最初の授業。
誤字に謝罪を。
誤字報告に感謝を。
学園が始まってから一週間、数百種類の授業の概要と、それを受けるための予約の方法、テストについての説明が終わり、本日から授業が始まる。
初めのうちは、なるべく三兄弟で同じ授業を受けるようにと母から助言があったのでゲオルグとウィリアムは同じ時間割で一年を過ごす予定だ。
入学する年齢の決まりはないが男子は15~16歳、女子は、13~15歳くらいから通い始めるのが多いらしい。
ウィリアムは勉強が苦手なゲオルグを手伝うために同じタイミングで入学することになった。スチュワート家を継ぐのはゲオルグの予定なので、なんとしても学園卒業資格が必要なのだ。
エマも殆んど同じ授業を選択しているが、男子の必須科目を女子が選択するのは珍しく、所謂、工業高校の女子みたいになることが予想される。
狩人の実技だけは、怪我でもしたら大変……と父レオナルドが反対したので選択できなかった。
うっかり、傷跡を言い訳にダンスから逃げたことを忘れており、体を動かす授業は選べないことに後で気付いて、父が反対してなければ嘘がバレてしまうところだった。
ゲオルグとウィリアムが狩人の実技を受けている間は、女の子が多い授業にしなさいと心配性に拍車がかかった母に言われ、刺繍しか選べるものがなかった。
ヨシュアが以前に教えてくれた通り、女子の多い授業は礼儀作法や刺繍、そして俄に流行り出したダンスである。
「姉様、僕たちはこっちなので」
「エマ、問題起こすなよ?」
ずらーと同じ造りの学舎が並んだ学園の中の道でゲオルグとウィリアムが立ち止まり、エマに向かって毎度お馴染みの注意をする。
「お兄様、私は毎回問題は起こしてないですよ?勝手に問題が起こるのです」
前世の記憶が戻る前も戻った後も、変わらず言われる注意に納得のいかない顔でエマが答える。
学園初めての授業は唯一、兄弟と違う刺繍だった。
「エマさま、次の魔物学で会いましょう」
エマの隣を陣取っていたヨシュアも名残惜しそうに別れを告げる。
男子は必須科目から始まるのが通例らしく、魔物学のあとはランチ休憩を挟んで経済学だ。
生徒達が面白い様に男女でエマのいる場所から二手に別れる。
必須科目が初日にあるのは迷って遅れないようにとの配慮かもしれないな……とぼんやり思う。
一人での授業は少し心細いが、前世では奨学金してまで大学に行く気持ちがなかったので十数年ぶりの学校で楽しみでもある。
受講人数の多い授業は、それぞれ独立した学舎が建てられており、エマの受ける刺繍もその一つである。
一年目に受けることのできる刺繍の授業は、初級のみで二年目以降は初級のテストに合格していれば、中級、上級が選択できる。
とにかく一年目は、自分のレベルを見極めることが大事で、実力を把握した上で二年目以降の授業を決める材料にするのだと母メルサに教えてもらった。
迷うことなく、刺繍の学舎を見つけ初級の教室を覗く。
入学後初の授業だけに、みんな早めに教室に集まっているのか、殆んど席は埋まっていた。個々の勉強机ではなく、大きな作業机を6人が共用で使う配置になっており、早くも机ごとに女子グループができ上がっていた。
教室に一人で入るには多少勇気が要ったが、入学前のお茶会の誘いを片っ端から断ったのだから自業自得だと観念して入室する。
それまでお喋りに花を咲かせていた令嬢が一斉にエマの方へ視線を向ける。
「ごらんになって?スチュワート家のエマ様よ」
「まあ!お顔に大きな傷が!パーティーではベールで気付かなかったけれど……魔物に襲われたという噂は本当だったのね」
「なんてお可哀想なのかしら?」
ひそひそと声を落としてはいるが、聞こえなくない声量で令嬢たちがエマについて情報交換を始める。
