてきた。
「エマさん、体調はどう?」
全員が心配そうな顔でエマを見ている。
魔物学が終わった後にエマを庇おうと立ち上がったパレス周辺の令息達だった。
「まあ、クリス様に、グレン様……皆様どうなさったのですか?私は元気ですわ」
お腹も落ち着いたし……と思いながらエマは答えるが、令息達の質問の意図がわからない。
「ロバート様に絡まれたとき、助けられなくてすいませんでした」
助けなければと思ったが、初めて見る王子の黒髪に畏怖の念を覚えた上に、ロバートの髪も黒に近いので怖くて、表だって直ぐに庇うことが出来なかった。
学園の中では無礼講と言われているが、中々公爵家に楯突くことも出来ず……。
魔物学の教室は広かった上に、入って直ぐにロバートに絡まれたので、この令息達も同じ授業だったとは気付いていなかった。
「そんな、エマ姉様がケンカ売ったのが悪いんですよ?」
「ロバート様は、できるなら関わらない方が賢明だと思うよ」
ウィリアムとゲオルグが謝ることはないと言い張る。
もし庇ってロバートに目をつけられることになれば、完全な巻き込まれ事故でしかない。それは、流石に申し訳ない。
「それに、傷跡のことをロバート様に話してしまいました」
泣き出さんばかりに令息は告白する。
きっとロバート様はエマに酷いことをする、そのきっかけを作ってしまったと。
「若気の至りの傷のことよねケイトリン?」
「若気の至りの傷のことねキャサリン」
学園で唯一、エマに傷跡について質問した無遠慮な双子がその話詳しくとせがむ。
「あの、噂では殿下と一緒にいた時に魔物に襲われ、負ったと耳にしたのですが?」
おずおずとフランチェスカが言葉にする。
「え?私は殿下を庇って、怪我をしたって噂を聞いたけど?」
マリオンも自分の耳にした噂を言葉にする。
「……あの……全然、庇ったとかではなく……」
自分の知らないところで自分の噂が一人歩きしている。
少し、恥ずかしそうにエマが真相を話す。
「ヤドヴィ……姫と殿下とローズ様と遊んでいたときに偶然、局地的結界ハザードを見つけて……殿下達に避難して貰ったあと、その……ぼけーっと出てきた魔物を眺めてたら攻撃されました」
テヘペロなんて可愛く言ってはみるが内容は可愛くない。
魔物に襲われるなど王都では考えられない事で、傷の大きさもその時の被害を物語っている。シーンと一瞬静まり、居心地悪くなったエマが平気だというアピールに他の傷も見せようと襟元に手を伸ばすがウィリアムに止められる。
「姉様……脱いじゃだめです!」
「うえ?なんで?」
「ちょっと考えたらわかるでしょ?」
「ん……あっそうよね、外で脱いじゃだめよね?」
……そう言うことじゃない!
その場の全員の突っ込み虚しくエマは、ニコニコしている。
「別に傷のこと、内緒にしてた訳でもないし構わないですよ」
申し訳なさそうにしている令息達にエマは、答える。
何をそこまで思い詰めているのか。
「エマさんを攻撃した魔物が、スライムだということも言ってしまったんです」
今日、授業で習ったばかりのあの凶悪な、凄惨な被害をもたらすあのスライムだ。エマのトラウマを抉るような授業だった。
今、見る限りでは落ち着いて、顔色も良さそうだが教室を出るときのエマは、本当に辛そうだった。
きっとご飯も食べることが出来ずに、ソファーのある中庭で休んでいたのだろう。
「大丈夫ですよ。何にも気にすることはありませんから」
そんなエマに優しい言葉をかけられ、令息達は改めてエマ天使説を確信する。
「なんて……なんて優しい……」
「ご自分がどんなに辛くても、笑顔を絶やさず、周りを気遣うなんて……」
「天使……」
「マジ天使……」
よく分からない所で、よく分からない感動をされいつもながらエマは、首を傾げる。
話を聞いていた、アーサーもマリオンもフランチェスカも驚いていた。あの凶悪な恐ろしいスライムに大怪我を負わされたエマが、あの血生臭いスライムの授業の後で貪るが如くランチをかっ込んでいたのだから。
「あの……エマさん、よかったら、これ食べて下さい」
令息達がエマに次々と可愛らしい袋を渡す。
中身はクッキーだったり、チョコレートだったり、どれも王都で有名な店のお菓子だ。
甘いものが大好きなエマのために、ロバートが去ったあと全速力で走って店に買いに行ってきたものだ。
お昼ご飯は食べられなくても、せめて大好きな甘いものなら喉を通るのではと話し合った結果であった。
エマがしっかりランチセットを平らげたとは誰も思っていない。
「なんて美味しそうなの!」
チョコレートを1つ選んで口の中に入れる。
普段、スチュワート家で食べているのとは違う高級な味がした。
ヨシュアのお土産でしか食べたことのないやつだ。
「おいしい!!凄く美味しいです!」
ほっぺたが落ちないように手を当ててもぐもぐする仕草は破滅的に可愛かった。
この顔を見られるのは自分だけだと思っていたのに……とヨシュアがショックを受けている。
令息達は貰ったお菓子を美味しそうに食べるエマを見てほっと胸を撫で下ろす。
「そうだ!皆さん、お礼に今日の刺繍の授業で作ったカフリンクス、貰って下さい!」
ぱっぱっぱっと鞄から、人数分のカフリンクスを出し、一人一人手渡していく。
渡された令息達は、天使からの贈り物に狂喜乱舞しながら去っていった。
気の利く給仕が、お代わりの紅茶を注いでくれるのを待って、エマは、満面の笑みでクッキーに手を伸ばす。
「今日はデザートまであるなんて凄く良い日だわ!皆さんも一緒に食べましょう」
まだ……食べるのか、フランチェスカとマリオンはエマの細い体の中のどこにデザートの空きがあるのか理解できない。
「頂きましょうよケイトリン」
「頂きましょうねキャサリン」
双子は嬉しそうにクッキーを選んでいる。
ゲオルグとウィリアムは可哀想なものを見るように令息達が去って行った方向を見つめている。
ヨシュアは、もっと美味しいスイーツを探さなければと決意した。
「ところでエマ嬢……」
アーサーがこの日2回目の質問をする。
「一体何個作ったの?」
甘いものは別腹だよね。