ローズ・アリシア・ロイヤルの憂鬱。
ローズ・アリシア・ロイヤルはいつもイライラしていた。
侯爵家に生まれ、それなりの教育を受け、それはそれは美しく成長した。その美しさは、王都まで知れ渡っていた。
学園に通うために王都に居を移して初めての社交界で王に見初められ、側室になった。
王は若くて(爆乳の)、美しい(爆乳の)側室に夢中になるや直ぐに子が出来た。
ここまでだ。
自分の半生を思うといつもここまでだ……と思う。
ずっと注目されてきた。
小さな頃から自分が世界の中心だった。
なのに。
王子が生まれた途端に皆が皆、王子を王子の黒髪を、一番に見る。次に私を見て、王子を褒める。
王子の髪は、王族の誰よりも黒々と艶めいて人々を魅了した。
自分は王子の付属物になったように感じた。
可愛くないわけではない。愛してないわけではない。
可愛いから、愛しているからこそ、このもやもやした気持ちをひたすら隠して誰にも気付かれないように日々を過ごした。
唯一の救いは、王の寵愛。王は私を見てくれる。これだけは失うわけにはいかなかった。
ちゃんと側室の立場をわきまえ、王妃と共に王を支えた。
10年。なんとかやり過ごした。
10年。私は、私ではなく、王子の母親として扱われた。
何が不満なのか、誰も理解してくれなかった。
説明すればするほど我が儘、傲慢と陰で囁かれる。
そんなギリギリの精神状態で二人目の子供を産んだ。
王にとって初めての姫を。
兄同様、真っ黒な髪をもって生まれた姫は王に溺愛され、ついに私は、王にすら一番に見てもらえなくなった。
王の関心を少しでも取り戻そうと、高価なドレスやアクセサリーを身に着けた。肌も髪も磨いた。
美しく、より美しくと追及した時間も労力もお金も、日々愛らしく成長する姫の前では意味を成さなかった。
そして、王子の母親としか見なくなった者達がいつしか自分を蔑みの目で見るようになった。
金遣いの荒い側室。
王にも王妃にも、咎められることが増えた。
意味を成さないと解っていても、美への追及を止めることは出来なかった。止めたらどうなるか怖かった。
悪い噂ばかりが広がっていく。
公の場に出る機会が減らされていく。
王が会いに来る回数が減っていく。
どんどん立場が悪くなるように感じる。
美しく磨いた体を生かすドレスを纏えば品が無いと言われ、かといって大人しくすれば誰も話しかけてこなくなる。
それならいっそのこと、金遣いの荒い品の無い側室になってやろうか。ずっと腹の中でどす黒いもやもやしたものが住み着いている。イライラが治まらない。
久しぶりに届いた王からの文には、暫く故郷で静養しなさいと書いてあった。
故郷と王都は遠い。離れれば、もう王は私を忘れるだろう。
実家で静養していても、イライラが治まることはなく、全く見る機会のなかった故郷の人々はよりあからさまに、王子の黒髪を特別視した。
まだ、幼い姫は仕方がないにしろ王子まで一緒に王都から遠ざける裏には王妃が絡んでいる気がする。
ずっと協力して王を支えて来たが、王妃の産んだ第一王子よりも息子の方がより髪が黒いだけで、頭の悪い一部の貴族が次の王にと派閥が出来始めている。
息子は、王族として相応しい行動が出来ない私を冷たい目で非難する。娘は常にイライラしている私の顔ばかり窺っている。
王子は15歳、姫は5歳になっていた。
この歳まで婚約者が決まっていないのは、王族としては珍しかった。
気晴らしと暇潰しで婚約者候補の下見と称して王族の身分を隠し、近隣貴族のお茶会に参加することにした。王子と姫の髪色で早々に露見するが、バレた時の貴族達の慌てようを見て笑い、追い討ちのように意地の悪いことを言ってはイライラを紛らわしていた。