王城のパーティーで目立ったがために注目されてしまうのは仕方がない。
その中でも一際目立つグループの、一番目立つ容姿の令嬢がエマに近付いて、声をかける。
「スチュワート家のエマ様とお見受け致します。私、ランス公爵家の長女、ライラ・ランスと申します。よろしければ、一緒に授業受けませんこと?」
あちらの世界では、漫画やアニメで見たことしかない見事な水色の髪のライラ・ランス令嬢がにっこりと笑う。
エマより少し年上の令嬢の示す席には、お洒落できらきら眩しい女子ばかりいた。
「あっはい、エマ・スチュワートと申します。ライラ様、せっかくのお誘いですが……」
なるべく、こんな怖そうなグループからは距離を置きたい。前世での学校生活から得た直感がそう告げる。
どう見てもエマには合わない一軍女子集団だ。
ぐるっと教室を見回すと、ポカンと空きの目立つ作業机が目につく。
教室の端の窓際の作業机に令嬢が一人だけ座っていて、ほぼ埋まりかけている教室の席の中でわざとらしく避けられているようにも見える。
「……私は、あちらの席にします」
ライラに軽く会釈してから、窓際の空いている席を目指す。
ライラはまあ、それは残念ですわとまたにっこりと笑って答えてくれたが、初めの笑顔と比べ口の端が引きつっていた。
「あの……お隣よろしいですか?フランチェスカ様」
ずっと机を見つめるように俯いていたフランチェスカ嬢がエマの言葉に顔を上げる。
「エマ様!?……なぜ……?」
声が少し震えている。
「私、王都に来たばかりだから、未だに女の子のお友達がフランチェスカ様しかいないのです。ご迷惑でなければ、ご一緒してかまいませんか?」
そう言って、エマはフランチェスカの言葉を待たずに隣に座ってしまう。もし、断られたらあの一軍グループに行かなくてはならない。
エマは唯一のお友達がいる席を選んだと、周りに聞こえるように言うことでライラの誘いを断ったのも理由があると主張した。
ひそひそ声が、少し小さくなり、憐れみから敵意剥き出しの内容が混じる。
「せっかく、ライラ様がお誘いしたのに断るなんてっ」
「しかも、あのフランチェスカ様の席よ」
「なに良い子ぶっているのかしら?」
小さな声で、誰が言っているのかわからないのに、中身はしっかり聞こえるという高度な悪口がエマとフランチェスカに向けられている。
再び、いたたまれなくなりフランチェスカは俯きかけるが、エマが周りを気にせず話しかける。
「刺繍の授業で使う道具や材料は原則、持参ってなってますけど、荷物が増えて大変ですよね?」
「そう……ですか?まだ刺繍は少ない方ですよ。私は去年まで、ダンスの授業を多く選択してましたので、ダンス用ドレス、靴、汗をかくので更に着替えが必要でしたから……ってエマ様、何が入っているんですかその鞄は?」
これだけ優しくしてくれるエマを無視するわけにもいかず、フランチェスカはおずおずと答えていたが、エマの鞄が他の令嬢の倍以上の大きなものだったことに気付く。
今日の授業は、カフリンクスの飾り部分の刺繍をするはずで、用意するのは針、糸、刺繍枠、カフリンクスの台座くらいである。
「え?今日の授業の持参品に書いてあったものだけですけど……」
可愛らしく首をかしげるエマだが、大きな鞄の中に空きはそれほどなさそうに見える。
「あのっ……お話し中にごめんなさい。こちらの席は空いていますか?」
声が聞こえて振り向くと、全く同じ顔が2つ並んでいた。
「私は、キャサリン・シモンズ。この子は双子の妹のケイトリンです。二人で同じ机になる席がここしかなくて……」
銀髪と銀灰色の瞳、肌は綺麗な小麦色。
港がプレイした、主人公アバターを作るタイプのゲームは一貫して銀髪、小麦肌だったので目の前の本物にときめく。要は憧れの色味なのだ。
