推しが尊い。
「アーバン様、この鳥みたいなのはどっちですか?」
狩り終わった魔物の選別作業中に一人の若い狩人が魔物を指差して、尋ねる。
「それはコカトリスだ。毒を持ってるから、黒いコンテナに。ああっ素手では触ったら駄目だよ!」
今日は、魔物が数十匹程領地の生活圏内近くに出現したため急遽出陣することになった。
本来なら兄とゲオルグの仕事だが、王族を招いたお茶会を欠席できず、アーバンが代打での出陣である。
パレスの狩人の腕は一流だが、急な出陣のために若い狩人しか集まらず、選別作業に時間がかかっている。
大昔の魔法使いが広範囲に結界を張った中に建国されたのが王国の始まりで、結界の中心から離れるほど効力が薄くなるため、辺境のパレスは国境に面している部分から魔物が定期的に出現する。その魔物は多種多様で把握が難しい。
国境の外側は魔物の世界で人間がそちら側に行くことはない。
領主が狩りに出るのも魔物の膨大な種類を特定し、選別する知識を代々引き継いでいるからである。
ゲオルグは魔物狩りは優秀だが、この選別するための知識がやや不安である。逆にウィリアムは狩りの技術は不安だが、知識の方は着々と身に付けている。
まるで自分達兄弟とそっくりに育ってしまっている。
父親の死後、レオナルドが魔物の選別を死に物狂いで覚えてくれたお陰でアーバンは遠く離れた王都の大学に行くことが出来た。
数百名いるパレスの狩人の中にも選別の知識がある者は数名いるが最終チェックは領主の血筋の者が行う。特に領主となる者は選別作業ができることが必須。ゲオルグには兄同様、頑張って貰わなければ。
選別は領民の命と直結している作業なのだ。
狩られた魔物は、
①食糧
②衣料品(毛皮、革製品)
③工具、武器(骨とか角)
④廃棄
に分けられる。
さっきのコカトリスの様な毒の強いものを食糧として選別すれば食べた領民は全員死ぬことになる。
出現率が低い上に見た目が鳥っぽいので素人は食糧に入れたがる傾向にあるので要注意な魔物の1つだったりする。
コカトリスは④廃棄に分類されるがこれも無毒化してから廃棄になるので手間がかかる。
季節で毒を持つ魔物も、水に触れると発火する魔物も、剣で切ると分裂して増えてしまう魔物も、全て覚えて選別しなくてはならない。
一通り選別を終えたアーバンは、後始末を狩人に任せ家路につく。
色の違うコンテナに選別した魔物を入れてしまえば領主の仕事は終わりで、それぞれの行き先に運ぶのは狩人の仕事だ。
今回の廃棄はコカトリス1体だけなので無毒化のテキスト番号を記し、処理場へ、残りは市場に買い取ってもらう。
帰る足が重い。
アーバンの前では誰も文句は言っていなかったが兄一家の性格上、王族を敬い奉ることはない。権力意識もうっすい彼らだから本心では面倒な事と思っているはずだ。
うっかり王子と姫の使いに捕まってしまったのは申し訳なかった。
王子と姫の母親で、王の側室のローズ・アリシア・ロイヤル様は王都での評判があまり良くない。
金遣いが荒く、我が儘で傲慢。側室の身でありながら自分の産んだ王子を次期王にしようと画策しているとか。
人の悪意等とは無縁の兄一家があの方との会話に堪えられるのか。なるべく早く狩りを終わらせ、自分がせめて間に立って助けたかったがもう日も暮れかかっている。遠方からの招待客が多い今日のお茶会はとっくにお開きになっているだろう。
帰る足は重くても馬の足は早い。馬車ではなく、鞍を付けて乗馬しているのだから尚更早く屋敷に到着する。
天使のようなエマが傷ついてなければ良いが、と家族が寛ぐ為のリビングの扉を開ける。
そこには、三兄弟がそれぞれ床に直に腰を降ろし猫にくるまっている。初めてみた時は驚いたが、一週間もすれば不思議と慣れるものだ。
床に直に腰を下ろすどころか寝そべっていることもある。はしたないとか汚いとか思うところはあるが、新しくこの部屋に敷かれたカーペットの上は靴を脱ぐのが決まりとなっているようだった。
そもそも猫というのは然う然うにくるまれるモノでもないと言うのは何度指摘しても兄一家には伝わらない。
エマは大抵、コーメイと呼ばれる猫にくっついている。
散々可愛がっている叔父の自分といるよりもリラックスした心からの笑顔を猫に向けている。悔しい、でも可愛い。
ゲオルグは黒猫のかんちゃん、ウィリアムはもう一匹の三毛猫のリューちゃん、兄夫妻は白猫のチョーちゃんといることが多い。
それぞれの推し猫がいるんですよっと以前ウィリアムが言っていたが、推し猫ってなんだ?
