国王と第三回田中家家族会議。
誤字報告本当に感謝致します。
前世を思い出す前、エマにとって大事なものは家族と虫の2つだけであった。
年齢的なこともあるが、異性など意識することもなければ興味もない。
前世の港は地味な顔にも拘わらず、モテた。
50歳を過ぎたおじさん限定で、絶大なる人気を誇っていた。
職場では、社長も専務も部長も課長も港を見つけると目尻を下げて絡んでくる。老眼と共に港は可愛く見えるのか?と不思議に思うほどで、おじさんホイホイと呼ばれたりもした。
結局アプローチしてくる数の比率で、付き合う男性はほぼ年上で、周囲からは重度の枯れ専扱いされていた。
弟はロリコン、姉は枯れ専。田中家はいつだって残念だ。
今、目の前にいるシャルル・コンスタンティン・ロイヤル陛下の年齢は、48歳。港の枯れ専サー(港のおじさん鑑定能力)が警報を鳴らす。
鍛え上げられた屈強な体。
清潔感すらある整えられた髭。
黒髪に混じる白髪。(ロマンスグレーまであと10年ちょっと?)
豪快に笑った時に出来る目尻の皺。
低いのによく通る渋い声。
国王陛下は港が鑑定してきた、どのおじさんよりも格好良かった。
流石は国王、ローズ様を嫁に貰うだけある。二人並べば、美女センサーも作動するので、警報が二倍鳴り響く。ただただ眼福である。油断すると手を合わせて拝みそうになる。
「エマ?今、かっこいいって言っていたのは……陛下のことか?」
思わず呟いた言葉が聞こえてしまったのか、王子に小声で聞かれる。
背が伸びた王子を見上げれば、少し困った様な表情をしている。
王子は真面目なので、国王の軽口を真に受けて義理の母が増えるのではないかと心配しているのかもしれない。
王子が息子……。
港が20歳くらいで子供を生んでいれば、あり得なくはない年齢ではあるのだ。友達の子供も何人かは中学生だ。
「聞こえてしまいましたか?皆には内緒にして下さいね……恥ずかしいので」
馬鹿みたいなことを考えてしまったと、顔が熱くなる。
子供どころか、結婚すら辿り着けなかった。恋愛は港には面倒で疲れるものでしかなかった。
デートやらなんやらでお金はかかるし、せっかくの休日もだらだら出来ないし、お金かかるし、泊まりに来られようものなら家事が増えるし、あとお金かかるし。頑張れるのはせいぜい半年、それも年をとるごとに面倒臭さは増す。
「エマちゃん、座ってお話しましょう?」
過去の面倒な恋愛をついでに思い出してしまい、ちょっと憂鬱になりかけたところで、ローズから声がかかる。
国王陛下、ローズ、王子とヤドヴィガ姫が座るのを待って、三兄弟で並んでソファーに腰を下ろす。
「わざわざ呼んだのは、礼を言いたくてね」
ふっと息を吐いてから、国王がイケボで話し始める。
「ローズや子供達が世話になったと聞いてね。王都に帰って来てからはスチュワート家の話ばかりするんだ」
目を細めて、思い出すように笑う国王のイケオジ感が凄い。その表情、最高です。ありがとうございます。
「いえ、お世話になったのは我々の方です。何度もバレリー領のお屋敷にも招待して頂きました」
ゲオルグの言葉にエマも、ウィリアムもこくこくと頷く。
あの時はローズの美しさに魅せられて、ぐいぐい話しかけてしまった。そもそも田舎領主の子供が話せる相手ではなかったのに、ローズは優しく会話に付き合ってくれた。
「それに、ローズには高価なドレスをプレゼントしてもらったし……。今日着ている赤いドレスもそうだろう?」
ローズは、ゲオルグ一押しの赤いドレスを着ていた。
深いスリットが入っていて美脚が眩しい。
「美しいローズ様を飾るのはスチュワート家の喜びです」
ウィリアムが何でも無いことの様に答える。