「はいっ空いてますよ。キャサリン様、ケイトリン様、私はエマ・スチュワートと申します。こちらはお友達のフランチェスカ・デラクール様です」
そう言って、隣の席を勧める。
「ありがとうございます。私達、絶対に二人が良かったから助かりましたわ。……エマさま!お顔に大きな傷があるんですね!どうなされたの?」
「キャサリン!!!不躾に聞いては失礼よ!!エマさまごめんなさい、姉は本当に考え無しだから。それで、その傷、どうなさったの?」
興味津々といった目で双子がエマを見つめる。色味も好みだが、客観的に見ても可愛い顔立ちの双子である。少し、無遠慮な所はあるが、嫌いじゃない。礼儀作法なんてシャボン玉だ。
「ふふふ、お二人ともそっくりですね。この傷は……そうですね、若気の至りってやつですわ」
双子は揃って胸に手を当てる。
「「エマさま!笑うと殺人的に可愛いですわね!私キュンてなりました」」
双子だけに綺麗にハモる。
「あらケイトリン、私が先にキュンとしたのよ?」
「いいえキャサリン、私の方が先にキュンとしたわ!」
双子の登場でエマとフランチェスカの机は急に賑やかになった。
二人の遠慮のない様子にフランチェスカはびっくりして声も出ない様子だが、不快に感じてはいないようで安心する。
そろそろ授業開始時間が近付いている。生徒である令嬢達も皆、各々席に座り、講師を待つ体勢になっている。
チャイムが鳴ったと同時に扉が開く。
「まっ間に合ったーーーー!」
勢い良く入ってきた人物を見た瞬間、教室に黄色い悲鳴が響き渡る。
「まっマリオン様よ!!」
「今日もなんて麗しい」
「間に合ったって仰ったけど、この授業受けるのかしら?」
暫し、耳に手を当てて喧騒を逃れながらエマがフランチェスカに訊ねる。
「フランチェスカ様?あの方をご存知ですか?」
聞くや否や、フランチェスカが驚きの表情で聞き返す。
「エマ様は、マリオン・ベル様をご存知ないのですか?」
どうやら相当な有名人らしい。
「「有名な方ですの?」」
双子のキャサリンとケイトリンも知らないらしい。
「マリオン・ベル様は、現騎士団長のご息女で……」
「「女性ですの!?」」
双子が又もやハモりながら質問を重ねる。
背が高いために見映えする乗馬服に、短く切り揃えた茶色の髪。透き通るような青い瞳に落ち着いた雰囲気……成る程、男装の麗人、女子にモテる女子だ。
さっきエマに声をかけたライラが、いち早くマリオンの手を取り話しかけている。
「マリオン様?刺繍のクラスなんて珍しい選択ですね?よろしければ、私と同じ席に参りませんこと?」
エマが誘われた時と違うちょっと高めの声音で、甘えるようにライラが誘っている。
「ライラ嬢っ久しぶりだな。元気にしていたか?見たところ貴方の机は席が埋まっているのでは?」
「大丈夫ですわ、一人抜けて貰いますから」
マリオンの言葉に何でもない風にライラは答える。ライラがいたグループの令嬢に緊張が走ったのが、遠目にもわかる。
「いやいや、遅れて来たのは私なのだからそれはいけないよ?……ああ、あそこの席が空いているからそっちに行くよ。誘ってくれてありがとう」
ライラの手を取り、軽く甲に口付けしてからマリオンは空いた席へと移動する。一連の動作はキザそのものだが、優雅な動きは様になっていてかっこいい。女子の悲鳴が止まらない。
「ここ、いい?」
空いた席……即ち、エマ達の机である。
「どうぞ」
周りの令嬢達の羨望の眼差しを無視して、エマが席を勧める。
一年を過ごす刺繍の授業で同じ机についた面々は、酒豪のフランチェスカ、虫好き非常識エマ、銀髪無遠慮な双子キャサリン&ケイトリン、男装の麗人マリオンとなった。
なんか……この席キャラ濃くない?新たに加わったマリオンに自己紹介しながら、エマは首をかしげていた。
女の子、一気に増えました。