「アーバン、お帰り。無事に狩りは終わった?」
今日は兄のレオナルドまで猫にくるまり毛の長い白猫をブラッシングしている。
「ただいま帰りました兄上。今日はコカトリスが一体出ましたが、他は珍しい魔物はいませんでしたよ」
「コカトリス?」
ゲオルグが?マークをつける。これは滞在中はつきっきりで教えなければ。
「兄様、コカトリスは鳥みたいなやつですよ!」
ウィリアムが説明する。
ウィリアム大正解。
「兄様、FFにもドラ◯エにも出てくるやつです」
何故かエマも説明する。
FF?ドラ◯エ?よく分からない単語が並ぶ。
「ああ!毒持ってるニワトリ?」
よく分からない単語で何故かゲオルグが正解する。
「そうです。毒を持ってるから食用にも服にも工具にもできません。無毒化廃棄です!テキスト番号28です」
ウィリアムがすらすらと答える。
とても記憶力がいい。流石あの量の蚕のサンプルを間違えずに、試験をやり遂げただけある。
「なんか……ゲーム知識が役にたちそうな予感がする」
ゲオルグも何か掴んだようだ。
「じゃあ!私かるた作ってあげる!魔物かるた!遊びながら覚えればいいよ」
最近、エマの言うことの何割かは理解できないがゲオルグが嬉しそうにしてるしウィリアムは手伝いますって乗り気だしそっとしておこう。寂しいけど。
「あの……今日のお茶会はどうでした?」
誰も落ち込んでいる素振りは見せないが、気になって聞いてみる。
「「「すっごく楽しかった!!」」」
三兄弟が興奮気味にハモる。
確かに、三兄弟にとって初めての王族。王子と姫の黒髪は近年希に見る美しさだし、ローズ様の我儘など印象に残らなかったか。それでも兄夫婦は気を揉んだのではないかと兄を見ると満足そうに兄弟達に頷いている。
「あんなに綺麗な人がいるとはね」
兄すら王子と姫に夢中になっていてはローズ様はさぞやお怒りでなかったのか……。
「叔父様!私、今度ローズ様のご実家に招待されたんですよ!凄く楽しみです」
エマが嬉しそうに言う。
エドワード王子の黒髪を見て好きにならない女の子はいない。
王都でよく聞く話ではあるが、うちのエマまで……。
「エマ、黒髪の王子に憧れるのは分かるけどローズ様はあまり王都では評判の良くない方、婚約するのは考えた方が……」
「なんで!ローズ様評判よくないの?」
ウィリアムが驚きの声をあげる。
「ドレスとか色々お金の使い過ぎだったり、そのドレスもその……露出が激しく、品がないとか……」
エマが小刻みに震えている。やはり何かローズ様から嫌がらせされたのだろうか。
「王都の人たちは何もわかってないようね」
エマがため息を吐く。
「あのローズ様の美しさに必要なお金なんて微々たるもの!」
「……ん?」
「日々の積み重ねで得られる努力の結晶とも言える体に纏うドレスが安物で良いわけないわ!」
「……ん?」
「惜しみ無く私たちにその美しい体を晒して下さっているのに品がないとか言う人の品性がまず疑われます!」
「……ん゛ん゛?エマ……なに?……え?」
「ローズ様は国宝です。国宝が高価なのは当たり前じゃないですか!」
周りを見ると、レオナルドもゲオルグもウィリアムもエマの言葉を肯定するように頷いている。
久しぶりに帰郷してから、たまにある疎外感に気付く。
「え?エマは王子の黒髪じゃなくてローズ様が好きなの?」
「叔父様?王族の髪が黒いのは当たり前でしょ?」
全員何言ってんだコイツみたいな目で見てくる。自分がおかしいのか?