ドレスは作りたいから作っただけ、今日の様な正式なパーティーに着てもらえるなんて思ってもみなかった。
「それに、バレリー領での局地結界ハザード」
国王がエマに視線を向ける。イケボのイケオジに見つめられる幸せを噛み締める。
「エマちゃんには酷い傷を負わせることになったが、スライムという国を滅ぼしかねない凶悪な魔物を君たち三人が命懸けで対処してくれたことには、国王として礼を言わせてもらう」
この国で、誰よりも高いところにないといけない国王の頭が下がる。
国民を、ローズを、子供達を守ってくれてありがとうと三兄弟に礼を言う。
隣のローズも王子も姫も、国王に倣い頭を下げる。
「そっそんな!とんでもないです、辺境生まれの領主の子として当然のことをしただけですからっ」
「頭を上げてください国王陛下!」
ゲオルグとウィリアムが、国王のしっかり下げた頭を上げようと慌てている。エマは国王の頭頂部から後頭部にかけてハゲチェックを密かに敢行したが、ハゲる兆候は見られなかった。
むしろハゲてもかっこいいかもしれない。
国王は、ぐわっと頭を上げ悪戯っぽくニカッと笑った。
渋い見た目に少年の様な笑顔……萌える。
「何か褒賞を与えようと、スチュワート伯爵にも手紙を出したのだが……断られてしまってな……」
国王の言葉に三兄弟は、第三回田中家家族会議を思い出す。
父、レオナルドが震えていた。
「どうしよう。国王陛下から手紙が……」
手には真っ黒の封蝋にロイヤルマークが押されている。
黒の封蝋を使えるのは、国王だけである。
「何か仕出かしたの?お父様?」
まだ、未開封の手紙を見て、エマが尋ねる。
「いやいや、うちで仕出かすのは姉様だけですからね!?」
ウィリアムが呆れた様に突っ込みを入れる。前世で仕出かしまくった割には偉そうである。
「取り敢えず、中身を確認しましょうよ」
メルサがお茶を淹れながら手紙を見る。
「でも……国王陛下の手紙だよ?日本だと、天皇陛下から手紙が来るようなものなんだよ?見るのが畏れ多くて……」
「それは、田中家だったら仏壇に置いて一回拝むね」
ゲオルグが有り得ない事態が起こった事を悟る。大事なものは、まず仏壇に置いてご先祖様に報告する。と、言っても田中家の仏壇に置かれたのは、通知表とか、卒業証書とか合格通知とかその程度の物だけだったが。
「でも、一応、スチュワート家は伯爵だし、貴族なんだから有り得ない事ではないはずよ」
メルサがお茶を配りながら話す。もともとは、公爵家の12人兄弟の末っ子であった母にとっては、それほど驚く事態でもないらしい。
「メルサは、慣れてるかもしれないけれども……国王からの手紙に良い思い出は無いんだよ」
以前、国王からの手紙が来たのは、没落したパソット、レングレント領をまとめて治めるようにとの内容で、代替わりしたばかりの貧乏貴族には悪魔の手紙でしかなかった。王命では逆らえないが、魔物の出現の多い領地が増えることはマイナス面の方が多い。
「では私が開けて差し上げます」
レオナルドの震える手から手紙を取り、メルサはさっさと開封する。
「お母様、なんて書いてありますか?」
ウィリアムが母の側へ行き、手紙を覗き込む。
「……褒賞?」
手紙の内容は、局地的結界ハザードの対応に対するお褒めの言葉と、褒賞の打診であった。
「褒賞って何か貰えるの?」
ゲオルグが母に尋ねる。王家や貴族に関しては父は全くあてにならない。
「んー多分、陞爵じゃないかしら」
手紙の文字を追いながら母が答える。
「……しょうしゃくって何?」
レオナルドが、メルサに真顔で訊いている。
メルサはため息をついてからゲオルグを見る。
「ゲオルグ教えてあげなさい」
「……いや、わかりません……ウィリアムわかる?」
