敵認定致します。
誤字脱字申し訳ございません。
誤字脱字報告に感謝致します。
「静かにしてくれないか?」
不機嫌な声と同時に、一番前の席にいた生徒が立ち上がる。
「女の癖に魔物学を受けるなんてバカなのか?こっちは真剣なんだ。殿下も魔物学は王族は受けなくても良い筈ですが?わざわざ邪魔をしにいらしたのですか?」
「ロバート様……」
フランチェスカの体がビクッと震え、縮こまる。
「まだ、授業が始まってもいない内から、いちゃもんつけないで貰えるかいロバート」
アーサーがうんざりした顔でロバートを見る。
あの方はどちら様ですの?こっそりとフランチェスカにエマが質問する。
王子に向かってうるさいなんて言える貴族がいるとは驚きだ。
「ふんっ聞こえているぞ、エマ・スチュワート。私のことを知らないなど、とんだ田舎者だなっ」
心底バカにするような顔でロバートはエマに言い放つ。
「口が過ぎるぞロバート!」
王子が繋いだ手の力を少し強く握って庇ってくれる。
「申し訳ございません。ロバート?様?ずっと辺境領地で暮らしていたものですから、わからない事が多いのです」
繋いでない方の手でスカートの裾を少し上げ、頭を下げる。
なにせ向こうはフルネームでエマを呼んでいるのだ。そんなにパーティーで目立っていたのだろうか?
「ろ、ロバート様は、ライラ様のお兄様ですよ。ランス公爵家の長男です」
後ろからフランチェスカがエマに教えてくれる。
「まあ、ライラ様の!?あまり似ていらっしゃらないのですね?」
ライラは、元の世界では見たことのない綺麗な水色の髪だがロバートは黒に近い茶色の髪をしている。
それに、ライラ様は一人で教室に入ったエマに一番に声をかけてくれた優しい(エマ目線)令嬢だった、ロバートの様に感じ悪くない。
「当たり前だ。妹とは母親が違うからな、私の母親は現国王の姪にあたる。公爵と王族の血が私には流れている」
だから自分は偉いのだと自慢げにロバートは答える。
辺境では、貧乏過ぎて生きるのに必死な時期が長かったために領主と領民は協力しながら暮らしてきた。
貴族だから偉いという感覚がスチュワート家には殆んどなかった上に前世の日本人の記憶を思い出した今、ロバートの自慢が全くもって響いてこない。
「はあ……そうなんですね。なるほど、殿下に失礼な口を利けるのは、親戚的な親しみからなんですね?」
「バカなのか?」
なんとか理解しようと、エマが口を開くが、またロバートに呆れられる。
「殿下の母親は、侯爵家だぞ?それに、我がランス家は代々王族の姫が降嫁する家柄、血筋だけなら私の方が王に近いくらいだ」
王子が眉間に皺を寄せ、痛い所を突かれた様な表情になる。
フランチェスカはまだ、震えている。アーサー&マリオンもこれを言われると何も言えないとばかりに下を向く。双子は面白そうに状況を窺っている。
「え?でも、王族じゃないですよね?王族としての責務を何もなさっていないのに、血筋だけ主張されましても……なんかダサい……」
「はあ!?」
「エマ!!!そろそろ黙ろうか!?」
「姉様、傷が痛むのですね?そうですね、少し座りましょう。ご自分でも何を言ってるのかわからない位、痛むのですね!!?」
ゲオルグとウィリアムが慌てて割って入る。
ロバートの顔は怒りで真っ赤になり、反撃に声を出そうと口を開けた時、始業のチャイムが鳴る。
教師がぬうっと、扉をくぐるように入ってくる。
父親のレオナルドも体格は良い方だし、隣にいるアーサーも背が高いが、比べる迄もなく大きな教師は、エマたちを一瞥すると、
「さっさと座れ」
と言った。
魔物学に女子がいないのは、この教師、ヴォルフガング・ガリアーノの見た目も影響している。
ただただ、でかくて怖い。2メートルを超える巨体につるっとしたスキンヘッド。服を着ていても分かる盛り上がった筋肉に、エマ顔負けの傷だらけの顔は、貴族令嬢が直視するには刺激が強すぎるのだ。
「はいっ!」
物凄く気持ちの良い返事と共に、ロバートが席に着く。