「ローズ様の美ボディに叔父様は何にも思わないのですか?」
エマに駄目だコイツみたいな目で見られている。叔父さん立ち直れなくなりそう。辛い。
実際、王都の社交界で何度かお見掛けしたことはあるが、いつも近くに王子か姫がいた為にそちらに目が行っていないと言うのが正直なところだ。
「アーバン……女性を見る目がないね」
さらに兄に可哀想な子を見る目で見られる。
いや、ゲオルグもウィリアムもそんな目で見てくる。
「国がそんなケチ臭いこと言うならローズ様のお衣装だけでも、うちが作りましょうよお父様」
ゲオルグが突拍子もないことを提案する。
王の側室の衣装代などただでさえ物凄い額になる。その上高級な物を選ぶため、余計ローズ様は非難されている。
「良い案だな!ゲオルグ!そうしよう!」
まさかの即答!
「お父様!生地は全てエマの小屋の物を使いましょう。あの美しい体を飾ることが出来るなんて創作意欲が沸いて仕方ありません!」
ヒィッ!
これも帰郷してわかったことだが、パレス産絹の中でも一番貴重で高品質、高価なのはエマが育て上げた蚕の絹である。ただ、エマの趣味の一環の域を超えている規模ではあるが全体の市場に出る絹の比率で比べれば、0.003%未満しか出回らないレア物である。
それを全てローズ様の衣装に使うなんて天文学的な値段である。
「エマ……そんな事したらうちが潰れてしまうよ!」
「……?大丈夫ですよ叔父様。在庫はいっぱいありますから。ただヨシュアのお父上が市場価値を上げるために小出しにしましょうってことになっているだけなんです」
商人の知恵なんですってと呑気にエマが答える。
パレスの絹の販売は全てヨシュアの父親の経営する商会が独占している。スチュワート家より商会の方が断然裕福なのはこの父親の手腕に依るもので、面倒な事が苦手で人のいい職人気質のスチュワート家には必要不可欠な存在である。
ぶっちゃけ殆ど任せっぱなしの頼りっぱなしなのだ。
こうして、その後のローズ・アリシア・ロイヤルの身に着ける全ての生地は、お金を積んでも手に入れる事すら困難な幻の絹"エマシルク"になった。
スチュワート家は全く関知しないことだが、王都では消えかけていた第二王子の派閥の筆頭貴族として急浮上し、いずれは王子が王に、スチュワート家の長女が王妃になるために画策していると噂が流れることになる。
スチュワート家は莫大な財産を使い、国を我が物にしようとしている。金の為に側室は王子と姫をスチュワート伯爵家に売り払った。王子と姫は操り人形。
ローズと共にスチュワート伯爵家まで評判が悪くなったが、辺境の地に住む一家には知るよしもない。
どんなに悪くなったとしても、貴族はパレスの絹をやめられない。
一部、第一王子派閥の貴族が不買運動を敢行したが、他国への輸出が増えただけで大したダメージはなかった。
むしろ輸出の方が儲かるので潤ったくらいであった。
評判が下がるほど売り上げが上がる。
商人であるヨシュアの父親の力もあり、のほほんと暮らしているだけのスチュワート伯爵家が一年後王都で暮らすようになるまでに更に莫大な財産を築き上げていくのであった。
推しメンに余った生地で服を作っただけなのに。
そろそろ猫不足。