国王陛下。
誤字報告感謝します。
パーティーが行われている広間からは少し離れた部屋に通される。
王城は広く、意図的に覚えにくく迷い易い造りになっている様で、案内がいなければこの部屋に辿り着くことも、パーティーの広間に戻ることも難しそうだ。
「陛下がおみえになりますので、お待ち下さい」
深々と完璧な礼をして、案内は部屋を出て行った。
三兄弟だけになると思わず、ため息が漏れる。
「きっ緊張したー」
「行儀作法の先生よりきっちりしてたね」
「王城で働くのは……僕ら無理ですね」
王城で働くことが出来るのは位の高い貴族や、学園で優秀な成績を修めた者だけである。パレスではあまり会うことの無いくらい、ちゃんとした人と部屋に案内される迄に何度もすれ違う。
「あっヨシュアのジャケット……着て来ちゃった」
陛下から呼ばれたのは三兄弟だけなので、パーティー会場でヨシュアとは別れたが、ジャケットはそのまま借りっぱなしになっていた。
南端のパレスで育ったエマにとって春先とは言え、王都はまだまだ寒い。
エマのドレスは極力露出を抑えてあるが、流行りのドレスを着た令嬢はもっと寒いだろう。次の冬に向けて防寒ドレスを開発しようかとぼんやり考える。
昔、ヨシュアが一角兎が王都で人気だと言っていたのがやっと理解できた。一角兎の毛皮は多分、前世のダウンジャケットよりも暖かい。
そもそも冬はパーティーなんか参加せずに、コーメイさんにくるまって温かい生クリームたっぷりのココア片手に、ローちゃんのドレスのデザインしたり、虫の研究したりして過ごせれば良いのに。
中々、思うようには行かないらしい。
母曰く、王都に来てからは毎日の様にお茶会の招待状が届いている。
猫と虫と魔物かるたと養蚕で手いっぱいのエマは仮病を使って断りまくっているが、本来ならここでお友達を見つけて一緒に受ける授業を決めたり、お目当ての令息の選択した授業の情報を交換したりするらしい。
授業なんか自分が受けたいので決めれば良いのに……と思ったが、前世でも女の子は一緒に何かをしたがるものだったっけ?と記憶を辿る。
中学の時なんかは、トイレまで一緒が当たり前の様にみんな行動していた。
おしっこのタイミングくらい自分で決めたいと思ったけど、あの時は流れに逆らわず、目立たずにいることが一番の危険回避だと信じていた。
それなりに楽しかった様な気もするが港ではないエマになった自分は前のようにはしない……出来ないだろう。
港の記憶を持っていてもエマはエマ。エマはエマだけど港でもある。
どちらにせよ、異世界に転生したのだから前と全く同じ状況なんてあり得ない。
端から見れば、ぽけーとしているエマがぐるぐる考えているうちに、ガチャっと扉が開けられる音がした。
……ノックは!?
反射的に三兄弟は臣下の礼をとるが、気配がお構い無しに近付いて来る。
「エマちゃんっ!」
むにっと柔らかいものがエマの顔に押し付けられ、ぎゅうとハグされる。
この素敵過ぎる弾力は、ひとつしかない。
ぷはっっと柔らかい弾力から逃げるように顔を上げて、応える。
「ローちゃん!久しぶり!」
ベール越しでも、輝くような美しいローズ・アリシア・ロイヤルの笑顔が見えた。
「エマちゃーん!」
続いてヤドヴィガ姫が抱きついて来た。
「姫様もお久しぶりです!」
少し大きくなったヤドヴィガ姫がにっこり笑う。
隣でウィリアムが微かに手を広げてヤドヴィガが抱きついて来るのを待っていたが、そっと無視する。
「エマちゃん!やっと会えたわね!」
ローズがエマの被っているベールをさらっと撫でて気遣うような素振りを見せる。
「手紙ではすっかり元気になったって書いてあったけど、傷の具合はどう?痛くなったりしない?」
ローズの言葉に両隣のゲオルグとウィリアムの体がピクッと動く。
もう本当に全く以って問題なく元気なのだが、エマの傷跡を見てたじろぐ人に会う度にこの二人は毎回傷付いている様だった。
ゲオルグは守れなかった、ウィリアムは何も出来なかったとでも思って勝手に責任を感じているのだ。
この一年、無駄に優しいし、気持ち悪いくらい過保護に拍車がかかっている。
エマのケガはスライムに因るもの。スライムの脅威をよく解っているスチュワート一族も二人を責めることはなかった。
