王子のおかげ。
打開策のないまま、二匹のスライムがゲオルグとエマを狙って水鉄砲を同時に撃ってくる。
どうやらウィリアムの投げたビネガーの効果も無効になったようだ。
王子の方もどんどん盾が駄目になっている。
もともと最悪でも、エマとゲオルグがスライムを引き付ける餌になり、狩人が壁を作りスライムとエマとゲオルグごと局地的結界ハザードを塞いで被害を押さえることが出来る筈だった。
スライムは捕食対象を捕まえたら、じっくり10時間以上かけて捕食する。
しかし、王子が捕食対象になっている今、王子まで餌にする訳にも行かない。
王子を守るために狩人も壁を作ることが出来ない。
しかし、逆に言い換えれば、王子がいるからこそエマも自分も今生きていられる。
局地的結界ハザードでスライムが出た場合のマニュアルに従うならば、狩人が来た時点で二人は餌になる運命だった。
逃げ続けることしか出来ないが、まだ生きていられるのは王子のお陰なのだった。
ぬるっ
2つの水鉄砲を避けたところで、エマを抱いていた手が血で滑り、バランスを崩す。
エマを落とさずにギリギリで抱き直すが、着地は乱れ地面に膝をついてしまった。まだまだ水鉄砲を撃てるだろうスライムに警戒しながら急いで体勢を整えようとした時、王子の叫び声が聞こえた。
「ゲオルグ!後ろだ!頼む逃げてくれ!!」
ハザードもスライムも前の方向にいたために、背後の警戒は全くしていない、王子の声に反射的に後ろに振り向くのと、背中に前足が当たるのが同時だった。
「にゃーん!」
…………っこっ!
「コーメイさん!?」
そこには、パレスの自宅でお留守番している筈の猫の姿があった。
エマの大好きな、エマが大好きな、スチュワート家の飼い猫のコーメイさんがハッハッと荒い息遣いでゲオルグの背中にポンと前足を置いている。
労うような優しい動きで置かれた肉球から、じわりと服の上からでもわかる位汗がしみでていた。
「っつ!!ゲオルグ!!何をぼーっとしているんだ!?早く逃げろ!」
遠くでまた王子が叫ぶが、それどころではない。猫の荒い息遣いと汗を見てゲオルグは驚きの表情で尋ねる。
「パッパレスから走って来たの????」
「にゃーん!」
息を整えながら、猫は答える。
心配そうにゲオルグの腕の中のエマのにおいをスンスンと嗅ぐ。
ピタリ……と、猫の荒い息がとまる。
ゲオルグ越しにスライムを認めると、
ぶわぁっと、猫の毛が逆立つ。
ぎらっと、猫の金色の瞳が細くなる。
水鉄砲を発射しようとする二匹のスライムに向かい、シャーッ!!と威嚇する。
エマをこんなにしたのお前か?……そんな声が聞こえて来そうなありったけの怒りをスライムに向けている。
そして、目にも止まらぬ早さでスライムとゲオルグの間に移動し、ねこパンチを繰り出す。
ブゥゥン!!!
二匹のスライムの水鉄砲が違う方向から放たれ、猫ごとゲオルグとエマを襲うが、ねこパンチの風圧だけで水鉄砲をかき消してしまう。
「!!!!!」
王子も狩人もゲオルグもみんな一斉に、各々の目を疑う。
一緒に狩りをしたゲオルグはこの猫が強いことを知っている。……が、狩りで活躍するのはいつも武闘派のかんちゃんだった。
コーメイさんは必要最小限の動きでのらりくらりと魔物を倒しているのは見たことあるが…………怒ったコーメイさん……鬼強い。
その後も次々と繰り出される、二匹のスライムの体当たりも、水鉄砲もねこパンチの風圧だけでなんとかなっている。
うちの猫……鬼強い……。
ゲオルグは安心して、そっとエマを地面に寝かせる。
コーメイが攻撃を防いでくれるなら、エマの応急処置が出来る。
エマが助かるかもしれない。
「ゲオルグ!!!そのデカイ魔物は味方なのか?」
やっと状況を飲み込んだ様に王子が尋ねる。
一瞬、魔物とは何か考え、コーメイの事を言っているんだと理解したゲオルグが猫の背を撫でながら、答える。
「王子、ご心配なく。この子はうちの猫ですよ。エマのお気に入りのコーメイさんです」
猫ってそんなに大きかったっけ?
王子と狩人全員の頭に全く同じツッコミが過る。
しかも、王子に向けられる攻撃すら一歩も動かず、防いでくれている。
猫ってそんなに強かったっけ?
王子と狩人全員に再び全く同じツッコミが過る。
あれだけ苦戦していた三匹のスライムからの攻撃を、ねこパンチの風圧だけで処理している。
攻撃の心配がなくなり、王子と狩人達はゲオルグの方へ行こうとしたが、コーメイがシャーッと威嚇する。
「ひっヒィィ!」
一番先頭にいた狩人が腰を抜かす。
ゲオルグ達から距離をとっていたウィリアムがコーメイの出現を確認して走って来ていた。腰を抜かした狩人に手を貸し謝る。
「すいません。エマ姉様に危害を加えるのではと警戒したようです」
家族以外は近づくのは難しいかもしれない。
狩人から救急キットを借りてエマの治療に行く。
「ウィリアム!!離れてろって言ったのに!」
ゲオルグが注意するが、コーメイが来た以上は安全のはずだ。
エマ姉様の応急処置をなるべく早くしなくては……このままだとエマ姉様は、本当に死んでしまうかもしれないのだ。
「コーメイさんが守ってくれます!それより姉様を助けなくては!」
さっきまでエマと共に死ぬ覚悟が出来ていた筈のゲオルグも揺れる。
しかし、万が一にも三兄弟が全滅するのは避けなければならない。
悩むゲオルグを囲む様に突風が吹いた。
突風に瞬きした間に猫達がコーメイに遅れて到着した。
コーメイより更にぜーぜーと荒い息をして三匹の猫が現れる。
「かんちゃん!リューちゃん!チョーちゃん!」
「「「にゃーんっ」」」
大きな四匹の猫に四方を囲まれ、ぐるっと見回してからゲオルグはウィリアムを見る。
「エマの応急処置をしよう!」
猫補充しました。