うわっやっぱりダサいな……と心の中で思っていたエマもウィリアムに無理やり座らされる。
「今日から一年、魔物学を担当するヴォルフガング・ガリアーノだ。と、言っても殆んどは去年と同じ顔ぶれだな」
広い教室に、教師の低い声が響く。
必須科目といえど、合格出来る生徒が少ないため、毎年似たような顔が並ぶ事が多い。
「まあ、今年は珍しく、女子が5人もいる。難しい科目だが頑張って勉強するんだな」
エマ達の方へ教師の視線が行く。
蛇に睨まれた蛙の様に双子が「ぴっっ」と変な声を出して固まる。
フランチェスカは震えたままだし、マリオンもコクリと唾を飲み込む。
「はいっヴォルフガング先生、頑張りますわ」
エマだけが、にっこりと答える。
強面、ムキムキおじさんも悪くない。枯れ専の悲しい性で女の子らしからぬ反応である。
「ほう……その傷、スチュワート家のエマ嬢か?」
怖がる素振りのないエマの顔の傷を見て教師が尋ねる。王都の人には、何故こんなにもエマの事が知れ渡っているのか謎である。
ヴォルフガングが教室に入ってからお馴染みの緊張感に晒されている生徒達が目で会話する。
ちょっ……エマ様はあのヴォルフガング先生を見て普通に受け答えしている!?
さっきのロバート様の血筋云々と言い、なんて柔軟な心を持っているんだ?
いやいや、怖いに決まっているだろ?ヴォルフガング先生だぞ?
あれは、思いやりだぞ?怖くても、失礼の無いように笑顔で答えてるんだ。
あれは、エマ様の優しさがそうさせるのか?
あの笑顔だけで、この授業受けて良かったって思える。
それな!
ただの枯れ専の成せる技なのだが、誰もそうは思い至れない。
「よし、今日はスライムについて授業しよう。去年と内容が大きく変わるからよく聞いておくように」
にやりと笑って教師は授業を始める。
スライムってなんだっけ?生徒が一斉に教科書を捲る。出現率が低いスライムは認知度も低いのだ。
去年、必死で覚えた内容も、新たな事実が発見される度にすぐに反映されるので、魔物学は毎年教えることが変わる。
特に今年は、教室で真剣な顔で授業を受けているスチュワート三兄弟の活躍でスライムだけでなく、その他の魔物の画期的な対処法が幾つか報告されている。
今年こそは合格だと意気込んでいる生徒には可哀想だが、面白い一年になりそうだ。
ヴォルフガングが黒板にスライムのイラストを描いている(凄く上手い)隙にゲオルグとウィリアムがエマを責める。
「エマ……っていうか港!あれわざとだろ?わざとロバートを怒らせただろ?」
「みな姉!悪い癖出てたよ!子供相手にそこまでしなくても……問題起こすなって言われてるのに……」
「ん?だってあのロバート様?始めになんて言ったと思う?女の癖にって言ったのよ?勘違い男尊女卑野郎は昔から大嫌いなのよね」
ふふふとエマが笑う。
今まで、この世界ではエマに優しい令息ばかりだったが王都ではロバートの様に男女差別思想の者もいるようだ。
港は女子には寛大だが、男子には厳しいのだ。特に、女の癖にと言う男子には。
「エマ……あんまり、虐めるなよ?」
ゲオルグは好戦的なエマの表情に嫌な予感しかしない。
「姉様?騒ぎは起こさないで下さいね?」
無理だろうけど……諦め顔でウィリアムも注意する。
「そこっ私語は慎みなさい。エマ・スチュワート!スライムを切ったらどうなる?」
ぷるんぷるんの見事なスライムをチョークで描き上げたヴォルフガングが、私語を窘め、罰と言わんばかりにエマに質問する。
「はいっヴォルフガング先生。スライムへの斬撃は、分裂を意味します。切れば、切るほどスライムは増えていきます」
急に当てられた質問に、迷うことなく答える。
ヴォルフガングの正解だ……と言う声に、教室から教科書を捲る音が止み、感嘆の声も重なる。
ロバートだけは、悔しそうに顔を歪ませているが、エマの知ったことではない。
無事に、平和にとの母メルサの願い虚しく、エマVSロバートの戦いの火蓋は切られたのだった。
フランチェスカの兄……ホントにいるんだろうか?