臭い話と冷や汗。
「王都でクーデター!?」
朝食後のお茶を飲みながら叔父アーバンから出たのはとても物騒な話だった。王都の情報は中々辺境まで届かず初耳どころか寝耳に水であった。もしかしたらパレスに届く前に箝口令が敷かれたのかもしれない。
「王の兄であるカイン公爵が、一部の騎士と自領の軍を率いて王城を取り囲んだんだ」
この国で軍を持てるのは、王兄であるカイン公爵と四大貴族と呼ばれる王都の東西南北をそれぞれ領地にしている公爵家のみである。
辺境のパレスを治めるスチュワート伯爵家には魔物狩りの狩人はいるが軍を持つことは認められていない。
軍では対人間の訓練がされ、狩人達とは根本的に目的が違う。
王族と王都の近くの領地を持つものが軍を許されるのは偏に王を守るためである。
その軍が王に牙を剥くなど本来考えられないことであった。
「それで、王は?」
いつになく難しい顔をして、父レオナルドが尋ねる。
王が倒れたとなれば、国が危うい。
聡明な弟アーバンが革命ではなく、クーデターと言ったのだ。
民衆の意思は反映されない、ただただ王兄カイン公爵のテロ行為と考えていいだろう。
「無事ですよ。近衛に混じって自ら剣を取り、見事討ち果たしたとか」
はぁ……とレオナルドは安堵ではなく、呆れたようなため息をつく。
この王国の紛れもなく一番守られるべき存在の王がまさかの参戦である。長い王家の歴史の中でも類を見ない武闘派だと言う噂はどうやら本物らしい。
「今は殆ど鎮圧済みですが、運の悪いことに我が大学が戦場となりまして……。研究室も何もかも壊滅的被害を被り復旧迄に3ヶ月ほどかかるようです」
この国の最高峰である王立大学は王城の直ぐ隣に有り、ある程度の広い土地は戦うにはもってこいの場所になってしまった。
「なんとか無事な研究資料だけかき集めて帰って来た次第です」
三年間の研究が大分悲惨なことになったようだ。
帰って来たときの疲れた様子が損害の規模を物語っている。
「なら叔父様は暫くゆっくり出来るのですね」
ウィリアムが嬉しそうに尋ねる。
「そう言う事になるね。急に帰って来て申し訳ないけど」
苦笑しながらアーバンは申し訳なさそうにレオナルドを見る。
帰郷の一報は入れたが、どうやらアーバンの方が先に到着したようだ。クーデターでゴタゴタして郵便も遅れているはず、出して直ぐ出発したので無理のない話ではある。
せっかく大学に行かせて貰ったのに思った成果を出せずに卒業になりそうでそれだけが気掛かりだ。
「叔父様!研究のお手伝い私もするわ。私も蚕の研究しているの、お父様が色々揃えて下さったから、うちでも研究出来ますよ!」
アーバンの研究は領地主要産業である養蚕である。
エマは時折送られてくるアーバンからの研究成果をもとに試行錯誤、好き勝手に実験・検証・比較を繰り返して遊んでいる。
「アーバン、エマに作った研究室は大学にも劣らないものだよ。君から送られてくる成果のおかげで我が領は充分に潤っている。何も気にすることはないよ」
レオナルドが申し訳なさそうにしているアーバンを労るように肩に手を乗せる。
エマの為に……それだけでそこまでの設備を揃えるとは流石兄レオナルドである。屋敷に高価な猫が4匹もいるだけで、領の経営は順調なんだと安心出来る。
まだ、サイズ感がおかしい答えを聞いてないが、新種だろうか?
溺愛してくれたアーバンが大学に行ってから寂しかったエマは、父にせがみアーバンからの手紙を全て読ませてもらっていた。
父を通して領内の養蚕研究者に渡されるだけの資料まで全て、である。
専門的な用語も辞書を引きながら理解出来るまで読み返し、元々大好きな虫の話でもあり、研究の真似事に夢中になって打ち込んだ結果の成果をアーバンはまだ知らない。
「エマ、早速研究室を案内してくれるかい?」
エマにとろとろに溶けた笑顔を向け、アーバンは話を切り上げる。これ以上の生臭い話は子供たちには聞かせられないし、兄も仕事があるだろう。クーデターは表向きは収まったことになっているがどうもきな臭い。臭い話は子供達が寝た後で兄とするとして……と思ったところで思い出したことがあった。
「ああ……そういえば、帰りに寄ったキアリー領でわざわざ第二王子と姫様の使いがみえて今度は是非お茶会にご招待して欲しいと言われたのですが、王子と姫の参加……断ったのですか?」
アーバンの言葉に一家は一斉に母メルサを見る。
「ん?」
母はキョトンとしている。
お茶会の参加者は予想以上に人数が集まり、確かにまた次の機会に……と、断った人数の方が多いくらいだったが……いたっけ?そんな大物?
母の背中に冷や汗がつつーっと流れた。
いつだって田中家の詰めは甘い。