そんな中で、スチュワート家のお茶会の噂が聞こえてきた。
王国一、豊かなパレスの領主が婚約者を探していると。
パレスまでは遠いが、金遣いの荒い品の無い側室としては仲良くしたい所である。三兄弟の内の一人娘が王子と婚約でもすれば、幾らか使える金も増えるかもしれない。
そんな打算的な考えを砕くかのように参加を断られてしまったが、後日招待された者達からの噂が耳に入る。
「長男のゲオルグ様は15歳にして魔物狩りで活躍出来るほどの腕を持ち、硬派でしっかりしていて年下の子供達の面倒をよく見る素晴らしい方だ」
とか
「長女のエマ様はおとなしい性格で人見知りのようだが、一生懸命招待客をもてなす姿は守ってあげたくなるようないじらしさ。何よりも笑顔がとんでもなく可愛い。とにかく可愛い。ものすごく可愛い」
とか
「次男のウィリアム様は儚げな美少年で子供達に付き添っていた母親、メイドをメロメロにしていた」
とかである。
遠慮や忖度のない子供達がメインのお茶会でここまでいい噂しかないのはあり得なかった。しかし、どんなに噂を集めても悪口など出て来ないのだ。
身分を偽った嘘の手紙を断られたのも偶然ではないのかも知れない。スチュワート伯爵家はここまで完璧な情報操作が出来るほどの家なのだ。
是非、会ってみたいものだ。
折良く、王都に居る筈のアーバン・スチュワートが隣のキアリー領に宿を取っているという情報を偶然にも手に入れることが出来た。
直ぐに使いを出し、言伝てする。
ここまですれば断られないだろう。
程なくして、スチュワート伯爵家からお茶会の招待状が届いた。
いつも通り、一時間ほど遅れて到着する。
スチュワート伯爵が出迎えてくれる。
ここで違和感を感じた。すぐには何かわからずに、
いつも通り、スチュワート伯爵夫人の前で伯爵に甘い声を出す。
ここでも違和感を感じた。
王都一裕福な領主にしては広さも派手さも足りない屋敷だったが、堅実でこざっぱりとした造りは好感が持てた。
広間へ案内され臣下の礼を解いて一同が顔を上げた時、やっと違和感の正体に気が付いた。
20人ほどの子供達とその付き添いの親やメイドがいつも通り、王子を見ている。王子の黒髪を一心に見つめている。
その中で三人だけ、兄弟と思われる同じ色合いの金髪の三人の子供達が私を見ていた。他の者が王子を見るような表情で、王子ではなく私を見ていた。
多分、スチュワート伯爵家の三兄弟だろう。
そして、つい先程のスチュワート伯爵と伯爵夫人も、王子の黒髪を無視し、一番に私を見ていたことに気付く。
スチュワート伯爵家だけが私を見ていた。
それは王子が生まれてから私が追い求めていた視線。
私を見た瞬間、誰もが美しいと息を飲む。
あの頃の懐かしい感覚。
スチュワート伯爵家が私の美に称賛の目を向けていた。
それだけのことなのにじわじわと満たされていく。
王子の母親としてではなく、純粋なローズ・アリシア・ロイヤル一個人として今、認識されているのだ。
その後、三兄弟は息子と娘そっちのけで私の元に来た。
大人しい性格と噂されていた長女のエマが怒濤の如く私の美を称える。両脇の兄と弟から注意されても挫けることなく、子供とは思えない着眼点で褒めてくる。
その様子が可愛くて、可笑しくて、笑いが止まらなくなってしまった。
こんなに心から笑ったのは何年ぶりだろうか。
私はいつから笑っていなかったのか、笑い方すらも忘れたと思っていたのに。
1つ確かなことがある。
長女のエマ・スチュワートはとんでもなく可愛い。とにかく可愛い。ものすごく可愛い。
戯れで、エマちゃんうちの息子の嫁に来る?と聞いたら、
「失礼ながら王子より、ローズ様と結婚したいです!」
なんて答える。
本当に可愛い。
うちの息子には勿体ないくらい可愛い。