スチュワート家の弱点。
誤字報告感謝します。
結局フランチェスカに罰が科されることはなかった。一緒にパーティーを楽しもうと思っていたエマは引き留めたが、フランチェスカは逃げるように会場を後にした。
第二王子は一旦広間から退出し、招待客が集まってからパーティーの開始のタイミングで王族と一緒に現れた。
王子が高い位置に用意されたVIP席へ行くと、さっきまで目の前に居たのが不思議なくらい遠い存在なんだと改めて感じる。ウィリアムはVIP席から隣のエマへ視線を移動する。
「エマ姉様……少し……食べ過ぎです」
エマは、スイーツの並べられた机から離れることなく、キラキラした瞳で全種類制覇を目論んでいた。
「だってウィリアム美味しい。全部、凄く美味しいよっ!ほらっ」
そう言ってウィリアムの口に、食べようとしていたケーキをスプーンにすくい、入れる。流石、王城で出されるスイーツは味も見た目もレベルが高い。
「確かに……美味しいですが……人目がありますから!そのお皿で最後にしてくださいね!」
パーティーが始まる前に一騒動があったために、エマは注目されている。
本当に何がどうなってあれだけの好感度を爆上げ出来たのか、我が姉ながら恐ろしい。というよりは、この世界の男子チョロすぎないか?
王からの挨拶、新しく学園に入学する貴族の令息令嬢のお披露目も順調に行われ、会場に音楽が奏でられる。
自然とパートナーの決まっている生徒達が中央に集まり、次々に踊り始める。
ウィリアムの忠告を珍しく素直に聞き入れ、皿をそっと机に置いていたエマの周りにじわじわと貴族の令息が近付いて来る。
「エマさま、食休めにバルコニーに出てお話しませんか?」
令息達の無言の牽制を無視してヨシュアがエマを誘う。
食休めに……と言った割には手には沢山のスイーツののった皿を持って人気のないバルコニーまでエマをエスコートする。
「僕も行きます!」
「あっ俺も!」
慌ててウィリアムと、少し離れた机で軽食を摘まんでいたゲオルグもいそいそとついてくる。
パレスと違い、王都はまだ肌寒い。
スイーツをエマに渡し、ヨシュアは自分のジャケットをエマの肩にそっと掛ける。
「ヨシュア、ありがとう」
エマは好みのスイーツののった皿を見て満面の笑みでヨシュアに礼を言う。
しばし、幸せを噛み締めるヨシュアだが、二人きりではない事に少し不満気に、ゲオルグとウィリアムを睨む。
「良いタイミングで来てくれてありがとうヨシュア!」
「いえ、エマさましか誘った覚えはないのですが……」
「学生中心の社交界のパーティーは別に踊らなくても大丈夫だって、父様が言っていた筈なんだけど……」
聞いていた話と違うとゲオルグが憤慨する。
相手のいる者は直ぐに踊り、いないものはパートナーを探してまで踊ろうとしている会場の雰囲気を思い出す。
目立ってしまったこともあり、エマの周りにはダンスを申し込もうと令息達が機会を窺っていたし、ゲオルグとウィリアムにも令嬢達が熱い視線を送っていた。
「第一王子も第二王子もダンスがお得意なので、王子と踊るために令嬢方はダンスの練習に余念がないですからね。令嬢方がダンスに夢中と聞けば、男共も練習に力が入るというものです」
王都は空前のダンスブームであった。
「……殿下、あの顔でダンスが上手いってギャップ萌えにも程がある!」
ウィリアムも憤慨する。
少し長めのウェーブのかかった艶やかな黒髪、整っているがために、ひやりと冷たい印象のある王子の姿を思い出す。
一見、硬派な彼が華麗なリードでダンスをすれば、モテること間違いなしだ。
それに比べ、スチュワート三兄弟……いやスチュワート伯爵家は、親戚に至るまでダンスが巧くない。
辺境のパレス周辺では舞踏会自体が珍しく、特に困ることは無いし、催されたとしても何かと理由を付けて参加を断っているのでバレてはいない。
誰もが伯爵家として充分な教育は受けてきた。ダンスの種類もステップも頭には入っている。
それでもスチュワートと名の付く一族は、普通に踊れる程度の腕を持つ者すら誰一人としていなかった。
残念なことに圧倒的にリズム感が無かったのだ。
音楽に合わせて手拍子を打つことすら満足にできない。学園でもダンスの授業はあるがテストに実技が含まれるために、スチュワート家で教えてくれたダンスの先生に、選択は自由だがまず合格点は取れないとお墨付き!?をもらっている。
そして偶然にも、スチュワート家だけでなく田中家も揃ってリズム感が無かった。
港はふざけてリズム感はお母さんのお腹の中に置いてきたと言ったこともあったが、それを聞いた頼子はポンと、港の肩の上に手を置き、左右に何度も首を振りながら言い切った。
「そんなもの……初めからなかったんだよ……」
日常生活で困ることはないが、前世ではカラオケ、今はダンスが鬼門となっている。
DNAどころか、魂にすらリズム感は搭載されていないのだった。
エマは、小さくカットされたブラウニーをパクっと食べて目を輝かせる。
「これ!!一番美味しいっ!」
ぴょんぴょん跳び跳ねるエマを愛でながらヨシュアが皿を見る。
「どれですか?」
先ほどウィリアムにケーキを食べさせた時と同じように、エマはヨシュアの口にブラウニーを入れる。
「これ!!美味しいでしょ?」
にっこり得意気に笑う先にヨシュアはいない。
視線を落とすと床に崩れるように跪いて、ぷるぷると震えている。
「……?ヨシュア……?寒い?……ブラウニー美味しくなかった?」
エマもしゃがんでヨシュアを覗き込む。寒い?ジャケット返す?と心配になって聞いてみる。
「……いえ……めちゃくちゃ……美味しいです……エマさま。ジャケットも大丈夫です」
軽く深呼吸したあと、ヨシュアは応える。
「ん?どれが美味しいの?」
ゲオルグが皿を覗くので最後のブラウニーを兄に食べさせる。
普段、そこまで甘い物を食べないゲオルグも目を見開く。
「あ……本当に美味しい」
結局、4人で山のように皿に盛られたスイーツを仲良く食べきってしまう。
おかわりを取りに行こうか思案していると、広間に面した扉が開いた。
「スチュワート家の皆様、こちらに居られましたか」
声のする方へ目を向けると、給仕とは違う王城の制服を着た男性が立っていた。
「陛下がお呼びです。部屋を用意してありますので案内致します」
男性の言葉に4人揃って頭を傾ける。陛下……殿下じゃなくて?
ローズ様や第二王子、ヤドヴィガ姫ならまだしも、陛下……国王陛下に呼ばれる様な心当たりがない。
「……姉さま……今度は何やったの?」
思わずウィリアムがエマを見て呟く。
次回王様登場です。