宣戦布告?
誤字脱字申し訳ございません。
誤字報告に感謝致します。
「「っ疲れたー」」
ウィリアムとヨシュアが机に突っ伏している。
「まさか、二時間走らされるとは思わなかった……」
やっと落ち着いた呼吸になってきたウィリアムが教室を見回しながら弱々しい声で呟く。
見回した教室内には、二人より更にぐったりしている生徒も多い。
「狩人は体力が命!とか……あの教師、絶対脳味噌まで筋肉ですよ」
ヨシュアも一年前から少しは鍛えてきたが、疲れが隠せない。
「まーでも、実際体力は要るけどな」
一人けろっとした顔でゲオルグが答える。
狩人の実技、初級の授業は、二時間学園の周りを走り続けただけで終わった。頭を使わなかったのでゲオルグの一人勝ちである。
「……エマ様は、まだですか?」
ヨシュアが乱れた服装を直しながら教室の入り口を見る。
「あいつ……また、問題起こしてないかな?」
「あっ王子!」
入り口にエドワード第二王子の姿があった。
ウィリアムの呼び掛けに気付き、一緒にいた背の高い少年と共にやってくる。
「その様子を見ると、狩人の実技初級は今年も二時間走りっぱなしか?」
慌てて教室内の生徒が立ち上がり、臣下の礼をしようとするのを手で制し、ゲオルグとウィリアムに話しかける。
「王子は中級の方にいたんですか?」
王子の言葉にゲオルグが質問する。
「私は去年、入学したからな。魔物学は今年から選択した。……その歳で走りっぱなしは大変だったろうウィリアム?」
生徒の中でも、一番年少のウィリアムに王子が同情する。
学園の入学年齢の制限はないが、年齢、性別で授業の内容が考慮されることはない。もちろん、身分の違いでもだ。
「去年の王子も大分、苦労なさってましたしね」
王子と一緒にいた少年が、悪戯っぽい笑みでからかう。
「アーサー、余計なことは言わなくていい。ゲオルグ、ウィリアム、紹介しよう、学友のアーサー・ベルだ」
アーサーと呼ばれた少年は、悪戯っぽい笑みそのままに自己紹介する。
「スチュワート家のゲオルグ君とウィリアム君だね。殿下から色々話は聞いているよ。……まあ、色々と言ってもスチュワート家の姫に比べたら1/10くらいの量だけどね」
「アーサー!!!」
完全に王子をイジっている。
年齢は王子と同じらしいが、体格が既に大人と変わらないアーサーはよく目立つ。ベル家は代々騎士の家系なので、王子の学友兼ボディーガードでもあるのだろう。
「ああ、そうだ王子、俺の方も一人紹介していいですか?幼馴染のヨシュア・ロートシルトです」
ゲオルグの影に隠れていたヨシュアが、スッと臣下の礼をする。
「ヨシュア・ロートシルトです。殿下。今年から男爵位を賜り、貴族の末席を汚すことになりました」
王子の許しを得て、ヨシュアが顔を上げる。
「ほう……お前がそばかす顔のヨシュアか……」
一年前、遊びに厳しいヤドヴィガのままごとで出てきた名前を王子はずっと覚えていた。
「はい、スチュワート家とは懇意にしております。特に、エマ様とは仲良くして頂いております」
にっこりとヨシュアが言葉を返した瞬間、その場にピリリと緊張感が生まれる。
……凄い!あのヨシュアって奴!王子に宣戦布告かましてるぞ!
今年から男爵って元平民が王子に!?
いやいや、ロートシルトって言ってなかったか?あの商会の息子だとしたら資産は国に並ぶぞ?
教室内に不幸にも居合わせてしまった生徒が一斉に目だけで会話する。
王子がエマを好きなのは、王城のパーティーでまるっとばれてしまっていた。殆んど表情を変える事がなかった王子がエマの前では別人のようだったのだから無理もない。
狩人の実技の後の気だるげな雰囲気は一変し、誰もがピクリとも動けない。やっと暖かくなってきた王都だが、この教室だけは冷気すら漂っているように感じる。
「ふふふ、こちらの教室みたいですよ?」
「良かった、刺繍の先生が急かすものだから間に合わないかと思いましたわ」
「魔物学楽しみだわケイトリン」
「魔物学楽しみねキャサリン」
「魔物学の教室は広いので席の確保は大丈夫そうだな」
凍りついた教室の雰囲気を破ったのは、魔物学の教室に近年聞こえる事がなかった女の子達の声であった。
「あっヨシュア!狩人の実技どうだった?」
王子と対面していたヨシュアは入り口の方に向いていた為に、エマが声をかける。
不幸にも動くことの出来ない生徒達が目だけで会話する。
……なんで女子が教室に?
あの声はエマ様?だよな?よりによって王子より先にヨシュアに声をかけたぞ!
なんなんだこの状況は?学園初日にこんな緊張したことあったか?
エマの声に王子が振り向く。
「まあ王子だわケイトリン」
「まあ王子ねキャサリン」
呑気な声を出す双子の頭を押さえ、フランチェスカとマリオンが臣下の礼をする。
「エマ!どうしてここに?」
王子の声が弾んでいる。今日の授業は、男子の必須科目ばかりなので会えると思っていなかったのだ。
「魔物学の授業を受けに参りました。王子も魔物学ですか?」
ふわっと柔らかい笑みでエマが答える。
パーティーの時と違い、ベールを被ってないエマの右頬には大きな傷跡が目立つものの、極度の緊張状態を強いられていた生徒にとってエマの笑顔は癒しでしかなかった。
…………。
可愛い……。
良い……。
相変わらず、目だけの会話だが肝心の瞳がハートマークになっているものもチラホラ……。この世界の令息は何かとチョロい。
「お兄様もウィリアムも一緒でしたか。えっと……?」
エマが、王子の近くにいる見慣れぬアーサーに首を傾げる。
ぐるりと周りを見て、やっぱり悪戯っぽい笑みを隠すことなくアーサーがエマに握手を求める。
「はじめまして、お姫様!アーサー・ベルと申します。そこにいるマリオンは私の妹でして、仲良くして頂いているようですね?」
握手した手をそのまま口づけようとして、マリオンに止められる。
「兄上、悪ふざけがすぎますよ」
「なんで止めるんだ、マリオン?お前がいつもやっていることだろう?」
「私に口づけされて不快に思う令嬢は皆無ですが、兄上はそうではありませんから!」
兄が兄なら妹も妹である。
「ふふふ、仲が良いんですね?」
エマがまた柔らかく笑うと、アーサーが顔を近づける。
「かっわいいーねー、これは王子もイチ……コ……ロ……」
グイっと王子に引っ張られ、アーサーがバランスを崩す。
「いい加減にしろアーサー!あと、いつまで手を握っている」
アーサーの手からエマを解放し、守るように背に隠す。
行動はリアル王子だが、どさくさに紛れてエマと手を繋いでいる。
「ウィリアム……なんで俺の妹は、無駄にモテるんだ?」
「中身はアラフォーなんで、本人無自覚どころか、母目線ですからね……あれが余計におかしなことに拍車をかけていると言うか……」
ゲオルグとウィリアムが、二人でひそひそ話しながら頭を抱える。
目で会話している可哀想な生徒の中にフランチェスカのお兄さんもいる……ハズ……。