助けを求めるようにウィリアムを見る。
「陞爵は爵位が功績によって上がる事ですよ、兄様……」
そう、手紙は王家が局地的結界ハザード収束に貢献したスチュワート家に褒賞を与えると言う内容で、王家が与える褒賞とは、陞爵の場合が多い。
「……つまり、スチュワート侯爵になるってこと?」
エマの問にも母が答える。
「もしくは、スチュワート公爵かもね。スライムを相手に命懸けで戦ったんだから」
メルサがエマを撫でる。この時はまだ、ヴァイオレットの糸が頬を覆っていた。
「んーと……それで、お母様、しょうしゃく?するとどうなるのですか?」
いまいちピンと来てないゲオルグが母に尋ねる。
「そうね……まず、領地が増えるわね。納める税は増えるけど、王都で偉そうにできるわよ。縁談も増えるし、舞踏会やお茶会なんかの社交の機会も増えるわね。もしも、公爵になったら新年やら収穫祭やら王族の誕生祭なんかにもお声がかかって、王城で貴族の中でも位の高い方たちとお近づきになれたり……」
思い付くまま話すごとに、家族の顔色が悪くなっていく。
「領地は……これ以上……いらないよ……」
領地が増えれば、収入も増えるが、責任もトラブルも増える。もともと三領をまとめて治めるレオナルドはまた違った震えを起こしている。
「……縁談なんて、まだ、早いですから……」
ウィリアムがうんざりしている。
「舞踏会……武闘会なら……」
ダンスは嫌だとゲオルグが頭を抱える。
「お母様?これは、罰ゲームか何かですか?偉い貴族の人なんて礼儀作法にうるさいでしょうし……そもそも祭は屋台のあるとこで楽しむものです」
エマが、屋台のない祭なんて肉が入ってない肉じゃがと同じだと、頬を膨らませている。
陞爵……スチュワート一家にとって褒賞ではなく、罰則にしか思えない恐ろしい言葉として認識されてしまった。
「はっお父様!辺境領主が魔物対応するのは至極当たり前の事です。褒賞を貰うような事ではありません!」
ウィリアムが父に入れ知恵する。
「そうですよ!局地的結界ハザード対策も辺境領主の仕事の一つなのですからお礼なんて要らないですよ!」
ゲオルグも加勢する。
「お父様、今のままが一番です。これ以上忙しくなったら、猫と遊んだり、虫を観察したり、ローズ様のドレスが作れなくなってしまいます」
エマも言い募る。
「あんたたち……」
メルサが兄弟の結束に閉口している間にレオナルドが結論を出す。
「褒賞は辞退しよう!我々は当たり前の事をしたまで、褒賞には値しないと、そうしよう!」
こうして、第三回田中家家族会議により、国王からの褒賞は辞退することに決定した。
「君たちから伯爵に、褒賞を受けるように言ってみてくれないかな?」
功績は称えられるべきだと国王は思っている。
近年ここまで国に貢献した者などいない。三兄弟の説得があれば、もしかしたら伯爵も折れるのではないかと話を振ってみる。
「陛下、先ほども言った通り、当然のことをしたまでです。褒賞など頂くわけにはいきません」
「私達は、与えられた仕事をしたまでです」
「父に言っても答えは同じだと思います」
三兄弟が口々に褒賞は受け取れないと辞退の言葉を表す。
国王の知っている貴族では有り得ない答えであった。スチュワート伯爵だけでなく、子供達ですら謙虚で欲がない。
ならば、せめて……と。
「じゃあ、エマちゃんエドワードと婚約する?」
息子の気持ちなんて、解りきっているし、王族と婚姻関係を結ぶことでスチュワート伯爵家に褒賞と同じくらいの利が舞い込むことになるだろう。
我ながら良いこと思い付いた……と国王は満足げに笑う。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。