逆に、責めて、怒られて、罰があれば幾分気持ちが楽になったのかもしれない。
何度もこの傷跡は自業自得だし、割と気に入ってるからと言っても二人の態度は変わらなかった。傷跡を隠すベールを被っているのは二人のためだ。
でも、いつまでもお姫様扱いはむずむずするし、居たたまれない。
被っているベールを外して、傷跡を晒す。
紫色の深い傷跡をローズには隠さずに自慢したい。このおしゃれなクモの巣は本当にお気に入りなのだ。
「はいっ日常生活には全く問題なく過ごせてます……ただ……」
ローズに答えながら、ふっと姑息な……じゃなくて良い手を思い付く。
そっと右側の腕に視線を落とし、無理やり笑顔を作った風に口角だけを上げる。
「ダンスとか……は……無理ですけど」
ばっとゲオルグとウィリアムがエマの方を見る。
こいつっやりやがった!なんてせこいことを!お前めっちゃ元気やん!声には出さないが顔に書いてある。
「まあ、そうなのね……だから、みんな踊らずにバルコニーにいたのね。ゲオルグ君もウィリアム君も優しいのね」
踊れないエマを気遣ってダンスが見えないバルコニーで一緒に時間を潰していたと、ローズが勘違いしてくれた。
「そっそんな優しいなんて……自分は当たり前のことを……」
「はっはいっ。僕達は姉様一人にはさせません」
しどろもどろになりながら、それでも二人ともローズの勘違いに乗っかる。
ここに、三兄弟ダンスしない同盟が誕生した。
パーティー会場に入って早々に一人にしたことは黙っていてあげよう。
こんな傷跡なんかに遠慮せずに上手いこと使って行けば、二人も前みたいな感じに戻ってくるかもしれない。
そろそろ大事にされるのも飽きた。
美しい眉間を寄せてローズがエマの右頬を撫でる。
温泉で触られた時の様な滑らかな感触ではなくなってしまったが、あの爛れた皮膚が再生しているだけで触られても気後れしないですむ。
「ローちゃん!この傷跡、クモの巣みたいでしょう?」
自慢気に笑うとローズも気付いたように、傷跡を見る。
「本当ね。しかもこの紫はスチュワート家の色ね」
紫も色々あるが、エマの傷跡の紫は父や兄弟達の瞳の色とよく似ていた。
エマだけ遺伝しなかった瞳の色は、偶然にも右頬に刻まれたのだ。さすがローズ様は見るところが違う。
ゲオルグとウィリアムなんかは今、初めて気付いたかの様な顔をしている。
コンコンと控えめなノックが聞こえる。
「陛下とエドワードかしら?」
ローズの言葉に三兄弟は急いで臣下の礼をする。
ゆったりと、優雅な動きでエマの隣にローズが臣下の礼をすると同時に扉が開く。
「スチュワート家の三兄弟でございます」
ローズが紹介してくれたので、ゲオルグから順に名前を言う。
「長男のゲオルグ・スチュワートでございます」
「次男のウィリアム・スチュワートでございます」
「長女のエマ・スチュワートでございます」
すっとエマの顎に手が伸びて、俯いていた顔をくいっと上げられる。
目の前に、屈強な男性の顔が現れる。
エマの顎に手を当てたまま、じっくり覗き込んでくる。
「……あの……陛下?」
たまらず話しかけると目の前の男が豪快に笑う。
「エマ・スチュワート!可愛いなっ私があと10年若かったら、口説いていた」
「へっ陛下!!なんてことを仰いますか!!」
国王陛下の後ろで、エドワード王子が焦って声をかける。
「いや、息子の恋敵になると言うのも面白いか……」
「へっ陛下!」
いつも冷静な第二王子の見慣れない姿に、面白そうに国王が軽口を叩く。
臣下の礼を解いて、ゲオルグとウィリアムにも声をかける。
そんな様子をエマはぽーと眺めている。
「えっエマ!あのっさっき陛下がいったことは……エマ?」
王子が急いで話しかけるが、そこで初めて傷跡を見てしまう。
紫色の傷跡は深く、相当な痛みがあっただろうと思わせる。それでも、あの時の傷がここまで綺麗に治っているとは思っていなかった。
「エマ、……?」
あまりじっくり見るのも失礼か、と思ったがエマの反応がないのに気付く。ぽーと陛下を見てそのままだ。
「…………かっこいい……」
ぽそっと小さく呟いたエマの声は、王子だけにしっかり聞こえてしまっていた。
次回予告までして、タイトル国王陛下なのに……ほぼ出て来なかった事に謝罪致します。