決意。
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全力で
感謝致します!
王都に帰ると、景色が違った。
伯父のカインがクーデターを起こし、都は少なからず被害を受けていた。
母への寵愛が薄れた故に実家のバレリー領へ帰されたとばかり思っていたが、事前に情報を掴んでいた父はその対処に奔走していたらしい。母と自分と妹は、里帰りではなく万が一のための避難だったと王城周辺に残る瓦礫を前に教えられたのだった。クーデターの首謀者の目が第2王子に向かないよう、少し距離をとっていたのもそのせいだと。
「私を嫌いになったわけではなかったのですか?」
母が恐る恐るといった様子で訊ねると、驚いた王は、いかに母を愛しているか、もともと大きな声を更に張り上げ、身振り手振りを交え大いに語り尽くした。息子や娘どころか、側に控えている使用人達の前だというのも忘れて、よくもこんなに言葉が出てくるものだと呆れるほどで、母が顔を赤くして小さな声でもう……いいです……と言うまで続いた。
早く王都に帰りたい。そう思っていた筈なのに。
賑やかな町並みを見ても、クーデターでの父の勇姿を聞いても、前ほど、心動かされる事はなかった。
バレリーへ行く前と後では全く変わった待遇に喜ぶべきなのだが、ローズも王子の心も晴れない。
1ヶ月以上経ってもエマの意識が戻ったとの知らせがまだ来ないのだから。
あの日、スチュワート家の三兄弟を家に招かなければエマは傷を負うことはなかった。駆けつけたレオナルドに母は何度も謝っていたが、その謝罪は受け入れられなかった。
「あれは、うちの子達の判断の結果ですから。むしろ、あの子達がいなければ被害は何百倍も拡がっていたでしょう。エマの目が覚めたら、うんと誉めてあげて下さい。喜びますから」
そう言って笑うレオナルドの顔は青ざめていた。スチュワート伯爵の娘への溺愛ぶりは有名だ。それでも責めることはなく、勝手な行動に出た王子に礼すら言うのだった。
「王子の行いは決して良い事ではありませんでしたが、お陰で息子と娘が命を落とさずに済みました。本当にありがとうございました」
深く深く、頭を下げるレオナルドには辺境を治める伯爵としての覚悟があった。三兄弟にも。
なんでもない事のように語る魔物の知識も、家業の養蚕事業も、どれだけの努力をして手に入れたものか。
普段からのほほんとして見える家族を取り巻く環境は過酷なもので、魔物が出る度に死の危険が伴うのだ。
それで国から得られるのは、減税のみ。狩人を雇うのも、沢山の装備も、辺境領主の懐から賄われる。没落する辺境領主が多いのは全て、任せきりの国が悪いのだ。
王都で起きたクーデターが馬鹿らしく感じられる。人間同士での地位を狙った争い。結界の中心である王都には魔物の危険がなく、脅威を全て辺境の領主に押し付けのうのうと暮らしている。
それがどれほど過酷なことか知ろうともしていない。
ほとんど王都で生きてきた自分も魔物の知識など皆無だ。知らないから侮ったし、勝手に動いた。
結果的にゲオルグとエマの命が助かったと言っても手柄などでは到底ない。責められないからといって、犯した罪は消えない。
エマが、目覚めなかったら。
毎日毎日が、不安に押し潰されそうになる。
エマのドレスは母を美しく飾り、社交界の花と再び言われている。
スチュワート家と第2王子の癒着だと、悪評を立てる者も少なからずいるが、母は美しかった。誰も品が無いなんて言わなくなった。
美に執着していたあの頃とは違う、自信に満ちた美しさだ。
全部、エマ達のお陰なのに。
何も返せずにいる。エマに怪我を負わせ、変わらず辺境には魔物が絶えず出現している。
馬鹿みたいな権力争いより、馬鹿みたいな噂をたてるより、馬鹿みたいなマウンティングより、やるべき事は山ほどあるのだ。
国についても、魔物についても、ちゃんと努力しよう。知らないことばかりだからこれから忙しくなる。
次にエマに会うときに恥ずかしくないように、ちゃんと勉強しよう。
次にエマに会うときは、守れるようにちゃんと勉強しよう。
だから、エマ。
早く、目を覚まして。元気になって。
それから、覚悟して。
良い男になって、絶対に惚れさせてみせるから。