天国。
本当に誤字報告、感謝致します。
ふっと目が覚める。
なんだかよく眠った気がする。
ぼーっとした頭を軽く動かすとモフっとした感触。
大きな猫を枕にして寝ていた様だ。
右を見ると大きな黒い猫がスピスピと鼻を鳴らしながら眠っている。
左を見ると大きな白い猫がゴロゴロと喉を鳴らしながら眠っている。
足元を見ると大きな三毛猫がお腹を上にして眠っている。
「……なにこれ?天国?」
大好きな猫に囲まれて、ふかふかのベッドで眠っていたなんて天国に違いない。思わず呟くと、大人しく枕になっていた猫が気付き、こちらを窺う。
「にゃー?」
猫の声で覚醒する。
「コーメイさん?」
枕になってくれていたコーメイが心配そうにエマの左側の顔を舐める。
ザリザリとした感触がくすぐったくて、ふふふっと笑う。
他の三匹の猫も起き出してエマの左側の顔を舐めに来る。
なにこれ?猫達が一斉にデレてる。可愛い。
モフり放題だし、やっぱり天国かもしれない。
カシャン
物音がした方を猫の隙間から覗くとわなわなしているマーサが見えた。
「マーサ?」
何か落としたのか、怪我とかしてないか、声をかけるがマーサは応える前に踵を返して普段なら絶対にしないような足音を立てて部屋を出て行く。
「だっ旦那様ー!奥様!エマ様がっエマさまがぁー!」
マーサが叫んでいる。何か怒られる様な事したっけ?
窓を見ると明るい日差しが眩しい。寝坊したかな?
そんな事を考えていると、血相を変えた両親と兄と弟が、普段なら絶対にしないような足音を立てて部屋に入ってきた。流行ってるのかな?
「エマ!!」
父レオナルドが優しく左手を握る。
どうしよう、家族全員涙ぐんでいる。
「……やっと起きたのね」
母メルサが左頬を撫でる。兄のゲオルグも弟のウィリアムも右側のベッドで泣き笑いの様な顔でこっちを見ている。
「ん?……私、もしかして死にかけてた?」
スライムを倒した所はぼやーっと覚えているけど、そこからどうなったかわからない。
「あのあと三日間も熱が出て、下がったあとも起きないからどれだけ心配したと思ってるの!?」
ウィリアムの説明によると大分寝込んでいたようだ。
そういえば、スライムの観察に夢中になりすぎて、水鉄砲に当たったんだった。我ながら間抜けな負傷である。
右腕を見るとキラキラ光る紫色のヴァイオレットの 糸に覆われている。
少し動かしてみて、痛くない様だったので、そのまま右腕と右頬を触ってみると自分の肌ではないひんやりとした感触。
「これ傷とかどうなってるのかな?」
一応、女の子なので気になる。どの程度の傷になっているのか。自分の間抜けが招いた怪我だから仕方ないとは言え、気にはなる。
「エマ、実は」
レオナルドが涙を拭い、教えてくれる。
「誰も、知らないんだ」
はい?予想外の答えだった。
「あれから、治療しようにもヴァイオレットの糸を剥がそうとすると猫達に邪魔されて何も出来なかったんだ」
すまなそうに父は言うが、猫達には勝てないから仕方ない。治療という治療は応急処置の状態で止まっているらしい。
コーメイさんもリューちゃんもかんちゃんもチョーちゃんもずっと添い寝してくれていた様だ。
「そうなんだ……コーメイさんこれ剥がしていい?」
背もたれになってくれている猫に聞いてみる。
「にゃー」
「ダメかー。もう暫く待てってこと?」
「にゃー」
「そっかー。あと1ヶ月位はこのままにしとかないと駄目なのね?」
「にゃー」
「あっ普通にお風呂とかは入っていーんだ」
「にゃん!」
「と言うことらしいよ、あと1ヶ月はどうなってるか確認出来ないみたい」
「………なんでコーメイさんと会話してるの?」
ウィリアムが頭を抱える。
適当に会話してる振りをしただけだったりするけどね。コーメイさんも違ったら違うって言うだろうし……言わないか。
「ま、剥がして良くなったら教えてくれるかな?」
なるべく、でろでろになってないと良いけど。
我が夫となる者はさらにおぞましきものを~とか持ちネタみたいに使いそうな自分がいるけど、伝わるのこの世界でゲオルグ兄様とウィリアム位だし。
傷が痛くないのが、ヴァイオレットの糸のお陰なのか神経がイカれてるからかどっちだろう?これも剥がしてみないとわからない。
「そうだ、アーバン叔父様は?」
叔父の姿が見えないので聞いてみる。
「アーバンは王都の大学に戻ったよ。エマの事、凄く心配していたけど、もともと滞在は2ヶ月の予定だったから」
叔父にも心配をかけてしまった。見送りも出来ず……ん?
「叔父様、出発早くないですか?まだ、1ヶ月ちょっとしか経ってないのに……」
家族が残念な顔でこっちを見ている。あ、猫も心なしか残念な顔してる?
「姉様……叔父様は2ヶ月滞在しましたよ。むしろ、姉様が心配で一週間延ばしたくらいです」
と……言うことは……。
「エマは、1ヶ月以上寝てたんだよ」
レオナルドが握っている左手に力を入れる。
メルサはずっと静かに泣いている。
「もう……起きないのかと……どれだけ心配したか!」
「す、すみません」
いつも怒られ慣れている母に泣かれるのは辛い。
そんなに人って寝れるんだとは思わなかった。本当に死にかけてたのかもしれない。
1ヶ月以上……なるほど、お腹が空いている。寝てる間トイレとかどうしてたんだろ?……考えるのはやめとこう。
「あれ?っと言うことは私……もしかして、誕生日?過ぎたとか?」
「「「「おめでとう!」」」」
意識のないままに12歳になっていた。誕生日のケーキも食べ損ねている。
「ありがとう!あの……ケーキ……?」
人生でケーキを食べられるチャンスを一つ失ってしまっていたなんて。
諦めきれずに交渉を試みる……が。
「エマは当分、スープです。弱った胃で何を食べようとしているの!」
母が泣きながら怒る。怒られてる方が気が楽なんて初めて思った。
でも、今の空腹にスープだけでは満たされない。
「お肉……食べたいなーなんて……?」
メルサがふっと笑う。笑ってくれるのが一番嬉しいや。
「エマの食い意地は治らなかったようね。食欲があるのはいい事よ。お医者様の診察が終わったら、用意するわね。取り敢えず今日はスープで我慢しなさい」
「……はい」
お腹はお肉、しかも牛さんを求めているが素直に従おう。家族皆に心配かけて35歳+12歳になっても相変わらずダメダメだな。
「そんなにシュンとしないの!元気になったらお誕生日ケーキ焼いてあげるから!」
母の言葉に嬉しくて、笑みが溢れる。ふふふっと笑うとそれを返すように家族全員が安心したように笑った。
また、これからも家族と生きていける。
猫のデレは神様からのご褒美だと思っている。